アウトプット思考 -1の情報から10の答えを導き出すプロの技術
内田 和成 著
PHP研究所
240p
1,650円(税込)
イントロ
現代は「情報(データ)」がきわめて重要な意味を持つ時代といえる。企業や行政だけでなく個人のレベルでも情報をいかに収集、活用するかが、仕事やウェルビーイングに深く関わってくる。
だが、インターネットなどで情報が簡単に手に入るために、むやみに大量の情報のインプットに注力してはいないだろうか。
本書では、「データはたくさん集めれば集めるほどいい」といった考えを否定し、変化の激しい時代に素早く意思決定する、あるいは他者と差別化されたアイデアを生み出すための「情報収集(インプット)は最小でいい」と主張。アウトプット、すなわち「情報活用の目的」などを意識し、それに役立つ必要最小限な情報を時間をかけずに集める「アウトプット思考」を提唱し、具体的な方法を紹介している。
例えば、「アイデアの元になる情報」については、メディアや人の話などで面白いと思ったことを「頭にレ点をつける」ようにして、脳内の仮想の引き出しに入れておくなど著者独自の方法があるという。
著者は早稲田大学名誉教授。日本航空、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)のパートナー、シニア・ヴァイス・プレジデント、日本代表を経て、2006年早稲田大学教授に就任、2022年3月まで同大学ビジネススクールで教鞭を執った。
「インプット→アウトプット」を「アウトプット→インプット」に逆転
ITの発達により、情報収集が格段にやりやすくなったことで、情報そのものでの差別化が難しくなった。情報収集(インプット)の段階で差がつかないと、何が起こるのか。アウトプットがみな、似たり寄ったりのものになってしまうのだ。
それでも「情報は多ければ多いほどいいはずだ」と考える人はいるだろう。だが、完璧に情報が出揃うまで意思決定しようとしない人や企業は、他社がとっくに実行していたり、ブームがとっくに過ぎ去ってしまってから意思決定するようなもの。完璧な情報を集めようとすると、常にtoo lateになってしまう。
そこで、従来の常識だった「インプット→アウトプット」というプロセスを、「アウトプット→インプット」に逆転させる。「アウトプット」をまず意識することで、情報収集にかける手間を最低限にして、なおかつ、最小限の情報から最大限の成果を引き出す。
では、アウトプットとは何か。私のようなコンサルタント出身者にとって、アウトプットというとまず、クライアントに提出するレポートやプレゼン資料などの「成果物」が思い浮かぶ。では、この成果物そのものがアウトプットかといえば、これはあくまでアウトプットの一部に過ぎない。コンサルタントの本当の目的は、自分たちの提案によってお客様を動かし、行動してもらうこと。プレゼンテーションもレポートも、そのための手段であり、目的ではない。
つまり、アウトプットとは「仕事の目的」であり、さらに言えば「あなたの本当の仕事は何か」ということにもなるだろう。
意思決定のための情報収集では「エントロピーを減少させる情報か」が大事
「アウトプットから始めるインプット」で必要となるのは、情報に接する前に、自分の「スタイル」を明確にするということだ。つまり「何を目的として」「どんな立場(ポジション)で」「どんな役割を期待されて」情報を生かそうとしているのかを明確にしたうえで、情報に接する。それにより情報収集のスピードは速くなり、差別化もしやすくなる。
まず意識すべきは「情報活用の目的」である。「目的」といっても、そのアウトプットのスタイルによって大きく三つに分かれる。「意思決定の助けとなる情報」「アイデアの元になる情報」、そして「コミュニケーションの手段としての情報」だ。
まず「意思決定の助けとなる情報」で重要なのはスピードだ。情報の精度が高いに越したことはないが、あまり時間をかけすぎると、せっかくのチャンスを逃してしまったりする。
熱力学の用語で、状態が無秩序で混乱していたり、不確実性が高いことをエントロピーが高いといい、逆に状態が整然としていたり、確実な状態であることをエントロピーが低いという。情報の中には、それを加えることでエントロピーが減少するものもあれば、むしろエントロピーが増大してしまうような余計な情報もある。膨大な情報の中から、何が「エントロピーを減少させる情報か」を考えることが、意思決定のための情報収集の助けとなる。
ビジネスの例で考えてみよう。ある商品の売上アップの施策がA、B、Cの三つ上がっていたとする。ここで「A、B、Cそれぞれの施策を打ったときに想定される売上アップ率」「それぞれの施策にかかるコスト」「実行時のリスク」といった情報があれば、「Aは売上アップ効果があまり期待できないから外そう」「Bはリスクが高くなるからやめておこう」などという意思決定に役立てることができる。
一方、「A・B・Cに加えてDという選択肢もあるのではないか」とか、「Eを検討したほうがよい」という情報が入ってくると、選択の幅が広がってしまう。これは意思決定においては「不要な情報」ということになる。
アイデア創出のための情報収集は、自然に集まった情報を「泳がせる」
情報収集の「目的」の二つめが「アイデアの元になる情報」である。たった一つの情報でも、そこから素晴らしいアイデアが湧いてくるのなら、それこそが意味のある情報となる。私はこうした情報を「スパークを生む情報」と呼んでいる。
スパークを生むための情報収集については、問題意識は持ちつつも、無理に情報を集めたり整理したりせず、自然と脳内に集まった情報を泳がせたほうが、思考が飛躍して新しいアイデアが出やすいというのが私の持論である。イメージとしては「しばらく放置して、熟成させる」とでも言えるだろうか。そしてあるとき、ふとしたきっかけで「スパーク」が起こるのだ。
私は、書籍を読んでいて気になった箇所やアイデアがあれば、そこに線を引いたり付箋をつけたり、何も持っていなければページを折ったりする。この作業は「頭にマークをつける」という意味が大きい。自分の脳に「レ点」をつけるというイメージがわかりやすいだろう。
人と話しているときに思いついたいいアイデアも、その場で「これは、後で使えるかもしれない」と、頭に「レ点」をつける。もちろん、そのまま忘れてしまうことも多い。だが、その情報が本当に重要な情報なら、いずれどこかのタイミングで浮かんでくる、と私は割り切っているのだ。
情報収集の「目的」の三つめは、「コミュニケーションの手段としての情報」だ。異なる認識を持つ人同士が議論を効果的に進めるには、自分たちの間で何が共通の情報で、何が自分だけの情報か、あるいは何がお互いの間で食い違っているかを早い段階で把握することだ。
「肌感覚」→「俯瞰」→「掘り下げ」の3段階で考える
私はある情報に接したとき、それを三つの段階で考える。まずは「肌感覚」でそれをつかむ。ミクロの視点と言ってもいいだろう。例えば「地元のドラッグストアでマスクが売り切れている」といった情報だ。その後、それをマクロで見る。俯瞰の視点と言ってもいい。「全国的にマスクが不足している」という情報や、国内のマスクの需要のデータなどがそれにあたるだろう。
大事なのはその先だ。肌感覚で得た情報をマクロで俯瞰し、その後もう一度「掘り下げる」。「なぜ、マスク不足が起きたのか」といった「why」の視点や、「この後、何が起こるのか」といった「so what」の視点が求められる。
例えば、「むしろ機能が求められるはずだ」としていち早く高機能マスクの開発に取り組むとか、「きっと数カ月後にはマスクが供給過多になる」として、余ったマスクを二次流通させる仕組みを考える、などである。
頭の中の仮想の場所に情報を入れておく「20の引き出し」
私の秘蔵のノウハウを紹介したい。「20の引き出し」である。新聞や雑誌、ウェブなどで得た情報や、人から聞いた話、街中で見かけてふと気づいたことなど、入手した情報を、その頭の中の仮想の引き出しの関連する場所に入れておくのだ。
「20」という数には別に意味はない。私にとってちょうどいい数が20くらいというだけだ。今現在、私の頭の中にある「20の引き出し」は次のようになっている。「仮説思考 論点思考 右脳思考 ビジネスモデル(プラットフォーム) ゲームチェンジ リーダーシップ パラダイムシフト コーポレートガバナンス 経営者育成 運(勘) 社外取締役 シェアリングエコノミー イノベーション 自動運転 EV イスラエル MaaS ブロックチェーン GAFA AI」
この引き出しを持つことのメリットはいろいろあるが、まずは、引き出しを意識することで、頭の中に情報が定着しやすくなる。単に「面白い情報」というだけでは、記憶に残りにくいのも事実。「この引き出しと関連した面白い情報があったな」というほうが、記憶への定着率が格段に高まる。
「20の引き出し」に入れる情報については、あまり厳密にフィルタリングせず、「面白い」かどうかで判断してしまっていいと思う。「使える」「使えない」で判断しようとするとストレスを感じ、頭に残りにくくなってしまう恐れがある。
結局、いくらITが進化して情報アプリやデータベースが充実し、検索性が高まったとしても、「面白い」というキーワードで検索はかけられない。しかし、自分にとって「面白い」と感じたものこそが、本当に重要な情報なのである。