【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第65話

「……何故こうも、お前の淹れた茶は味が違うのだ」

 銀の茶杯を軽く眺め、ゆっくりと口に含んで味を確かめた陛下は、そのままコクリと喉を潤してからそう告げます。

「まあ? お口に合いませんでしたか?」
「……いや、何故か美味い」

 どこか憮然とした顔ですが、褒め言葉は素直に褒めていただきたいものです。の夫はへそ曲がりですね。

 ゆっくりと飲んだのは、毒の混入を警戒する日々の習慣からでしょう。私が毒を入れたか疑っているわけではない……はず?

「ふふふ、嬉しいです、陛下! たーっぷり、真心をこめましたもの!」

 再び無垢な微笑みを浮かべた私。皇貴妃と対面する一番下座に座っている夏花宮の嬪、呉静雲ウー ジンユンへと流し目を送ってから、これ見よがしに笑みを深めます。

 やはりですか。しっかりと睨みを効かせた嬪の瞳は、嫉妬の炎がメラメラと。

 どうやら皇貴妃も気づいたようです。しかし皇貴妃の表情からは、どことなく疲労感が。更に垣間見えたのは…………諦め?

 初代と二代目の私がよく目にした、恋を封印した女子おなごのような顔を何故、皇貴妃が?

 ……気になりますね。

「ほう。それならば儂も是非、陛下の寵愛する貴妃に淹れて頂きたい。如何かな?」

 それとなく皇貴妃に注意を払っていれば、一番上座に近い燕峰雲エン フォンウン大尉が提案してまいります。愉快そうに顎髭を触ってらっしゃいますが、その瞳は冷めたもの。

「まあ。でしたら先日、皆様から頂いたお詫びの品々の中に茶葉がありましたの。頂いた品を共に楽しみませんか? もちろん後宮という場所ですもの。医官と薬官の立ち会いをお願いして受け取り、開封した後は保管を委託しておりました」
「何ですって!? 贈った品を贈り主に返すなど、失礼です!」
「左様でしてよ!」

 まあ? 突然、春花宮の主、梳巧玲シュー チャオリンが慌てたようにまくし立て、夏花宮の主、呉静雲ウー ジンユンがそれに賛同の意志を顕にしましたね。

 騒がしい二人の嬪の後ろに控える女官はもちろん、よく見れば西方の貴妃に仕える女官以外、全ての女官達が目配せや目を大きくしております。これ、如何に?

 皇貴妃は怪訝そうですし、西方の貴妃と嬪はただ微笑みを浮かべたまま、相変わらずの無。東方の貴妃は、それとなく口元を隠してほくそ笑みました。

 殿方達は静観しております。しかし茶髪の林傑明リン ジェミン司空は、対面する南方の嬪に検分するかのような眼差しを送ります。

「返す? 何故そう思ったのかしら? 頂いた物で、共に楽しもうとするだけよ? それに此度の物は、あくまで詫びの品と認識しているわ。私の私物を持ち去ってしまった、不出来な女官達を管理監督している主として。贈ったと揶揄するのもおかしいのでは?」
「そ、それは……」

 口ごもる薄水色の衣を纏う春花宮の嬪。そして悔しそうに無言で顔を歪めた、薄朱色の衣を纏う夏花宮の嬪。

 相手は貴妃より格下の嬪ですからね。口調は世間一般的なお嬢様的ものにしております。

「それをこの場で使うという事は、詫びを受け取ったと同意する事になるでしょう? それに新参者のわたくしも、先に後宮に在られた皆様へ、ご挨拶の品をやっとお持ちできましたわ。お贈りするというのなら、先に私が贈るべきですもの。色々と手違いがあったせいで、ご挨拶が送れてしまって心苦しく感じていて……。なので、このような席を設けて頂けた事を、心から喜んでおりますの! 小雪シャオシュエ

 私の後ろに控えていた専属侍女、シャオシュエに声をかければ、この部屋の重厚な扉を守る陛下の近衛の前に進み出て、無言で近衛に開けさせる。

 すると扉の外に待機していた白装束の殿方が二人、中へと入ってきました。一人は医官らしい官服、一人は作務衣風の官服を身に着けた薬官です。

 二人が抱えている盆の上には、高給そうな白と黒の陶器の壷が二つずつ載っております。

「あら? 嬪はお二人共、お顔の色が優れないみたい? どうかしたの?」
「「いえ」」
「それは良かったわ。でしたら、早くお掛けになったら? そうだ!」

 腰を浮かせっぱなしの嬪達には座っていただき、本日二度目の両手でパチン。

「折角ですもの。本日、皇貴妃が用意された茶葉と、私が用意した茶葉も使って闘茶とうちゃはいかがかしら?」

 茶を飲み、香りや味から茶の品種や産地などを当てるお遊びです。初代の頃には利き茶や回茶、茶歌舞伎などとも呼んでおりました。こちらでは闘茶と申します。

「わ、私は……お、お姉……あの、皇貴妃……」

 呉静雲ウー ジンユンの、同じ南方に住まう皇貴妃へ向けた声は、随分と哀れ気です。まるで止めてくれと言わんばかり。

 ふふふ。どうしたのでしょうね?


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