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自分がいなかったら
もし自分がここにいなかったら、と考えてみたことはあるだろうか。私は時々考える。
ここまで生きてきて、自分にだって当然大切にしたいものがあって、毎日の小さなことが大事で。色んなことを感じたり、考えたりする。
そんな毎日の中に自分がいなかったらどうだろう。自分がいなくたって世界は回っていくし、自分がいま大切にしているものも、私のいない世界でちゃんと存在していくと思う。自分がいるかどうかで、世界が変わっちゃうことなんて絶対にないことは分かっている。
でも。
自分がいまここにいなかったら、自分が伝えたいものを伝えらずに世の中は進んでいく。何かを伝えたいという自分の気持ちさえ、存在しない。
自分がいることで半径2メートルしか変わらないかもしれないし、変わりもしないかもしれない。でも自分がいなかったら自分の発する言葉は存在しないし、それが誰かに届くことも無い。
そもそも自分がいなかったら、自分自身も己の心を知ることも無く、存在しなかったことになる。
難しい話になってしまったけれど、少なくとも自分自身にとっては、自分がいるのといないのとでは大きな違いがある。
こうやってnoteに文章を書く自分でさえ、存在しないことになるのだから。自分がいなかったらこの文章でさえ、存在しない。
そう思うと、私は「自分がいてよかったな」と思うのだ。自分のことをとても大切に思っているから。色んなものを見て、分からないことを知って、泣いたり笑ったりして、自分にたくさんの景色を見ていてほしい。
自分がいなかったら「自分がいてよかった」とさえ思わないけれど、自分がいることには喜んでいようと思う。ここに生まれ落ちてしまったからには。
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