【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第11話
『皇貴妃の年齢もございます。父として、娘の肩に帝国の未来がこれ以上、重くのしかかるのは……』
よりによって、愛する妻の父親が大尉の言に乗っかってしまった。しかも父親は立法を司る長、林傑明司空だ。
ついでに腹黒も乗っかった。何なら妻には泣き落としを食らった。
さすがの皇帝も政を動かす四つの柱である四公の内、大尉と司空と丞相に詰め寄られ、唯一無二の妻に泣かれたら……なあ。
ちなみに残りの柱、大将軍は後宮については無関心で、敵でも味方でもない。
俺はまず先に最愛の妻を王花と呼ばれる牡丹を象徴した宮の主にし、皇貴妃に定めた。これだけは譲らなかった。
その後で法律に則って妻と妾を後宮に住むのを許可した。当然、ただ住まわせているだけで、閨など断固拒否だ。
『故に不敬罪など適用できません。しかし適用されるならば……それはそれで楽しめそうですから、どうぞご随意に。お手討ちにされたいならそれもまた一興。それでは、沙汰を楽しみにお待ち申し上げております』
――ムカッ。
やっぱりあの小娘は、不敬罪で良いのではなかろうか。小娘の言葉に腹が立つ。
しかし帝国法があるのも確か。皇帝とはいえ、それに従う義務がある。
仮に小娘の言葉が全て虚言であっても、現実問題として、小娘は一人でそこの小屋に入って行った。それこそが問題なのだ。
責任者たる俺と妻の落ち度でしかない。
今思えば、小娘が入宮する前にこの廃宮を復活させ、改修させる指示を俺達は出していない。どうせ腹黒い親友が勝手にやるだろうと思いこんで放置していた。
いや、待てよ? ユーは……そういえば……何か言っていたな。あ、放っておくよう言ったの……俺だったか? ……マズイ。
それに小娘の言う通り話運びは、俺が尋ねた事にただ答えただけだ。
なのに俺は小娘に終始、覇気を当てていた。分が悪いのは、俺の方だ。まあそこらへんは何の証拠もないから、どうとでもなるんだが……小娘はピンピンしていたしな。
そう、ピンピンしていたのが不気味なのだ。
生活魔法以外にも魔力が高い者は魔力を放出したり、体に纏って他者へ圧迫感を与えられる。威圧や覇気と言う。
獣や魔力の低い平民は、程度によるが目を見ながら直接的に当てれば気絶させたりできる。威圧では難しいかもしれないが、覇気になれば簡単だ。
特に俺の魔力量は、初代皇帝並み多い。幾ら無礼だったとしても、たかが小娘に威圧を飛び越え、覇気をぶつけた。当然、気絶すると思ったのだ。
にも拘らず覇気を浴び、剣で首を切られて血を流しても、小娘は俺の目を見て平然と微笑み返した。
覇気が全く効かない。なのに魔力量は伯の出自に相応しい低さ。
魔力量が多いと、相手の目を見ただけで直感的に魔力量の程度がわかる。正直、小娘は平民よりも気持ち、多いくらい。
小娘の年齢にそぐわぬ余裕のある態度と、最後はこちらがはっとさせられる風格。
……嫌な予感しかしない。
明日には紛失の証拠書類を出すんだったか? わざとらしくそこを強調していたから、間違いない。
まずは丞相に問い質さねば。
ユーには後で知らせを出し、事前調査録や契約とやらの内容を精査するしかあるまい。そこで持参金や献金の額もわかるだろう。
あの小娘、初めから何かしらの問題が浮上する事を見越して動いている。書類は二部以上作成して、手元にも控えを残すくらいはしてるいんじゃなかろうか。
更に金が関わっていて、何かしらの問題が起きそうな物については、後々証拠とする為に俺がいつでも確認できる公の形で書類を提出しているはずだ。
どんなやり手娘なんだよ。
小娘は入宮したのが形だけにすぎない貴妃。とはいえ今夜は確かに初夜だ。ユーが不安にならない筈はないのに……クソ。
その上、夜中に廃宮の小屋の前で二人きり。俺の弁明よりも先にユーの耳に入ってみろ……ユーが傷つくと思うと、ゾッとする。
挙げ句、胸も未熟なつるんとした少女趣味なんてあらぬ噂がたったらどうしてくれようか。俺は成熟した女人が好き……いや、何を考えているんだ。
「継承順位が一番低い九番目の末皇子だったのにな」
ぼやきながら腹黒がいるだろう政務室へと引き返す。こんな風に精神的に疲れる夜は皇帝なんぞなるもんじゃないと、しみじみと感じてしまう。
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