【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第43話

「よろしいですか、陛下。本来ならわたくしは己の伴侶を、家柄等関係なく、好きに選べる環境で、お金も、人間関係にも、大っ変、満足した生活を送っておりました」
「うぐっ」

 聞き間違いなど万が一にも起こされないよう、短く言葉を区切って陛下に再度陳情致します。

 陛下の小さな呻き声など、無視です。

「それを奪われる苦痛。どれ程のものか、わかりませんか? 最も帝位から遠いとされた皇子でいらした陛下になら、ここまでお伝えすれば、察せられましょう?」
「そ、それはっ……」
「私が何故なにゆえ莫大なお金を動かし、一国の皇帝や丞相であっても蔑ろにできない程の縁故を持ち合わせているのか。既に調べがついてらっしゃいますよね。信を得る為に最初から私は、そこに辿り着けるよう情報規制を弛めて入宮致しましたもの」
「ゆ、弛めた!?」
「そして私の言葉が、嘘や誇張した物でないと、今は理解されましたね!?」

 とはいえ私の三つの人生、全てに調べがついているはずもないでしょうが。

「わ、わかっておるっ」

 ズバズバと言葉の刃で切りつけられ、先程から悪さを言い当てられた子供のような反応です。大方、陛下は理解していても感情が追いついていないのでしょう。

 丞相はニコニコと微笑んで、成り行きを見守っておられます。長年陛下に言ってやりたかった事を、私が代弁しているからでしょうね。もっと早くご自分で伝えて欲しかったですが。

「そもそも私が、このような重鎮達の私利私欲を満たす為の勢力争いの駒でしかない、後宮の貴妃などというくだらない地位に身を落とした理由も、理解されておりますか。利己的な陛下と丞相の駒として更にとっても面倒で、何よりも命の危険に曝される役を、不承不承でも引き受けて差し上げている理由もです」
「利己的……」
「真実でしかない言葉に引っかかりを覚えてどうなさいます。それよりも理由です。それはわかりませんか。辺境だろうと貴族という身分が私にあり、生家が領民を抱えている為です」

 もちろん二代目のパトロンだった、亡き陛下への義理は黙っておきます。

 私の理由に、陛下はぐうの音も出なくなったようです。口を真一文字にして黙りこみました。

「皇帝という地位につきながら、子孫を残す事が困難な体質であると、陛下は自覚されておられますよね。なのに一人の女子に固執し、今も自身の子を成せずにいらっしゃいます」
「それも……」
「わかっておられなかったでしょう。そのせいで更に惚れた女子の心を傷つけていると。その高貴な立場も含めて、皇貴妃を壊し続けていたと。だというのに、尚も己の身勝手を貫き続けていらっしゃる。それを利己的と言わずして、何と言えと?」
「うぐっ。しかし私とて、皇帝など望んでなったわけでは……」
「ならば一人自害でもなされば、この話は終いです」

 ピシャリと言い捨てます。みっともなく足掻くのは、後宮に住まう多くの女子達の人生を巻きこんだ時点で、止めにすべきであったでしょう?

「そうすれば皇貴妃も、晴れて自由の身。醜い他の女子の嫉妬や妬み、己自身が子を切望せざるを得ない欲望と葛藤、権力争いの舞台。それらから大手を振って降りられましょう。それをせずして不満を抱き、駄々をこねているのは一体どなたです? 十四の小娘ですら現状を鑑みて動いております。陛下はお幾つの殿方なのですか」

 容赦のない私の言葉に陛下は何も言い返す事ができなくなったようですね。何度か口を開いて閉じてを繰り返し、そっぽを向いて……最後はうつむいてしまいました。どうやら落ちこんでしまったようです。

 え、面倒臭いのですが!?

 丞相を見やれば肩をすくめて……終わりですか!?

 あら、陛下は目を離した隙に、私の寝台という名の長椅子に腰かけましたね? 項垂れて……燃え尽きたように陰を背負ってしまいましたよ!?

 え、面倒臭いのですけれど!?

 面倒過ぎて二度も同じツッコミを、胸中でしてしまいました。私の芸もまだまだです。

玉翠ユースイ……ユーが今日、離縁を考え続けていたと申したのだ」

 と思ったら、突然の離婚話ですか。人生相談ですか。私、十四の小娘ですよ。良いのですか。

 チラリと丞相を見れば、再び肩をすくめて……終わりですか!? 良いのですね!?

「理由はお前の申した通りだ。妻を尊重する姿勢を貫く事で、ユーを守っていたつもりであった。だが俺の姿勢は、いつからかユーを傷つけ、貶めてしまっていたらしい」

 どうやら妻は夫に、やっと本心を明かせたようですね。良うございました。正直、私の入宮前に、その程度の事はご夫婦で話し合っておいて欲しかったですが。

 そうすれば、私の入宮が無かったかもしれない一縷の望みとなったものを。

「だが私はユー以外を妻とは思えぬ。抱きたくもない」

 無かった可能性は、無かった線が濃厚となりました。最高権力者が純愛を拗らせるのは、本当に面倒ですね。


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