【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第56話

「それで魔力が幾らか抑えられていたのでしょう」

 更に言うならば殿方は命のやり取りをしたり、疲れている時ほど、夜に燃える方もおられます。陛下も今より当時は若いのですから、尚更だったかもしれませんね。

 もちろん口には出しません。まだ恥じらう若き新妻ですから。

「陛下の事です。狩りでは覇気を使いながら大きな熊と虎に対峙したでしょう。徹夜が続くなど、精神的な疲弊が大きくなると魔力量も目減りしていきますからね」

 苛々すると覇気やら威圧やら、無意識に放ちそうな性格……。

「何か失礼な事を考えておらぬか」
「なんの事やら?」

 本当の事しか考えておりませんでしたが、うっかり呆れた目を向けたのやもしれません。

 ニコリと微笑んで、ヨリヨリをモグモグします。

「しかし最優先すべきは、この後宮の地理的な環境を整える事ですよ。それに今やっても、陛下の下手っぴな魔力調整では、皇貴妃が覇気を当てた時のような変調をきたしかねませんから」
「下手っぴ……」
「なるほど。しかしこの宮だけならまだしも、他の宮まで環境を整えるとは、どうされるおつもりなのです?」

 下手っぴと指摘されて愕然とする陛下はどうでも良いのですが、丞相の口調は気に入りませんね。

「はて? 何故なにゆえ丞相は、さも私が担当するかのような口調でお話されるのでしょう? そもそもこの宮以外の主は、私ではありません。私は何もできませんし、契約にはそこまでする事、入っておりませんよ。あくまで動くのはこの後宮の責任者方。ね、陛下?」

 後宮全体の責任者は、陛下と皇貴妃です。それに私は、さっさと去るつもりしかないのです。自腹でこの場所を修繕するはずもありません。

 そもそもあの廃れた建物の半分は、基礎の部分からやり直さねば、修繕したところで建物部分が傾きかねない状況です。元が古い建物。なのに無人となり、雨ざらし状態が100年以上続いたようですからね。半分だけでも基礎が生きているだけで、寧ろ凄いというべきです。

 けれど私には、そんなの関係ありません。投資ならば額が大きくても許容できますが、無駄金となれば別。私からすれば長く住まうわけでもないのです。改修費用の他、撤去費用が高くつく不良物件など要りません。

 思わずムスッとして、本来の責任者に丸投げの姿勢をハッキリ誇示します。

 そんな私に、丞相は小さく苦笑い。

「ふぐっ。小娘、策はないのか」
「ガウニャ〜ゴ」

 あら、子猫が割って入りました。お腹が満たされて喉をゴロゴロ。私のお膝にピョンと乗って、丸くなりました。

 なんと可愛らしい! モグモグしながらヨシヨシしましょう!

 そこの殿方二人に加え、後ろの護衛も最初こそ驚いておりましたが、慣れたのか反応しなくなりました。

 護衛にも、やはり靄として見えているのでしょうか? 後で確認してみましょう。

「貴妃、私の言い方が悪かったのは謝ります。陛下に助言して下さいませんか?」

 しれっと陛下が私にした質問を丸っと無視してモグモグしていれば、丞相が先程の発言を謝罪しつつ、下手に出てきましたね。

「今は何とも。……ああ、それならば四夫人が揃ったのを記念して、陛下と皇貴妃とで沙龙サロンを催して下さい。小宴ではなく、あくまでも顔合わせと談話が目的の沙龙サロンです。出すのはお茶と茶菓子程度。大皿に盛り、最初陛下が必ず先に食べてから、適当に取り分けて下さい。毒を入れにくくなりますから」
「毒……」

 はぁ、と陛下がため息を吐きます。そうですね。後宮の女人は毒の混入が大好きなようですから。

「陛下と四夫人と三嬪。更に各人の筆頭女官を各一名は必ず。丞相が混ざるのなら、他の三公方にもお声かけ下さい。参加は自由でかまいません。けれど、それ以外の者への参加は許されませんように。元々、私には陛下と後宮の者以外、いなくても良いので。そうですね。内々の単なる顔合わせと、談話を目的に……来週以降、三数週間以内で日時を組んで下さい。そして陛下は必ず、皇貴妃以外の全ての貴妃と嬪に私を伴って声をかけ、できるだけ皇貴妃とは目を合わさぬようにされると上出来ですね」
「それは……」

 陛下が渋るのは予測済みです。愛妻家を前面に押し出してきた皇貴妃だけの夫で在り続けた方ですからね。私を迎えた事で不仲となったように見えるのは、避けたいはず。

 無表情な丞相は、陛下の出方を観察しているようですね。恐らく今が、陛下の小さな正念場です。本当に小さなものですよ、陛下。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?