ホームブルワーデビュー準備完了
2020年5月30日(土)
【Day 72】
アッコが突然ピアノを購入した。それほど高価なものではないが、カシオの電子ピアノで、モノは確かだ。
渡豪前まで次女がずっとピアノを習っていたから、いずれ電子ピアノを買ってあげたいと言っていたのだが、チャッツウッドの専門店に立ち寄った時、僕はてっきり下見のつもりなのかと思っていた。
しかし、入店してから10分後には、もうクレジットカードをCATに差し込んでいた。驚くべきスピードである。
ピアノを持ち帰ると次女は随分と喜んで、早速熱心に基礎練習をやり始めたから、6月からの新たなスタートに、良い刺激になるだろう。
さて、次女に刺激を与えたことだし、僕にも6月のスタートにふさわしいモノが必要だ。ふと、そう思い立ち向かったのが「Dave’s Home Brew」、自宅から徒歩10分ほどのところにある、ホームブルーイング専門店である。
以前からチェックしていた店舗だが、この状況のため、しばらく閉店していたせいで立ち寄ることができなかったのだ。つい先日サイトを確認すると、規制緩和と同時に再び店舗がオープンしているようだった。
入り口をくぐると、レジカウンターには、メガネをかけた無精髭の(想像していたのと寸分違わぬ)中年の男性が腰掛けていた。彼がデイヴに違いない。
「How can I help you?」
デイヴは目が合うと同時に声をかけてきた。
「ええと、ホームブルーイングのスターターキットみたいなモノはある?僕ら日本から来たんだけど、日本だとホームブルーイングは違法で、まだやったことがなくて」
デイヴは僕の拙い英語を聞くなりニヤリと笑みを浮かべ、おもむろに立ち上がった。
「イージー、ベリーイージー。どんなビールを作りたいんだ?」
「ええと、多分、ペールエールか、ヴァイツェンとか?」
熊を連想させる体躯のデイヴは、カウンターのすぐ横にある棚の上から、60cm四方程度の段ボール箱を取り出した。
「こいつに必要なモノが全部入ってる。道具、材料、説明書。イージーだよ。それで、オマエは“パイルアイル”がいいんだよな?」
僕は一瞬戸惑った。ぱ、パイルアイル……とは?
しかし、そういえばデイヴが典型的なオージーイングリッシュアクセントであることに気がつき、それを脳内で変換する。つまり、「アイ」音は「エイ」に変換するわけだ。すると……“ペイルエイル”。
「ああ!そうそう!ペールエールが作りたい!」
デイヴはそれを聞くと満足そうに頷き、スターターキットの箱を開けた。そして、そこから「ラガー」と書かれた「モルト缶」を取り出すと、代わりに奥の棚から持ってきた“パイルアイル”の缶を段ボール箱に入れた。
さらに、彼は店の奥からビールには必要不可欠なホップと酵母のパッケージを取り出してくると同じく箱に詰め込んだ。
「このホップはシトラだ。4 Pinesのペールエールと一緒のな」
「ああ、4 Pines!好きなビールだよ」
「嫌いな奴はいないよ」
……そんなこんなで、入店から10分後には、僕はクレジットカードをCATに差し込んでいた。ピアノに負けないスピード感である。
23リットル分のビールの材料と、それを作るのに必要な道具一式が揃っていて110ドル(約7700円)。デイヴが少しオマケしてくれたこともあり、恐ろしくリーズナブルだ(ただし、美味しく造れなかったら、23リットルを飲みきるのはきっと恐ろしい悲劇になるのだけれど……)。
ちなみに、このスターターキットで行うホームブルーは、「モルト缶」のおかげで、本来ビール醸造に必要な麦芽を糖化させる工程(マッシングという)を設ける必要がなく、誰でも簡単にビールが作れるようになっている(はず)。
ビギナーはこの「モルト缶」でのビール造りを経て、やがて本格的なフルマッシングでのビール醸造に移行する。フルマッシングのやり方にも様々な方法があり、糖化効率やら作業効率やらそれぞれの長所短所を知りながら、自分に最適な方法を見つけていくのがホームブルーイングの醍醐味である(たぶん)。
ビールの味やアルコール度数の違いは、もともと材料が持っている特性とその組合せ、醸造における糖化効率や雑菌など不純物の混入をいかに防げるかによって左右される。前者はブルワーの知識、後者はブルワーのスキルに関わっていて、両方を兼ね備えたブルワーは、自由にビールの味をデザインできるというわけである。
……まあ、僕がこんな能書きに見合うブルワーになれるかどうか?
まずはその第一歩に乞うご期待。
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