エスカレーターで見た言葉にwebコピーライティングのヒントが隠されていた話
私が勤務するweb制作会社ベイジの最寄駅で、いつも利用する下北沢駅のリニューアル工事が着々と進んでいる。ここ数年その工事は佳境を迎え、駅構内の表情も時間の経過と共に刻々と変わっている。そんな中、小田急線のホームから改札階に上がるために新設されたエスカレーターでとある発見があった。
エスカレーターでは事故を防ぐために手すりを持つことを強く推奨している。エスカレーターの近くで「危ないので手すりをお持ちください」といった掲示を見たことがない人は居ないのではないか。
毎日利用するものなのでさほど危険性を感じないが、実は平成23~27年の5年間に東京都内で計6724人が救急搬送されているというデータがある。都内で毎日3件以上の事故が起きていると考えると、少ない数字ではない。
駅側も極力事故を防止するために、手すりを持つことを推奨しているのだろう。ではエスカレーターにどんな言葉が掲示されていれば、そこに居る多くの人に手すりをつかんでもらえるだろうか。
ざっと「エスカレーター+掲示」でGoogle画像検索してみた結果、見つかった言葉が以下の通りだ。
・手すりにおつかまりください。
・みんなで手すりにつかまろう!
・エスカレーターは「歩かず」「手すりを持って」ご利用ください。
・乗ったらつかまる!がエスカレーターの基本です。
・急停車することがありますので必ず手すりにおつかまりください。
手すりを持ってもらいたいのでストレートに「持ってください」と訴えかけるのはごくごく自然な伝え方だ。また「急停車」という具体的なデメリットを言葉にするのも一つの有効な手段と言えるだろう。これらはどれも、人に何かお願いする際にはストレートなアプローチである。
しかし、下北沢駅のエスカレーターに張り出してあったコピーはそれとは違っていてこんな言葉だった。その言葉は私の斜め上から降りてきた。
この言葉を見た時「なるほど」と思った。手すりは様々な人が触るのでばい菌などが付着しているイメージがある。特にインフルエンザが流行っている時期は、潔癖症でない私でさえも極力触りたいとは思わない。この言葉をエスカレーター脇に設置しようと考えた人はそこに目を付けたのだ。「抗菌仕様なのでさわっても大丈夫ですよ。手すりを持ってくださいね。」と訴えかけている。
実際これでどのくらいの人が手すりをつかみ、事故が防止されたのかというデータまでは見つけ出すことはできなかったが、ユーザーの深層心理を踏まえた上で導き出したメッセージであると考えると、行動を後押しする際の言葉として面白いアプローチであると感じた。
webサイトの世界でもこうしたコピーライティングの視点は非常に重要である。webマーケティングの専門会社、株式会社オレコンの代表を務める山本琢磨氏の著書「Webコピーライティングの新常識 ザ・マイクロコピー」を読むと、このあたりの面白さが理解できる。
書籍で語られているのは、コンバージョンボタンを押すかどうか迷っているような、既に行動に高いモチベーションを持った人に対して効果を発揮するコピーの書き方が中心である。ユーザーが決断を下す瞬間、心理的な障壁を下げるためのコピーをボタンの側に添えるだけで、クリック率が上がるという話だ。
書籍の中ではこれを「クリックトリガー」と呼んでおり、ユーザーの不安・懸念・疑問を減らすことが大きな目的と語っている。クリックトリガーには大きく3種類あり、以下のように分類される。
1)ファシリテーター型
不安・懸念、疑問を取り除き、行動をしやすくする言葉
2)スパーク型
ベネフィットなど、行動への意欲をかき立てる言葉
3)シグナル型
行動の後押しとなる情報を知らせたり、思い出させたりする言葉
参照)IMNSBLG
下北沢駅のエスカレーターに設置された「この手すりは抗菌仕様です」という言葉は、ここで言うファシリテーター型に分類される。菌が伝染るという不安を取り除き、手すりを持つことへの障壁を下げようと試みている。
例えば実際のwebサイトでのコピーの例を挙げると、新規会員登録ボタンの側に「Facebook・Googleのアカウントでも登録できます」という言葉を添えて登録の簡単さを訴えかけたり、メルマガ登録のチェックボックスの側に「いつでも解除できます」という言葉を添えて安心感を与えたりする使い方だ。
エスカレーターの話に戻るが、後々気になって調べて見たところ、やはり小田急電鉄は事故防止のために抗菌であることを示す言葉を掲示しているとのことだった。安全性を考えた末での一つのアイデアだったことがわかる。
人に行動を促す際、言葉は最重要なインターフェースと言える。webだけでなく日々過ごすリアルな世界の中にも、こうした人の行動を変えるための工夫やヒントは沢山隠されているものだなと感じた。
最後になるが、結局私はこの言葉を見て手すりを持たなかった。もちろん持つ人も居るかもしれないが、では持たないユーザーには今度どんな言葉をかけるべきなのだろうか。という具合に、導き出した答えに満足せず突き詰め続ける思考も、UXに関わる仕事をしているデザイナーには必要だと私は思う。
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