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初めて、文芸誌のお仕事をして、はっとしたこと。

2021年1月16日に発売された文芸誌 集英社「小説すばる2021年2月号」にて、相川英輔さんの短編小説「さかさまの洗面器」の扉絵と挿絵を描かせていただきました。僕にとって、初めての文芸誌でのお仕事で、編集者の方に意見をいただきつつ、進めた流れをまとめておきたいと思います。

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今回の扉絵、挿絵を描かせていただいた小説「さかさまの洗面器」は、銀行に勤める平凡な女性が、ふとしたきっかけで始めた秘密の習慣によって、予想外の騒動とささやかな奇跡を起こす優しい短編小説です。

下記はゲラを読み、初めに描いた扉絵(左)と挿絵(右)ラフです。

初期ラフ 75

扉絵は冒頭に主人公の女性「果歩」が 秘密の習慣(インスタグラムの検索アイコンをタップして出てきた投稿者に自分がなりきって同じ行動をしてみる)で、学生のふりをし、早稲田大学に潜り込もうとする場面です。

挿絵は、果歩のこの習慣によって偶然出会った音大生の「三好」という男子学生の様子です。インスタで見つけた投稿『古本チェーンで「漂流教室」という漫画を全巻立ち読みした』を実行すべく向かった店で、彼はアルバイトとして働いています。なかなか探している漫画が見つからず店内をうろついている果歩に、ため口で「なに探してるの?」と話しかけてくるような、ちょっと変わった存在です。実は、彼は果歩と同じマンションに社会人の恋人と(ほぼひも状態で)同棲しており、彼の人懐っこい性格もあり、徐々に果歩は三好と打ち解けていきます。そんな中、果歩が務める銀行は、時代のあおりを受け人員削減を進め、彼女は職場を離れなければならなくなります。彼女は悲嘆に暮れ、殺伐とした職場で唯一の心のよりどころにしていたクマノミのつがい(待合室のアクアリウムで飼育し、彼女が世話をしていた。)が心残りだと三好に話します。すると、彼は清掃員に扮して銀行に2匹のクマノミを取りに行こうとするのでした。

扉絵ラフで、私は、少しでも自分を変えるため、懸命に立ち向かおうとする果歩の姿を描くことで、読者に「これから彼女が一体何を始めるんだろう?」と興味を持って読み進めてもらえるのでは、と考えていました。

挿絵では、「音大生が変装して銀行に熱帯魚を取りに行く」なんて「これはかなり面白い絵になるので!」はなどと私は勝手に盛り上がっていました。本文には具体的な描写はなかったのですが、僕の頭の中には、「三好」が作業着を着て、クマノミを取りに、正面口から、銀行に乗り込んでいく行くシーンが浮かんでいました。

さっそく、ラフを送りましたが、その日には返信はなく、私は徐々に不安になっていきました。「やはり編集者の方は、複数の案件をこなしながらだろうから、すぐに返信はできないよな~」とか「やはり、ラフに不備があって、それをどのように伝えるか迷ってらっしゃるのか??」などいろいろな考えが頭に浮かんでは消えていきました。

そして翌日の夜、担当の編集者の方から、メールを頂きました。

やはり、再検討依頼のメール。

メールの文面は、こちらの気持ちに配慮しつつ返信してくださっており、「こんなに気をつかわせてしまって…。すみません、すぐ直します!」と心の中で叫びつつ、メールを読み進めました。

内容としては

扉絵に関して:「周囲に溶け込もうとすべく慎重に行動している人間にとって、通いなれているはずの構内で、この行動は不自然では?果歩の心理や行動と齟齬がないようにしてほしい」とのコメント。

挿絵に関して:「一般的には、業者として水槽の清掃員を装って銀行にいくなら、裏の通用口からではないか。かならずしも、人物を入れずとも、作中の印象的なアイテムなども検討してみてほしい」とのコメント。

このコメントを読み、私は、はっとしました。

扉絵に関しては、私が初めに考えていた「自分を変えようと懸命にチャレンジする果歩」というのは、この小説を最後まで読み終えたからこそわかることであり、冒頭の文章でわかることは、何か事情があって、30歳の女性が学生のふりをして大学の講義を受けようとしているという事だけでした。

ラフを描いているとき私は、自分の保身ばかり考える上司や、口うるさいお局女性社員のいる職場で、10年以上、毎日疲弊しながら懸命に働いていること、にもかかわらずリストラの危機に瀕しているという彼女の事情に、感情移入し、私の中で勝手な物語を作っていたように感じました。

そもそも、普段、私はオリジナル作品として、小説や日常目にした風景から着想を得て、パッと頭に浮かんだシーンを自由に描いていました。この描き方は小説の描写を忠実に絵にするというよりも、その小説の力を借りて、自分では思いもつかないような面白い構図やシチュエーション、物語を描くためのものでした。

私は、その感覚のまま、今回の初期のラフも描いてしまっていたのです。これはある意味で、読者の一人として、感情移入し自分の感覚で物語を読む、読書感想画づくりに近いものでした。

しかし、今回のイラストの仕事において、私は、作家の相川英輔さんが書かれた小説を世に送り出し、読者の方が、この物語をより楽しんでもらうためのイラストを描く立場でした。私はそのことを忘れていたのではないか。そう思いました。

そう考えたとき、一読者として、自由に想像し、楽しむ読み方でなく、きちんと人物の心情の根拠となる箇所を丁寧に探し、それを絵にしなければだめだと思いました。

もう一度、鉛筆を持ち、冒頭部分、果歩の心情を一番表現しているセリフ、動作、風景描写を探し線を引きました。そして、「持参した本を開き、読む振りをして、髪で顔を隠した。当初から予定していた行動だ。」という箇所が、周囲に溶け込もうとする彼女の心情を端的に表現しているのではと考えラフを描きました。

挿絵に関しても、愛着を持ちなんども彼女のセリフに出てきた「クマノミのつがい」とタイトルにもなっている「洗面器」の両方を同時に描ける下記のシーン「キッチンのシンクにぬるま湯を溜め、その上に(三好が連れて帰ってきたクマノミをいれた)洗面器を浮かせた」という箇所を描きました。下記が修正し提出したラフです。

修正ラフ 75

これを編集者の方にご確認いただき、「良いシーンを選んでいただけたと思います」とOKをいただきました。

「初めから上記のようなスタンスでラフを描いていたら、編集者の方の負担も減らせて、もっと早く納品できたかもしれないのに~」と悔しい思いに駆られつつ、気持ちを切り替えて仕上げました。

提出物 75

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今回、ここに書いたことは、初の文芸誌でのお仕事で緊張しながら取り組み、考えたことなので、まだまだ気づけていないことがたくさんあるように感じています。しかし何より、編集者の方とすり合わせながら、挿絵を作り上げいくプロセスはまだまだ駆け出しの私には、とても新鮮で楽しい仕事でした。

やはりこれからもっともっと経験を積んで、描き方、仕事への向き合い方を更新していきたいと強く思いました。

また、新たに考えがまとまったら投稿したいと思います。

長文お読みいただきありがとうございました。




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