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『テンシンシエン!』第25話

◆「カクセイ?」

 さてと、これで準備万端・・・おっと、大切なことを忘れていた。こちらからの希望条件も、経歴書やキャリアシートに合わせて、少々変更しないといけない。勝手にイケそうな気分になって、極めて初歩的なミスをするところだった。

 就活で一番のご法度が”矛盾”だ。前職まで、私は様々なポジション、年齢、職種、新卒、中途・・・たくさんの面接を行ってきた。その時、何人かの採用担当者と一緒に仕事をしてきたが、彼らに共通して言えることは、就職希望者の書いた書類や、面接の受け応えでの矛盾点を極端に嫌うことだ。

「ちゃんとつじつまを合わせておかなければ・・・」
 はやる気持ちを押さえて、改めてPCの就職支援サイトを開く。

 キャリフロのほうは、もともとの高収入のコンサル系条件で大きく変更する必要はないが、ここは少し希望年収を下げてみよう。できるだけ門戸は広く開けておいた方が良い。その方が書類選考通過の確率も広がるし、年収なんて入社した後で働きを見てもらって増やしてもらえば良いんだし・・・で、希望年収は大サービスの”1000万円以上”に設定した。
 さて、支援VIPのほうだが、優秀なITエンジニアというイメージなので、ずいぶんと内容を変えないといけない。”業種”はメーカー一択だな。”職種”は研究開発、生産技術、製造支援、システムといったところか。”勤務地”は、変更なしで、東京都と埼玉・・・いや、浦和からなら、群馬、栃木、神奈川も候補だな。なるべく広く探ろう。そして年収か・・・今はまだ1000万以上と言いたいが、エンジニアでこの額は、直接スカウトされるレベルの金額だ。ここは・・・これくらいか・・・900万、いや800万にしておこう。
 よし、これでずいぶんとメリハリのある内容になったはずだが、なにか違和感を覚える。なんだ?・・・

 求人を出している会社は何を求めている?

 仕事のできる人間?

 即戦力?

 エキスパート?

 そのニーズなら30~40代の脂がのって、将来のある連中を採用する・・・

 じゃあ、50代以上の我々世代に求められているものは?

 経験?

 そんなんじゃダメだ。当たり前すぎるし、その経験が他の誰よりも優れているというエビデンスは難しい。定量的に評価ができない。

 考えろ!もっと考えろ!

 なんだ?



 人材育成・・・

 企業が未来永劫成長していくためには、優秀な人材を自ら育てる力が必要。そのためには人材育成に長けた人間が必要。

 人材育成の実績は・・・

 ある!

 私は、自分がドクターを取得ができなかった反省から、部下には積極的にドクターだけでなく、技術士やMBAといった国際的に活用可能な資格の取得を勧めてきた。その甲斐あって、私の部下でドクターや技術士など何かしらの資格を取得した人間は、今まで所属した3つの会社での実績を併せると、優に50人は超える。加えて、部下たちがファーストオーサーになって投稿した論文、公開されているものだけでも200を超える。これは人材育成の実績として生かせる。
 ITエンジニアとして功績だけでなく、後進の指導にも長けた人材。よし、この線で行こう。そうなると経歴書とキャリアシートも再度修正がひつようだな・・・どう追記するか・・・そうだ、はじめの”職務要約”の欄に、人材育成の実績を少しボリューム割いて記載しよう。

 そう、できるだけ目立つ功績やアピールしたいポイントは、最初の方に記載することをお勧めする。
 採用の仕事では短時間にたくさんの経歴書やキャリアシートを見なければならない時が多々ある。これは採用担当だけでなく、ヘッドハンターも同じであろう。そんな時は、いちいち書類を最後まで見ていられないので、最初のページの内容がとても重要になってくる。つまり、1ページ目に面白そうなことや、関心を集められそうなことが書いてあってはじめて、2ページ目以降に目を通すということになる。言い換えれば、1ページ目でほぼ合否が決まってしまうと言っても、過言ではないということだ。

 よし、これで準備は万端。

 ところで、なぜ今日までこんなふうに戦略的な就職活動ができなかったんだろうか・・・初めてのことで舞い上がっていた?

 いや違う。

 おそらく自分のような人材なら、いとも簡単に再就職できると過信していたのだろう。

 だから、たいして戦略も練らず、行き当たりばったり、しかも物見遊山気分での活動・・・これではダメに決まっている。

ようやく目が覚めた・・・覚醒。


■第26話へつづく


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