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『ARK9010』EP.1.1 アルマンダインレッドのコスワース「出会い」

 2011年5月14日
 ゴールデンウイークも終わり、世の中は徐々に普段通りのリズムを刻みだしていた。
 なんとなくドライブに出かけた土曜日の夕方。

「ついてないな、こんなところで動かなくなるなんて・・・」

 1992年製の赤いカマロ。社会人になって初めての車だった。家族を乗せて色々なところへ行った幸せな思い出が多き相棒。

 わかってる、決してファミリーカーではない。

 でも、当時、まだ1歳だった長女が、車屋さんでとても気に入ってしまって・・・ぼくも欲しかった車でもあったし、どさくさに紛れて購入を決めた。ミニバンなんて乗りたくなかったし。

 ぼくたちは大学を卒業すると同時に籍を入れた。生活が少し安定してきた社会人2年目に長女が生まれ、その翌年にそろそろ車でもと、まるでデパ地下で夕食のお総菜を買うかの如く、家族そろって車屋さんへ出向き、赤いカマロを購入して帰ってきた。妻は長女がお気に入りだったので渋々だったが、ぼくは長女以上にお気に入りの赤いカマロだった。
 なぜか2年落ちという珍しい状態で、しかも価格は比較的安価であった。
V8、5.7L、OHVの伝統的なスモールブロックは、TPIで武装され馬力235PSをたたき出した。ドロドロというアイドリング時のエキゾーストノートは、アクセルを踏み込むにしたがって、乾いた独特のレーシーなサウンドに変化し、暴力的に加速した。この時、彼に付けられたZ28というグレード名が、単なるコケ脅しではないということを思い知らされる。
 室内は極めてスパルタンで、飾りっ気のないブラックインテリアにレザーシート。助手席のダッシュボードには誇らしげなZ28のエンブレムがカッコよかった。
 1歳の女の子が好きになる要素は一つも感じられなかったが、幼い頃の長女は、この車に乗っているとき、いつもご機嫌だった。

 それから17年、アメ車のわりに故障らしい故障のなかった相棒が、珍しく路上で止まってしまって、うんともすんとも言わない。とりあえず近くに車屋さんがないか探してみた。
 ちょうど、独車、伊車、仏車をたくさん展示しているマニアックな車屋さんを近くに発見!
 若いメカニック君が診てくれるというので、その言葉に甘えた。

「エンジンかかりますよ」
「え?さっきはまったく・・・セルすら回らなかったよ。電装系が生きてるのにセルが回らなかったから、セルモーターが逝ったかと思ったんだけど・・・」
「接触不良かもしれませんので、一度、うちのピットに入れて診てみましょうか?」
「じゃ、これも何かの縁ってことでお願いします。」

「しばらくこちらでお待ちください。」
 接客担当の若い女性スタッフが、良い香りのするコーヒーとともに、商談スペースらしき応接セットへ案内してくれた。そのあとにショップのオーナーと思われる、人懐っこそうな小太りのおじさんが登場。
「1992 3rdカマロ Z28 ファイナル!本当に大切にされているんですね!ボンネットフードを開けた瞬間にわかりましたよ!」
「あ、あぁ、ありがとうございます。」
「ヨーロッパ車もよいですよぉ。当ショップ自慢のストックカーたちです!見るだけ見ていってください!」
 確かに状態の良さそうな個体が多い。しかもマニアックな車種が多い。
「じゃ、ちょっと見てみようかな・・・」
 オーナーは本当にヨーロッパ車が好きなんだろう、その屈託のない笑顔からなんとなくわかる。
 メルセデスベンツ、BMW、アウディ、アルファロメオ、ランチャ、シトロエン、プジョー・・・1970から1990年代の車がメインか。ぼくも嫌いではない。

 へそ曲がりなぼくは、周りがF1で盛り上がっているのをよそに、DTMやBTCCのような箱が走っているレースが好きだった。特に1992年までのDTM いわゆるグループA時代が最高だ。

 ん?DTM、そうだ、ぼくはDTMが好きだったんだ・・・

 惚れ惚れするくらい状態の良いE30のM3が置いてある。アルファの155も良い。DTMだとV6だけど、あえてBTCCのTS狙いで・・・あっV6はクラス1規定時代か。
 眠っていた当時の知識や思いが、なにかの呪いが解けたようにどんどん溢れかえってくる。

 そうか、ぼくはこんなに好きだったんだ・・・

 その時、展示場の片隅から何かを感じた。その方向に目をやると・・・
 メルセデスベンツ190E 2.5-16・・・ボディカラーが懐かしい・・・

 懐かしい?


あっ・・・

 その時、長年、ぼくにかけられていた呪いは、完全に解けた。

 学生の時、深夜番組で視て社会人になったら絶対買おうと思った車。
 その当時の値段を見てあきらめた車。

 番組に出ていたのはアルマンダインレッドというワインレッドのようなきれいなボディカラーだった・・・
 いつも文句ばっかり言っていた辛口の評論家が、この190E 2.5-16だけはべた褒めしていたことが印象的だった。

 とっさに190Eへ近寄るぼくを見て、オーナーが言った。
「お目が高い!W201 コスワースをご存じですか?」
 そう、ぼくはこのアルマンダインレッドのコスワースが欲しかったんだ・・・
 いつの間にか忘れていた想いが一瞬でよみがえった。

「これプライスがついてないけど・・・」
「あぁ・・・この子は不動車で修理しようかどうか迷っていたのです。なんせそこそこ元通りにするには結構なお金と工数が・・・」
「修理しないのなら、どうなるんですか?」
「名車だけど・・・タマ数は結構あるから廃車かな・・・Evoとかならまだねぇ・・・」

えっ!?

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