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一級建築士設計製図試験において受験者の心理に入り込む出題者への過度な忖度

設計与条件をどう解釈するかによって、その先の計画の選択は大きく違ってくるものです。その解釈により、自分自身で設計にかなりの縛りをかけてしまうこともあれば、逆に設計の自由度を自身に与えることもあり得ます。

令和元年本試験(10月実施)再試験(12月実施)に共通していた以下の留意事項について、それぞれの標準解答例と照らしながら、解釈忖度という観点から考察してみます。

<令和元年問題用紙に記載の留意事項>
教育・普及部門の展示関連諸室とアトリエ関連諸室を利用形態に応じ、適切に計画する。

1.平成28年までと、平成29年の留意事項

平成28年までは、設計与条件に『各部門を適切にゾーニングし、明快な動線計画とする~』という留意事項が、お決まりで問題文に記載されていました。

出題に変化の兆しの見られはじめた平成29年の留意事項では、『各要求室を適切にゾーニングし、明快な動線計画とする~』と記載されており、部門単位ではなく、要求室単位での適切なゾーニングを求めています。前者の場合、階別ゾーニングという方法があるように、とりあえずフロアごとに部門分けをして配置すれば、一定のまとまりは確保できます。一方、後者の場合には、各要求室の機能を理解し配置や繋がりを検討することが求められますので、「とりあえず」の配置というわけにはいかなくなってきます。

無難に部門単位で階別ゾーニングに落とし込もうとして上手くいく場合はいいですが、配置しきれないときは、室の機能を考え、一部設置階を分けるなども選択に入れる必要も出てきます。本来、同一階にまとめておきたい要求室等を、そうできなかったときどうするか?は、実は考えさせられる難しい要求になるのです

階別にゾーニングする方法は、一つのプランニング対策として準備して臨めるわけですから、準備していた通りにいけそうだと安心してエスキースを進めることができます。逆に、対策として準備していた形に持ち込めなかったときは、動揺がはじまり「どうしよう…?」となり、一気に心理的負荷が掛かってくることになると思います

設計与条件の要求室の部門等の括りを無視すると、プランのまとまりを欠くことに繋がりかねませんが、部門等の括りに固執し過ぎてプランが破綻するくらいなら、柔軟な捉え方をしてプラン全体のまとまりを確保することも選択に入れておく必要があると思います。

平成29年の留意事項に対し、妥協を許容しない「べき論」に基づき、何としても階別ゾーニングに持ち込もうとすることは、ここで出題者が求めている「各要求室を適切にゾーニングする」ということの解釈になるのか、出題者に対する過度な忖度に過ぎないのか、標準解答例に照らして考えてみる必要があると思います。標準解答例①では、宿泊部門を1階の一部と2階に分けて設置していますが、1階において宿泊ゾーンを構成して宿泊者専用のエレベーターを計画するなどの工夫をし、適切にゾーニングしていることになります。

2.平成30年、そして令和元年の留意事項

出題に変化の兆しが見えはじめて2年目に当たる平成30年から、事前に留意事項の一部が告知され、その一つに『各要求室を適切にゾーニングし、明快な動線計画とする。』と平成29年と同じ内容が事前に知らされるようになっています。

令和元年では、事前告知の留意事項に加え、前述の留意事項が問題文に記載されていた形となります。ゾーニングに関する令和元年の留意事項をまとめると、以下の2つになるかと思います。

<令和元年の留意事項>
①各要求室を適切にゾーニング

②展示関連諸室とアトリエ関連諸室を利用形態に応じ、適切に計画

3.令和元年の標準解答例から読み取れる留意事項の解釈

本試験(以下、本①本②)と再試験(以下、再①再②)の4つの標準解答例について、留意事項に照らして見ていきます。

<本①>本試験標準解答例①
1階:(展)多目的展示室、展示室C、 ホワイエ
2階:(展)展示室A・B、ホワイエ
   (ア)アトリエA・C・D、準備室

3階:(ア)創作アトリエ、アトリエB、準備室、講師控室
<本②>本試験標準解答例②
1階:(展)多目的展示室
2階:(展)展示室A・B・C、ホワイエ
3階:(ア)創作アトリエ、アトリエA・B・C・D、準備室、講師控室
<再①>
再試験標準解答例①
1階:(展)展示室A・B・C
2階:(ア)市民アトリエ、アトリエA・B・C・D、準備室、講師控室
3階:(展)多目的ホール・ホワイエ
<再②>再試験標準解答例②
1階:(展)多目的ホール・ホワイエ
2階:(ア)市民アトリエ、アトリエA・B・C・D、準備室、講師控室
3階:(展)展示室A・B・C

本①以外は、階別にゾーニングして構成していることがわかります。

4.ホワイエとエントランスホールのあり方に着目

再②のホワイエに着目してみると、エントランスホールの一部のような連続した空間構成で共用ゾーンの中に計画されている印象があります。この点は本①の1階(これについては、2階にもあるので、任意で1階に設けたものとの解釈もできます)でも同様の構成になっています。再試験におけるホワイエは、多目的ホールに隣接させることが求められていますので、部門分けにこだわるのなら、展示関連諸室としての専用性の高いスペースにする必要があると言えます。

再②のホワイエは、点線で境界を図示していますが、これは来館者には認識できない図面上の境界に過ぎないと言えます。北側の風除室からアプローチしてくる来館者は、ホワイエを通過してエレベーターへ向かっていくのが自然な流れになるはずです。したがって、ここでのホワイエの機能は、エントランスホールそのものになっていると思います。(この点については、本①1階のホワイエも同じです。)

そもそもホワイエは、動線スペースであり、客溜まりスペースでもありますので、本①のようにソファー等が設置されている空間となることが想定されます。

エントランスホールの一部にソファー等を設置できるスペースを確保できれば、機能的にホワイエに代わることができます。このように考えると、再②は、ホワイエがエントランスホールであったとしても、機能的な要求は満たしていると言えます。しかしながら、試験として見れば、多目的ホールに隣接する50㎡のホワイエが要求室として求められていますので、ホワイエはホワイエとして確保しなければなりません

展示関連諸室として要求されているホワイエではありますが、エントランスホールと同様の共用部門的な位置づけの配置であっても、上に述べた通り、機能的には問題ない適切に計画)と、再②から読み取ることができると思います。

各部門ではなく、各要求室を適切にゾーニングするということは、要求室に求められている機能を理解し計画することであって、杓子定規で測ったような解釈を求めているわけではないと考えます。

5.令和元年本試験の標準解答例①の2階から得る教訓

平成29年の標準解答例①における1階と同様、異なる関連緒室を同じ階に設置する計画を令和元年本試験の標準解答例①でも選択しています。どちらも、その階のプランニングの難易度は高くなっていると言えますが、自身で進める計画の成り行き上、このような形になってしまうことも可能性としては十分あり得るわけです。こういったとき「どこまで、どう対処すればいいか」を準備しておくことも、試験対策として必要です。「どこまで」というのは、徹底し過ぎないゾーニングの許容できる範囲という意味になります。

令和元年10月実施の本試験の標準解答例①の2階は、階段・エレベーター、便所を配置した共用ゾーンを東側に構成し、ここを動線の起点として、北側をアトリエ関連ゾーン南側を展示関連ゾーンとして整理して配置しています。

再びホワイエに着目してみますが、1階がエントランスホールとの境界が不明確であるのと同じく、2階のホワイエもエレベーターホール等との境界が不明確で、範囲がはっきりしないものになっています。

アトリエ関連ゾーンは区画された閉じた構成となっていますが、展示関連ゾーンは共用ゾーンに対しオープンな構成となっており、見ようによっては、ホワイエを共用ゾーンと位置づけ、これを挟むような形でアトリエ関連ゾーンと展示関連ゾーンを構成していると言えます。

計画を進めていく中で、上のようなケースになってしまう場合、部門は完全に分けるものだという強い思い込みがあると、共用ゾーンに対し、アトリエ関連ゾーンとホワイエを含めた展示関連ゾーンをそれぞれ閉じた構成としなければならない(頑なに分けようとする)ものとして計画を進める受験者も出てくるように思います。これをやろうとすると、動線の起点となる階段・エレベーターを中央寄りに計画する必要が出てきたりと、プランニングの難易度は上がります。2階にだけ都合のいい形で、階段・エレベーターの位置は決められないのが難しいところで、2階で都合のいい配置が、1階や3階では上手くいかないことも十分あり得るということです。

前述のエントランスホールとの関係と同様、動線スペースでもあるホワイエには、共用ゾーンに馴染みやすい機能があると思います。馴染みやすいというのは、それが共用ゾーンに位置づけられても、違和感を覚えないということになります。

各要求室の部門等への属性には、白黒はっきりさせるべきものと、ホワイエのようにグレーゾーンにあっても違和感を覚えないものとがあると考えます。この判断は、それぞれのスペースがどのように利用されるものなのかといった機能を想像し理解することによってなされるものだと思います。

問題文の留意事項にあった『展示関連諸室とアトリエ関連諸室を利用形態に応じ、適切に計画』という要求は、それぞれの要求室の機能をよく理解して計画することを求めていたのであり、こうでないとダメだという出題者としての決めつけはなかったのではないかと考えます。

教育・普及部門の中に、展示関連諸室アトリエ関連諸室という括りを設けての出題でしたが、この括りがなくても問題としては成立します。また、教育・普及部門といった美術館の一般的な部門名称を採用せず、展示部門アトリエ部門として出題することもできたはずです。

部門の中のあってないような括りと解釈するか、関連諸室を部門と同格の括りと解釈するかで、計画の方向性は違ってくると思います。しかし、たとえ前者であっても、各要求室の機能や用途を考えていけば、必然的に展示関連とアトリエ関連に整理され、各要求室を適切にゾーニングする方向に向かっていくことになったと思います。違いはどこにあるかと言えば、多様性を許容できる範囲を、前者に比べ後者の方が狭めた状態で計画を進めることになるということではないかと思います。

6.過度な忖度を生む心理

標準解答例の作成では、出題者に忖度する必要がない問題文の解釈ができます。標準解答例を見たとき、自分ではできなかった問題文の解釈の多様性がそこにあるなら、その解釈の差こそが、自身がしている出題者への過度な忖度であると言えるのではないでしょうか。

出題者への過度な忖度は、どこからやってくるものかと言えば、試験対策期間中に先入観として蓄積されてしまう「べき論」によるものではないかと考えます。ここでいう「べき論」とは、「~しなければならない」といった出題者が求めていないことまで含めた思い込みや強迫観念(根拠が希薄なものも含む)です。

プレッシャーのかかる本試験においては、不合格への恐怖心も働くことによって、様々な「べき論」が頭をよぎることも多いと思います。こういった受験者の心理において、出題者への過度な忖度が入り込みやすいのではないでしょうか。

以下の記事も参考にしてみて下さい。

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