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ひとりが好き、ってそんなにおかしいことじゃない

こんなことを言ったら、変わっていると思われるかもしれない。

でも今日はそのことをnoteに書いてみる。同じような感覚を持つ誰かに「自分はおかしくないんだ。これでいいんだ」と安心して、自信を持ってもらえたらと思うから。

学生の頃から、私はひとりで過ごすことが好きだった。

人それぞれの持つ感情に正解不正解は無いけれど、ひとりで過ごすことを愛するがゆえに「ひとりで寂しい」と思った経験が私にはあまり無い。

お休みの日はひとりで家で過ごしたり、行きたい場所があるのならひとりで出かけたりする。

カフェだって、レストランだって、ひとりで平気。

ひとりでお店に入ることは自分にとって自然なことだから、そもそもひとりで入店する勇気を持つ必要が無い。

ここまでは「ひとりで過ごす」という物理的なエピソードだけれど、精神面でも「ひとりでいられるスペース」を常に作ってきた。

たとえば生き方。

そもそも大学に入った時に新しい環境に馴染めずに休学したくらいだから、自分の気質が原因なのかもしれないけれど、

「多くの人が歩む人生は自分には合わなそう」と色んな場面で本能的に察知してしまうことがよくある。

固定の時間に仕事をすることが苦手だし、1つの仕事(職種)をずっと続けられたことがない。何らかのグループや組織の一員となって行動することに違和感を持ってしまう。

自分で何かをするにしても、自分と似たことをしている人がいたら、「自分だから出せる色、自分だからできることはないかな」と誰もいない場所を探り始める。

人から見たら、私はわがままでこだわりの強い人なのかもしれない。

でもこのわがままに見える生き方は、自分なりに「どう生きたら幸せを感じられるか」ということを追求した結果でもある。

誰もいない場所に自分の居場所を構えることで、心はとても穏やかになる。

なぜ、私自身そう思うのか、理由も自分で分かっている。

ひとりで居ることを好むのは、それほど自分が他人に対して敏感である証拠でもあると思う。

簡単に言えば、いい意味でも悪い意味でも、他の人に気を遣い過ぎてしまうということだ。

他の人に気を遣い過ぎる分、その反動で自分だけのスペースやひとりになる時間がたくさん必要な人間なのだ。

だからといって、「ひとりぼっち」や「孤独」が好きなわけではなく、ゆるりとした適度な距離で、大切な人と生きて、小さな社会と小さな関わりを持って生きることを豊かに思う。

きっと私のような性質を持つ人は、それなりにいるはずだ。

私自身も私と同じような性質を持つ人たちがいることを知って、「私はこれでいいんだ」と安心した経験があるから。

自分の本来の性質を無理に変えて、自分の生きにくい世界に飛び込む必要は無いと思う。

自分の持つ性質で生きていける世界を見つけて、そこで生きて行けばいい。


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