【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第52話

「子猫というのはあの黒い靄の事ですか? あのように禍々しいもやが白虎だと?」
「モヤ?」

 モヤ……何の事でしょう?

「靄だ、小娘。そなたは靄を従えておるかのように、臓物を与えておったではないか。黒い靄は、妖の類と昔から相場は決まっておろう」

 モヤ……靄? そんな相場は初耳ですよ? もしやまともな姿に見えているのはこの場では私だけだったのでしょうか。

 ……ま、そんな事もありますよね。殿方達は、そちらにいる先人も見えてらっしゃいませんし。

 先人は今、七輪と瓢箪と鳥肉をじっと見つめてらっしゃいます。早く食べたいですよね。よし、食べましょう。

 確か丞相の差し入れの中に、炭がありました。陛下から鳥を狩って食べていた事を聞いたのでしょう。

「おい、突然調理し始めるな」
「陛下、火。育ち盛りですよ、私。お腹空きました。どうせすぐにはご飯はできません。お二人がすぐに帰るなら構いませんが、帰らないのでしょう。不機嫌になると喋りませんよ、私」
「チッ、貸せ。埃……どこから発掘してきたのだ」

 陛下は呆れたように言ってから、七輪の埃を綺麗にし、炭に火をつけ、風を起こして火を定着させました。全て魔法で、ですよ。持つべきものは、魔力使いたい放題の夫ですね。

 丞相はいそいそと荷の中から、お皿とお椀の入った籠を出します。先人が腰かける縁台の端におきました。

 皿の数が多いような? いたいけな少女から、お肉をたかるつもりでしょうか? 敵ですか?

「ついたぞ」
「これを使って下さい。明日は豚肉を差し入れます。私達にも焼いて下さい」
「ありがとうございます。わかりました。明日のお昼には、何が何でも持ってきて下さいね」
「ええ、そうしましょう」

 鳥は狩れますが、豚は歩いていませんからね。物々交換です。ニコリと微笑む麗人の提案。お受けしましょう。

 お礼を言って鳥肉を網に並べ、陶器の瓢箪に入った調味料を振りかけておきます。

「ゲンキン主義……」

 陛下はジトリと私を見る前に、丞相幼馴染を見習って欲しいものです。

「ガウニャ〜ゴ」

 おや、鳥の焼ける匂いに誘われましたか。子猫の登場です。

「どこが子猫だ?」
「やはり靄ですね」

 殿方達のヒソヒソ話は無視して、鳥の素焼きも作ります。骨の付いた鳥足のお肉も追加で焼きましょう。

「靄は水で流せるものか?」
「五行相生というやつです。流しましたよ?」
「五行相生で……水?」

 訝しむ陛下は、正しく理解していないようです。確かに金の相生を考えれば土となりますが。

「左様です」
「土の気では?」

 丞相もでしたか。

 五行相生とは万物を木、火、土、金、水に分けて循環しているという考えです。

 木は擦れて火になり、火は灰となって土にになり、土は鉱物である金を生み、金は変容する際に水を生じさせ、水は木を育みます。この知識はあるようですね。

 あら、屈んで七輪のお肉をひっくり返していれば、子猫が背中にスリスリしてきました。可愛らしいですが、火を使っています。危ないですよ?

「懐いているのではないか?」
「流石ですね。妖を手懐けましたか」

 ヒソヒソ話は聞かなかった事にしましょう。

「金の凶を和らげるならば、水を使うことで可能になります。次の事象を生み出せば、生み出した側は疲弊する、という考えです。女性が出産して疲弊するのと同じです。その上で、良質な金の延べ棒を使って金気を補充しました」

 金の延べ棒に魔力を通しながら、子猫を魔力で覆って水でじゃぶじゃぶしましたからね。

「なるほど。凶をそのように抑える事もあるのか。そこで五行相剋の考えを使わなかったのは?」
「五行相剋によって金を攻撃し、暴力的に消滅させる方法なら、もちろん火を使います。ですが……」
「ウガウガウッ」

 おや、抗議の鳴き声と共に、背中のスリスリ速度が上がりました。子猫は忖度できる子ですね。

「そのような事は致しませんよ。子猫を燃やす訳には、まいりません」
「ガウッ」

 そうだと言いたげにひと声鳴いて、またゆっくりスリスリですね。可愛い子猫です。翼生えてますが。

 五行相剋とは片方の事象にとっては最も相性が悪く、直接的、かつ一方的に攻撃される関係といったところでしょうか。

 木は金でできた刃物で切り倒され、金は火で溶かされ、火は水で消され、水は土に濁されて吸収され、土は木に根を張られて養分を吸い取られる。これが相剋の菅家です。

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