【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第35話

「ガウニャ〜ゴ」

 子猫の気が済んだのか、私の腰にスリスリ顔を擦りつけにいらっしゃいました。可愛いですが、大きくなった分、力が増し増しです。足腰鍛えていてようございました。

 それにしても下女が子猫の鳴き声に反応しないくらい、私にうっとりとした視線を投げております。突如甘えん坊が発動した子猫といい、どうし……はっ、もしや。

 慌てて腰の帯に差しこんでいた手鏡を取り出し、顔を確認。

 ふむ、特に化粧は落ちておりませんね。驚かせないで欲しいものです。

「それでは、その者を連れてお帰りなさいな」

 手鏡を仕舞いながら、いつの間にか気絶していた破落戸を視線で示してから踵を返します。子猫もついてくるようです。真横に侍ります。

「へっ、あ、あの、お待ちを! 文をお受け取り下さいまし! 明日は……」

 文をはそのまま落としてあったのに気づいたようです。しかし、いい加減しつこいですよ。

「無礼が過ぎる。身の程を弁えよ」

 今度こそ、瞳に魔力を纏わせて圧を与えつつ、冷たく言い捨てます。

「言葉そのまま、妾に伝えなさい」
「あ……」

 下女は震え上がり、二の句が告げられずに黙りこみました。

 何か事が起こりそうなので、丞相と皇貴妃に伝えた上で……そうですね。梅花メイファ宮の主、凜汐リンシー貴妃にも抗議しておきましょう。

 不満だらけではありますが、契約は契約。餌の役割はしっかり担って差し上げねばなりません。

「さてさて、まいりましょうか」

 ここでの戦利品は、お酒と七輪と……。

「ガウニャ〜ゴ」
「ひぃ~」

 子猫の鳴き声に、やっと気づきましたか。下女は悲鳴を上げて身を伏せます。顔を軽く上げて視線はキョロキョロと見回しているので、やはり見えてはいないのでしょう。

 七輪と瓢箪瓶を持って、その場をあとにします。

「一人にしないで下さいまし〜」

 もちろん下女の声は無視。そもそも気絶しているとはいえお仲間がいますからね。

 そのまま一階に降り、軽く中と外を探索。埃の被った棚にお猪口を見つけたので、それも七輪の中に入れて運びます。お猪口にも玄武の絵が描かれておりました。

「意外にお宝はあるものですね」

 足取り軽く、鼻歌を歌いながら一旦、小屋へと戻ります。

「荷物を置いてまいりますね。外で待っていて下さい」
「ガウッ」

 子猫は良いお返事です。もう酔いは冷めたよう。随分と大きくなりましたが、可愛いです。

「戻りました」

 薄暗い小屋の奥に向かって声をかけます。

 無造作に置かれていた縁台に腰かけ、奥をじっと見つめていた先人が、こちらへ向き直りました。昼間でも薄暗い小屋です。表情まではわかりません。

「ああ、この七輪と瓢箪ですか? 飲めそうなので持ってきてしまいました。鳥を獲って来ますから、それをさかなに晩酌なんていかがです? 辛味調味料も見つけましたよ」

 先人の視線が私の手元に集中している事に気づいて、そう声をかけます。特に返答を待たずにもう一度外へ出れば、子猫は大人しく待っておりました。

 懐かれましたね。窮奇は不徳者を好むらしいのですが……。

 もしや私、不徳者認定されましたか!? これでも信のおける者には、誠実に接していると自負しているのですが?!

「お待たせしました」
「ガウッ」

 しかし胸中を表へ出さずに声をかければ、良いお返事。

「そうそう、少し試したい事がありました
「ウガウ?」

 厳つい虎顔も、こうやって首を傾げていると可愛らしい。ですが個人的には、やはり愛らしい子猫な外見が好みです。

 懐から金の延べ棒を取り出せば、子猫はビクッと体を震わせます。

 翼の傷は癒えたようですが、私が投げつけられたせいで負った心の傷は、まだ完治していない模様。ちょっぴり罪悪感を抱きそうです。

 金の延べ棒にゆっくりと魔力を纏わせれば、プルプル震え始めた子猫の腰が引け、後ずさり。

 あら、子猫が尻餅をついてしまいました。


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