映画『ウィッシュ』の良さを話そう


あけましておめでとうございます。新年早々サイゼリヤの間違え探しを完答し、格付けチェックの社交ダンスも正解した。これから良い年になっていくこと請け合いだ。

今回は『ウィッシュ』の魅力を述べていく。これを題材にしようと思った理由は、ネットの評判が芳しくないからだ。僕は年明けにこの映画を観て、衝撃が走った。IMAXで大音量で見れば良かったとさえ思った。メッセージ性が強い社会派映画な点や楽曲が魅力的な点が自分の好みに合っていた。ところが、他の解釈を確認しようとレビューサイトを見ると想像より評価は高くなかった。これは絶対に映画館で鑑賞すべき映画だ。本文には一定のネタバレを含んでしまうため、完全に初見で楽しみたい方は読むべきでないかもしれないが、その場合は直ちに劇場へ足を運んでほしい。その後に読んでもらえればなおありがたい。

ちなみに当方視聴したディズニー映画は『アナと雪の女王』(2まで)、『リトルマーメイド』(実写)の3作品しかない。よって、今までのディズニーらしくない、という主張には答える術を持たないのでその点だけご容赦頂きたい。また、同時上映の『ワンス・アポン・ア・スタジオ』ついて、吹き替え版を観られるのは劇場だけなのもあるが、ディズニーファンであればこれを目当てに行く価値も十二分にある作品だった。

この映画は、「自分を信じて進むこと」の大切さを説き、そうしてみようかという気にさせるエネルギーを含んでいる。作中では、国民は18歳になると国王へ夢を差し出す(作中では球体として願いが具現化される)慣習がある。物語の肝となる設定だ。この願いは一定の周期で国王によって叶えられるが、全ての願いが成就されるわけではない。王によって願いの選別が行われ、選ばれなかったものは城に保管され続ける。その上、願いを抜かれた国民は自分の願いが何であったかを忘れてしまう。その在り方に疑問を持った17歳の主人公が願いを解放するために奔走するというのが大筋だ。

夢を叶えて「もらう」こと、が当たり前の世界観に違和感を持てたのは、比較的職業選択の自由が保障されているからだろうか。自分の置かれている環境のありがたさが浮き出た。映画の人々は権力者により夢が叶えられることを望んでいる。儀式で自分の夢が選出されることを名誉とすら感じているのだ。もうそれは与えられるものに成り下がっていることに気付かない。こいつらは願いを人任せにして自分から進もうとしないのか、と鑑賞中に呆れながらふと気が付いた。王からもたらされて初めて自分の願いを取り戻す、という設定は、目標に向かって自分なりの努力をすることを間接的に不可能にしている。目指す結末がなければ道筋もない。なるほど、他人任せの民を量産するとはこの国王は中々頭がいい。反乱される恐れがないのだから。島国という背景も相まって王国は安泰だろう。劇中で国王が叶えた願いは「王国一のドレス職人になる」、「国中の誰よりも忠実で勇敢な騎士になる」で、反対に見送ったり砕いたりした願いは「航海士になる」、「空を自由に飛ぶ」、「人の心を動かす」だった。片や国益のため、片や国から優秀な人材が離れたり、他国の思想に触れたり、国家が転覆する恐れのある願いだ。あらかじめ危険な思想を摘み取り、「願いを叶えてくれる善良な存在」として王を国民に魅せる設定は非常に見事だと感じた。

このように、国王として国を守るための制度であり一定の妥当性はある。それを「皆の願いを解放した方が良いに決まっている」と決めつけて試行錯誤する主人公には、確かにもろ手を挙げて賛成することは難しい。劇中で言及されている通り、夢を叶えることについては道程が苦しいことも多く、あることすらマイナスに作用することも考えられる。それならば初めからそれを持っていたことを忘れ、心を軽くしてやることが民にとっての幸せではないのかとする王の主張も間違っていない。僕の好きな別の作品でも、「夢は呪いだ」と評されている。

しかし映画を観て、夢を持たない方が幸福だとは思えなかった。相対的に自分の足で進んでいくことの大切さや情熱を教わった。この国民のように、そうあるべきだとして何かを受け入れるな。反逆の翼を翻せ。心を燃やせ。壁の外の世界を見に行け。僕にも夢があり、それを巡っては結構苦しい思いもしているがまだまだ自分の足で歩もうと思えた。
盛りだくさんで後半は精神論になってしまったが、衣装や音楽など他にも魅力は多い。

今日はこれで終わり、お疲れさまでした。

この記事が参加している募集

#映画感想文

66,844件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?