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『デジタル変革を成功に導く 5つの脳力 5つの筋力』 -デジタルマイオピアに陥らない経営

原書:THE BRAINS AND BRAWN COMPANY(2021)
ロバート・E・シーゲル 著
NTTデータ経営研究所DX研究チーム 訳
ダイヤモンド社 2023/08
592p 2,750円(税込)

 1.現代の企業にとって真の競争優位とは何か
 2.抜本的変革に向けた2つの試み
 3.左脳 分析力
 4.右脳 創造性
 5.扁桃体 共感力
 6.前頭前野 リスク管理
 7.内耳 内製とアウトソーシングのバランス
 8.脊椎 ロジスティクス
 9.手 モノづくり
 10.筋肉 企業規模の活用
 11.手と目の協調 エコシステムの管理
 12.持久力 事業の継続化
 特別対談1 伝統的な大企業がデジタル変革を成功させるにはどのような企業能力が必要か
 13.システムリーダー 脳力と筋力の継続的な改善を推進する
 特別対談2 デジタルとフィジカルを融合し、デジタル変革を成功に導くために求められるリーダーシップとは
 付録 システムリーダーのためのメモ集

要約

【イントロダクション】

多くの企業が、DXを喫緊の課題と認識していることだろう。しかし、DXにばかり気をとられていると、マイオピア(近視眼)に陥りかねず、成功に結びつかない恐れがある。デジタルだけでなくフィジカル(物理的)な要素や、蓄積された知見や成功体験などを組み合わせ、全体的な改革を考えるべきではないか。本書では、企業の経営変革に必要となるコンピテンシー(能力・行動特性)を「脳力」と「筋力」に分類、さらにそれぞれに5つの要素を身体の部位にたとえながら挙げ、合計10のコンピテンシーをバランスよく組み合わせて使うべきと説く。そして各々について具体的な企業事例を紹介しながら、実際にどのようにDXを含む改革を進めていくか、貴重なヒントを提供している。有名ビールブランドを次々に買収して成長した世界最大のアルコール飲料メーカー、ABインベブは、脳力の「前頭前野(リスク管理)」と筋力の「筋肉(企業規模の活用)」に事例として挙げられているが、目的を明確にした変革のための特別チームを設けたことが奏功したようだ。著者はスタンフォード大学ビジネススクール経営学講師、シリコンバレーを拠点とするベンチャー投資家。

脳力、筋力それぞれ5つのケイパビリティを組み合わせて企業変革を

私がbrains(脳力)と呼ぶ領域とbrawn(筋力)と呼ぶ領域の2つの概念は、デジタルとフィジカル、ディスラプター(業界秩序の創造的破壊者)気質と既存企業気質、スタートアップ企業群とフォーチュン500社、テック企業のカルチャーと製造企業のカルチャーなど、いろいろと言い換えられる。しかし、どのような言い方であれ、いまこそ両者の溝を埋め、この二項対立的な捉え方を見直すべきだ。

デジタルとフィジカルそれぞれの長所をどのように相互補完させるか。どちらか一方だけを補強するのではなく、双方を連携させればより多くのことが達成できる。それぞれ重要な存在だが、連携すると途轍もない力を生み出す。脳力と筋力の強力な連携こそ、企業がいま直面する最重要課題なのだ。

脳力と筋力の枠組みは、企業の中核をなすケイパビリティを10項目の属性に沿って分析するものであり、デジタルの領域とフィジカルの領域でそれぞれ5項目ある。まず、脳力側の5つのコンピテンシーをざっと紹介しよう。

・左脳:分析力
あらゆる製品やサービスで利用されつつあるビッグデータを使って、すべての企業が顧客によりよいサービスを提供し、製品やサービスを改善し、コストを管理する戦略が必要となる。私はこのケイパビリティを、論理的思考を司る脳の部位にちなみ、左脳と呼んでいる。

・右脳:創造性
一部の成長企業は、大小さまざまな創造的方法を見出し続けることによって、顧客のニーズを満たし新たなトレンドを先取りできている。右脳とは、新たな商品やビジネスモデルを生み出すこうした創造性の発揮を象徴する言葉である。

・扁桃体:共感力
共感は、感情生成を司る扁桃体に例えられる。共感力が高い経営陣は顧客や従業員、外部パートナーをよく理解し、相互の意思疎通を深めることに長けている。

・前頭前野:リスク管理
前頭前野は、リスクを評価し判断を下す部位だ。今日の多くの企業、とくに大企業にとっては、リスク回避は重大な不利益となる。

・内耳:内製とアウトソーシングのバランス
どの業務を内製化すべきか、また、どの業務をアウトソーシングするか。
両者のバランスを取るという意味で、平衡感覚を司る内耳に例えることができる。

CDGO(最高ディスラプティブ成長責任者)を設けたABインベブ

(*上記のうち「前頭前野」について)世界最大のアルコール飲料メーカー、ABインベブの事例を取り上げよう。ABインベブは、1980年代から複雑なM&Aを繰り返し、成長した。150カ国で630銘柄を取り扱うABインベブは20万人の従業員と50カ国に製造拠点を持つ。

しかし2010年代になると、ヨーロッパやアメリカをはじめ先進国の市場でクラフトビールやワイン、その他のアルコール飲料を好む傾向が高まり、従
来のビール市場は停滞し始めた。(*ABインベブが持つ)バドワイザーやクアーズ・ライトといった伝統的なブランドは、ニッチ製品であるクラフトビールに比べて風味が物足りないと消費者が感じるようになり、事態はより深刻になった。

カルロス・ブリトCEOは、同社がいつしか過剰にリスク回避するようになったと考え、異例の措置に出た。ペドロ・アープという有望株を新規の独立ユニットのリーダー、CDGO(最高ディスラプティブ成長責任者)に任命したのだ。

アープにブリトは、この新ユニットは期間限定であり、リスクを恐れずにイノベーションを推進する新しい文化を会社全体に素早く広めることがゴールだと明確に伝えた。ミッションは2つ――クラフトビール、eコマース、新しいマーケティング手法といったイノベーションを推進することと、同時にABインベブ全体に蔓延している停滞感を打破する力となることだ。

このグループは2015年2月に「ZXベンチャーズ」として発足した。ZX内には5つのグループが組織された。特別な商品群(クラフトビールにフォーカス)、eコマース、ブランド体験(体験型販売にフォーカス)、自家ビール醸造、そして探索(ベンチャー企業投資と買収を担当)の5つだ。それぞれがほぼ独立して業務を遂行した。

特別な商品群のチームはアメリカのクラフトビール醸造会社の買収と投資を実施し、新しい経営方針を押しつけるのではなく、先方の既存のチームとABインベブの既存チームとの連携を目指した。

eコマースチームが取り組んだのは、ビール商品を、どうやってeコマースで流行らせるかという課題の解決だった。このグループが社内開発したレコメンドエンジン「ベルゴリズム」は、ビッグデータを使って、どのビールがさまざまな消費者グループのなかでどこに最もアピールするのかを予想できるようにした。

ブランド体験のグループは、デジタル技術を活用して、ビール愛飲家の記憶に残るオフライン体験、たとえば、バーやパブなどの店舗や醸造所直営パブなどでのイベント、ビールのブランド名の入ったライセンス商品の販売などの活動に力を注いだ。

自家ビール醸造のグループは、自家製ビール作りに挑戦したいビール愛飲家向けの成長市場をターゲットに取り組んだ。2016年、自家醸造者向けの原料と器具を販売する、創業して20年のミネソタ州の企業ノーザン・ブリュワー・ホームブリュー・サプライを買収した。

探索チームは、ビール以外の買収と投資を担当した。同グループは、ピコブリュー(自家製ビールを醸造する高額マシンのメーカー)、オーズブリュー(ヘルシー志向の缶入りカクテル「ブージー・ティー」のメーカー)といった新興のディスラプターに投資した。

ABインベブの売上高は、2020年の第2四半期に17%以上落ち込んだものの、売上・利益ともアナリストの予想を上回った。第2四半期の結果について下記のようなアナリストノートがある。「BtoBプラットフォーム、eコマースチャネル、デジタルマーケティング向け投資が過去数カ月で進展したため、成長の後押しになったと思われる」

ABインベブは、中核事業の周辺部に多少手を加えたり、わずかな効率改善を図ったりしたところで、事業は徐々に先細りになるのを避けられないことを理解していた。そこでリスクに背を向けて逃げるよりも、リスクに立ち向かうほうが実は安全だと知っていたのだ。

巨大企業の大規模データを統合し「筋肉」を鍛える

次に、筋力側の5つのコンピテンシーについて紹介しよう。
・脊椎:ロジスティクス
・手:モノづくり
・筋肉:企業規模の活用
・手と目の協調:エコシステムの管理
・持久力:事業の継続化

(*上記のうち「筋肉」について)ABインベブの企業規模を活用した重要な事例を一つ考えてみたい。ブリトとアープは、事業を展開する多くの地域と部門でデータが分散化している状況を改善した。M&Aで規模を拡大してきた企業では決して驚くべきことではないが、ABインベブは長年にわたって買収したすべてのブランド、そして世界中のすべての地域のデータシステムを完全には統合したことがなかった。

ZXは、自社の取組みの多くがビッグデータを活用しなければ成り立たないことから、データの分散化が重大な制約となっていることに気づいた。たとえば、eコマースグループは、クラフトビールのプラットフォームを運用するうえで高度な売上分析を必要としていたが、関連するデータが散在していて、アクセスすら困難なことも頻繁に起きた。また先進国市場から新興国市場へ、あるいはその逆パターンで、洞察や戦略の横展開を行う機会を逃していた。

ABインベブは、グローバルデータの統合と分析をするためにデータの専門家をさらに多く採用し、規模の小さい地域の競合には太刀打ちできない筋肉
を鍛え上げた。

ABインベブは、アジリティ(機敏性)で勝る競合に破壊されるのをじっと待つことはなかった。すでに備えている筋肉を鍛え、一段と柔軟に対応することに貴重なリソースを注ぎ込んだ。企業規模と幅広い顧客接点の保有という独自の利点を維持しながら、アジリティを新たに加えたのである。


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