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ショートシナリオ「ネコレター」

シナリオセンター創始者の新井一さんは、奇しくも「ドラマとは変化である」と言った。ならばドラマの中にこそ、今の時代を読み解く鍵が見出せるのかもしれない。
文章を書くことへのリハビリとして、かつて試作したショートシナリオをここに載せていきたいと思う。アイデアが枯渇し、締め切りに追われながらも生命を燃焼させた懐かしき苦悶の日々。本科コースに進んで初めて試作したシナリオがこの「ネコレター」でした。気負って「回想」使いまくってるところとかいろいろ恥ずかしいけど、「人格」と「作品」は切り離して考えないと身が持たないよね。

■タイトル「ネコレター」

■登場人物
沢井 遥(23)会社員
島 洋二(25)(10)ライター
井口 祐太(25)(10)洋二の同級生
里崎 淳平(25)(10)洋二の同級生
島 圭吾(55)(40)洋二の父

■本文
○遥の部屋・玄関
   玄関のドアが開いて島洋二(25)の日焼けした笑顔が覗く。
洋二「ただいまー。はるかぁ? いるー?」
   と、靴を脱いで部屋に入っていく。
○同・リビング
   沢井遥(23)が荷解きをしている。
洋二「まだ荷物解いてなかったのかよ?」
   と、ダンボールの荷解きを手伝う。
遥「私だっていろいろ忙しかったんだって。洋二こそ全然連絡くれないで」
   と、洋二が手にした下着をひったくる。
   トン、とベランダに白い小猫が現れる。
遥「あ、モモちゃん!」
   と、窓を開けて小猫を招き入れ、
   冷蔵庫からミルクを出して小猫に与える。
洋二「どうしたのこの猫? 餌付けしてんの?」
   と、遥の背中に声をかける。
遥「ん? なんかいきなり居ついちゃってんだよね。
 前に住んでた人になついてたのかな?
 ま、半野良だからいたりいなかったり……洋二と一緒じゃんねー?」
   と、いたずらっぽく猫に話しかける。
洋二「(我に返って)は? 猫と一緒かよ」
遥「気ままにふらつくとこなんかそっくり」
洋二「はは……なるほどねー。
 あーでもなんか今俺超ノスタルジー入ってたわ」
   と、猫をなでる。猫がニャアと鳴く。
洋二「昔さ、俺が世話になった猫に似てんだよなー。
 真っ白で、しっぽの形がきれいで」
遥「世話になった? 一夜の宿でも借りたの?」
洋二「ばーか。猫が宿なんか貸すかよ」
   ミルクの皿が空になり猫は去っていく。


       (ここより、回想)
○洋二の家・居間(朝)
   小鳥のさえずり。狭くて粗末な居間にランドセルが一つ。
   ネームタグには『島洋二』の文字。
   ひょろりと痩せた小学生の洋二(10)が一人で朝食を食べている。
   縁側に小猫が現れる。真っ白でしっぽの形がきれいである。
洋二「フク!」
   と、猫に駆け寄る。自分の牛乳を与える洋二。
   うれしそうに猫をなでている。
   突然後ろから島圭吾(40)の怒鳴り声。
圭吾「また汚ねえ野良猫家に入れやがって!」
   と、いきなり洋二を蹴っ飛ばす。
   ふっとぶ洋二。驚いた猫が逃げ出す。
圭吾「へっ、どうせよそでもエサもらってんだよ。要領のいい半野良め」
   と、一升瓶に入った酒をがぶ飲みする。
   すすり泣く洋二を遠くで猫が見ている。


○校門(朝)
   ランドセルを背負い一人で歩く洋二。
祐太「おい、ツマヨウジ!」
   と、井口祐太(10)と里崎淳平(10)が後ろから声をかける。
   祐太は太っていて、淳平は背が高い。
淳平「友達いないツマハジキ!
   父ちゃんクビで母ちゃん逃げた。ギャハハ!」
   祐太と淳平が洋二からランドセルを奪い、二人でパス回ししていく。
洋二「返して、返してよー!」
   と、泣きながら二人を追いかけていく。
       (回想、終わり)


○遥の部屋・キッチン(夕)
   遥と洋二。テーブルにはピザとコーラ。
遥「あの祐太君と淳平君が? マジでー?」
洋二「ほんと、あんときのあいつら鬼畜」
遥「お父さんもひどかったんだねー。今じゃ考えらんない」
洋二「親父は会社クビになるし母さんはいなくなるしで
 とにかく人生最悪な時期でさ。
 俺も参ってて周りに頼れる人もいなくて、
 藁にもすがる思いで手紙書いたんだよなあ」
遥「だからって猫に手紙託すか普通ー?」
 遥、呆れ顔。


       (ここより、回想)
○洋二の家・近くの茂み(夕)
   洋二が小猫にミルクをあげている。
洋二「……返事くるといいね」
   と、猫に話しかけながら、
   前足に赤いビニタイで手紙をくくりつける。
   猫と洋二の後ろ姿に夕日が沈んでいく。 
洋二の声「僕は島洋二、小学四年生。未来のお友達へ。
 フクにあなたへの手紙を託します。お父さんが、フクは半野良だから、
 きっと他の家でもエサをもらってるはずだって言ってました。
 フクは僕の大切な友達です。いつもフクに親切にしてくれてありがとう。
 よかったらお友達になってください」
       (回想、終わり)


○遥の部屋・寝室(夜)
   ベッドの中の洋二と遥。
遥「……で、返事きたの?」
洋二「……きた!」
遥「うわーマジでー?」
   と、布団から乗り出して洋二を見る。
洋二「あれは感激したなー。超やばかった。
 こないだ遥にあげたハンカチあるじゃん?」
遥「ん? マリメッコの?」
洋二「うん、あれと同じものがフクの首に巻かれててさ……」
遥「え? ははは、そんなはずないから。
 あれって今年の新作だよ。洋二が子供の頃にはまだないし」


       (ここより、回想)
○洋二の家・近くの茂み(夕)
   洋二の前に小猫が現れる。
   猫の首にはマリメッコのハンカチが巻かれている。
   洋二、ハンカチをまさぐる。顔がぱっと輝く。
   手には手紙が握られている。
           洋二、もどかしい手つきで手紙を開く。
女の声「こんにちは、島洋二君。君の手紙は無事私に届きました。
 自己紹介したいところだけど、訳あって名前は明かせないの」
       (回想、終わり)


○遥の部屋・リビング(夜)
   遥が一人で机に向かい、真剣な様子で何か書いている。
遥の声「……でも、私は君のことをよく知っています。
 会ったこともない私がこんなことを言っても信じないかもしれないけど。
 今の君は周りの人と分かり合えなくて、
 人生イヤになっているかもしれませんね」
   遥、ふうっと息を吐いて振り返る。
   毛づくろいしている小猫と目が合う。
遥「……どこにでもいる猫なのに。なんで?」
   と、一人つぶやき、また机に向かう。
   足元には赤いビニタイが落ちている。
遥の声「でも大丈夫。洋二君、よく聞いて。
 君自身も、君を悩ませている周りの人たちも、
 この先はずっとずっと幸せになるはずです。どうか私を信じて!」


○遥の部屋・リビング(夜)
   引き続き遥が机で手紙を書いている。
遥の声「……ところで、フクはとっても行動範囲が広い猫のようです。
 なにしろ私に手紙が届くくらいだから。
 あ、そうだ、ビニタイはかわいそうなので、
 ハンカチを首に巻いて中に手紙を入れることにしましょう」
   遥、引き出しからマリメッコのハンカチを取り出して見つめる。
   いたずらっぽく微笑みながら、手紙を書き出す。
遥の声「このハンカチは私の一番大切な人からもらった宝物なんだよ。
 今はこの世に一つしかありません。
 でもいつか君はこれと同じものを見つけることになるはずです。
 そのときはぜひ一番大切な人にプレゼントしてください。
 大丈夫、今は一人でも、いつかきっと
 ずっと一緒にいたいって思える人に出会えるから。
 その時までは私が洋二君の支えになってあげる。
 どうかこの手紙が無事届きますように。未来のお友達より」
遥「……これって歴史改ざん、じゃないよね?」
   と、手紙を折りたたみ、猫に話しかける。猫はニャアとひと鳴き。
   遥、ハンカチに手紙を包み、猫の首に巻きつける。
   机の上にはよれよれになった手紙がもう一つ。
   そこには拙い文字で、
   『僕は島洋二、小学四年生。未来のお友達へ。
   フクにあなたへの手紙をたくします(以下略)』
   猫がベランダから闇に消えていく。遥、それを見守りながら、
遥「いってらっしゃい!時をかける小猫さん」


○結婚式場
   大勢の人。ベルが鳴り響く中、
   チャペルからウェディング姿の洋二と遥が出てくる。
   太った男・祐太(25)と背の高い男・淳平(25)が叫ぶ。
祐太「洋二ー! 俺みたくしっかりやれよ!」
淳平「俺もすぐ萌と式挙げっからなー!」
   モーニング姿の圭吾(55)が笑顔で、
圭吾「遥さん、ふつつかな息子をよろしく」
   圭吾に寄り添う女性が抱く小猫の首にはマリメッコのハンカチ。
   遥、女性から猫を受け取り、抱き寄せて、
遥「これからはずっと一緒だよ、フク!」
洋二「フクじゃねーよ。モモだろが?」
   と、突っ込む。猫がニャアと鳴く。
遥「(慌てて)あっ……ふふふ」
   と、こっそり舌を出して笑う。



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