【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第47話

「全く謀りなぞしておらん。勝手に盗み見して、勝手に疑心暗鬼になられてもな」

 陛下はああ、と納得。からの呆れ顔です。

 寧ろ無賃観客に、気の毒な何かを見るような目を向るとは、これ、如何に?

 丞相に至っては、真顔で体を揺らしてますよ? 尋問中でなければ絶対、笑っていますよね? 真顔でないと、寧ろ笑いに堪えられないんのすよね? 一言も言葉を発せられなくなるくらいの事ですか? そうですか。

 私の笛の音が素直にさせる効果云々は、あながち間違いではありません。けれど素直になり過ぎていませんか? 何やら納得できない不穏な感情が生じそうです。

「それで、お前はどこの間者だ?」
「素直に言うはずがない」

 あら、そこは素直ではありませんね。

「そうか」

 そう言った陛下の目配せに丞相は軽く頷くと、男の腕を縛る縄のあたりを押さえたまま、顔の下半分を覆っていた布を引き下げます。

 タイミング良く陛下が覇気を当てました。

「っぐ」

 あら。苦しそうに呻いた男には、右の首から頬にかけて火傷の痕が。火傷していない側は額から眉にかけて、獣の三本爪で裂かれたような痕。

 傷痕だらけですが、肌が褐色ですか……ほうほう?

「言え」
「……っ」
「ならばお前の身元を明らかにして、一族郎党を罪に問うしかあるまい」
「そんな、事……」
「皇帝にできぬと思うか。どのみちお前が死ぬ事は、決定している」
「俺に家族はいない……残念、だったな……」
「おっと」
「っぐ」

 何者かが、何かを噛み締めようとしたのを察知した丞相。両頬を片手で掴み、阻止します。

 握力が強いのですね。頬に指先がめりこんで痛そうです。

「何です。歯に毒でも仕込んでいましたか? もし貴方が自害するならば、貴妃の宮に忍びこんだ不届き者として晒します。首に墨を入れていない者が単身で後宮に立ち入り、貴妃の宮に忍びこんだのです。随分前から貴妃を観察していたようなので、私達が何者か知っていますね。証言は私達がします。それくらいの罪には問えますよ。貴方の仲間や家族が、それで仇討ちをするならそれも構いません。こちらとしては、何かしらの尻尾もつかめて何者かの手駒も幾らか減らせますから」

 丞相の言葉に、何者かがギッと睨みつけたのを見て、頬を掴む手を離します。目には生気が宿っているようなので、自害は思い止まったようですね。

「はっ……そこの、小娘が危険、に……」
「ほう、つまり仲間か……家族……恋人……は、いるのか」

 陛下は覇気をぶつけ、途切れがちに話す男の顔色を窺いつつ、言葉を区切り探りを入れます。

「なるほど、家族か。東亜の民に多い肌の色にその顔だ。晒せば家族は、お前が何者かすぐに気づくな」

 何者かの、覇気に当てられながらも、しっかりと睨みつける様は……ですね。

 チラリと横目に先人を見やり、こちらはもう大丈夫だと確信して笛から口を離します。

眇眇びょうびょうたる雪』

 かつて滅びたとされる、東亜のある部族の言葉で何者かに話しかけます。

 遠くの雪、という意味です。この言葉を話せる者も、今ではほんの一握りだけとなりました。

『何故……その言葉を……』

 何者かは半ば呆然と、恐らく無意識に同じ言葉を口にします。

「何を話した、小娘」

 怪訝そうな陛下には返事をせず、すっと目を細めた丞相にも気づかないふりです。

 男の正面に進み、しゃがんで微笑みかけます。

『初めまして、ジャオの咫尺しせきたる雪。早速ですが、私につきませんか? 身の安全は保証します。まともにお給金も支払いますよ』

 まさかこのような所で探し人に会うとは。ちょうど良いので、かつてジャオと呼ばれていた部族出身の彼を、近くの雪と呼んで勧誘です。

『……無理、だ。そなたが何者かわからぬが隷属の誓約、が、あ……っぐ、ぐぅあっ』

 これまでの砕けた話し方とは違い、言葉遣いが違う。そう思った矢先、突如苦しみ始めました。

「何が起こった?!」

 何者かは、体を折り曲げて苦悶の表情を浮かべ、縛られた腕を縄を引き千切らんばかりに暴れ始めました。丞相も押さえ続けるのは難しそうですね。

「丞相、そのまま体を押さえておいて下さいね。ふん!」

 丞相によって、後ろから引っ張られた馬のようになった何者かの顎先に、狙いを定めて気合い一発。掌底をお見舞いします。

「ぐっ……」

 するとどうでしょう。くぐもった声を出して大人しくなってくれました。私、良い働きをしましたね。

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