インド人と休日を過ごした話(後編)
文章を書くのが遅いために、1月にあった出来事をこんな長い期間書き続けている。
もう夏である。どんだけ長いこと思いを馳せているのだと言われても仕方ないほど時間が経っている。
それでも思い出すと今でも「あれは貴重な経験だったなぁ」と思えるために、つらつらと書いていこうと思う。
前編と中編はこちらから読めます。
この記事を偶然見かけて興味がある人はぜひ。
見知らぬインド人に声を掛けられ、上野公園を案内することになった私。流れでそのまま、二人で上野動物園へ入ったのだが、そこでまたもや見知らぬインド人5人組と出会った。
私と一緒に行動していたHさんは、彼らと母国語で会話した後、彼らに私を紹介したいからとその5人が食事しているベンチへと私を案内した。
「彼らにあなたを紹介します。一緒に行きましょう。なぜならあなたは、私が日本に来て初めてできた友達だからです」
そんな風に言われては断りづらい。
時間もあるし、と思いあまり人見知りもしない私はHさんについていき彼らの席へと腰を下ろした。
不思議なもので、外見から外国人だなとわかる人の中に、顔立ちが日本人のような女性もいた。一瞬、「もしかして日本人?」と思ったのだが彼らと楽しそうに会話しており、私と目が合うとぺこっと頭を下げ、彼女は少し片言の日本語で「日本の方ですか? 私の名前は……」と自己紹介をしてくれた。
インド人なのか! と私はそのとき少し驚いた。
彼らの話を聞くと、彼らは日本語学校に通っており、それぞれ別の職業についているのだと言う。
独学で日本語を勉強しているHさんのことを褒めながら、そんな彼と一緒に行動している私を不思議そうに眺めていた。(そのあとHさんが私を紹介してくれたため、彼らは私のことも快く受け入れてくれた様子だった。)
しばらく彼らのやり取りを眺めていて気付いたことがある。
英語で話している人と、インドの言語で話している人がいた。そしてその全員が、私に話しかける時には、日本語で話してくれていた。
不思議そうな顔をしている私に、先ほど自己紹介してくれた女性が説明してくれた。
「インドは広いから、それぞれの地域で言葉がちがうんです。私が生まれたところの言語は、彼らには通じないから私は英語で話します。同じ言葉を使う人はその言葉で話しています」
そうだったのか、と私はうんうんと相槌をうった。
恥ずかしながら海外に行ったことも、海外の人と関わる機会も少ない私はそんなことは全く知らなかった。インドって地域で言葉が違うんだ……。
インドの言葉も英語もわからない私に、彼らは一生懸命日本語で会話をしてくれた。それがとてもありがたかったし、ちょっと申し訳なかった。
英語くらい、簡単なものでも話せるようになるべきだったかな。学生の頃にまじめに勉強すればよかった。そんなことを思った。
「日本で好きな食べ物はなんですか?」というHさんの質問に、彼らは「全部美味しい!日本の食べ物美味しいです」「私はラーメンが好き」「シーチキンのおにぎりが一番好き!」と笑顔で答えていく。
私が作ったわけでもないのに、やっぱり自分の国の食べ物を褒められるのは嬉しかった。
しばらく話していると、「そろそろみんなで動物園をまわろう」と誰かが言い出し、それぞれ席を立つ。
私は時間を確認し、Hさんに「私は申し訳ないけど、そろそろ帰らないと」と伝えた。
当初の予定よりも随分長居してしまった。
他の人たちも残念そうにしてくれて、なんだかそれも嬉しかった。
別れる時、Hさんに「今日はありがとう。あなたに話しかけてよかった」と声をかけられた。
それが何より嬉しかった。
Hさんはずっと日本語で私に話しかけてくれて、時折わからない日本語があるとその意味を私に尋ねて、一生懸命覚えようとしてくれていた。
「今後の目標は、日本語をもっとうまく話せるようにして、YouTubeで日本語だけで話す動画を撮ること」と言っていた。志が高い。自然と、応援したくなった。
Hさんと別れて、家に帰った私は家族にこのことを話した。「すごい体験したね」と父に言われ、「もともと国語が好きで、言葉についても大学で勉強してたもんね」と母親に言われて、私はそういえば国語が好きな子供だったなと思い出した。
大人になってからは勉強することもなく、なんとなくこうして文章を書くくらいしかしていなかったけれど、「言葉って大切なんだな」と再認識させられた出来事だった。
私は今、介護士として有料老人ホームで働いている。今の職場は居心地がよく、自分の思ったことを割となんでも言えるので働きやすい。
それでも、こういった経験をして、「海外の人に日本語を教える仕事って、どんな感じなのだろう」と考えることがある。
思い切って転職、とまではいかないが、せめてこうして海外の人になにかを尋ねられたときのために、簡単な英語くらいは覚えておいたほうがいいのかもしれない。
「私が日本語を話したとき、あなたはどう思いましたか?」
Hさんからされた質問が思い出される。
自分がわかる言語で話しかけられることで、どんなに私が安心したか。それをHさんに伝えると、彼は少し悩むような表情を浮かべて、尋ねてきた。
「アンシンというのは、どういう意味ですか?」
不意打ちの質問に、慌てながら一生懸命伝えた意味が、Hさんに伝わっていたのかは今でも不安だけれど。
彼が、私が見えなくなるまで手を振ってくれていたことも合わせて思い出すと、あの日家を出てよかったなと思った。
そしてやはり、簡単な英単語くらいは勉強したほうがいいのだなと思った。
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