【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第61話〜小雪side

「門がやけに古めかしいな、右鬼ヨーグイ
「古めかしい? コレ、そんな程度か? 木が朽ちかけているぞ、左鬼ズォグイ

 一番後ろにいる背の高い双子が、首を傾げ合う。同じ顔をしていて、濡烏色の前髪をそれぞれ左右対称に分けている。

 双子と私は初めて会ってから、早十年が経つ。そこそこ良い年だ。なのに双子の体躯は、当時から遜色なく鍛えられたのが見て取れるし、顔も大して老けていない。

「やれやれ。道を間違えたのかのう、雛々チュチュよ」

 先頭でそうぼやくのは、中肉中背で少しばかり背の丸くなった白髪の老人。老人はため息を吐いて隣を見やる。

「そんな事ないよ! コン爺だって、私の記憶力知ってるでしょ! 感じ悪いオバサンが言った通りにきたもん!」

 老人――コン爺の隣でむくれるのは、薄茶色の髪の雀斑そばかす少女だ。目の前の門にポンと手をつく。

――ギイ。

 軽く触れただけで門が開いた。開いた先に広がる光景に、色の濃淡はあれど、全員の茶色系統の瞳が交錯し合う。

「「「「「…………」」」」」

 皆が無言になるも、心の声が聞こえた気がした。

 ……廃墟か、ここ?

 寂れた、などというものではない。朽ちかけた、との表現が正しく感じる建物の数々だ。

 知らず全員の眉根が寄っている。

「これは……やはり雛々チュチュが……」

 前髪の分け目を右寄りにした右鬼ヨーグイが、誰にともなくボソリと呟いた。

 しかしふと、遠くに煙が見えた。微かに肉の焼ける香りが……。

「あ、あっちから煙が出てるよ! 行こう!」
「これこれ……行ってしまいおった」

 チュチュはコン爺が止めようとするも、走って行ってしまった。

 落ち着きのある行動をさせなければ、お嬢様に迷惑が……そこまで考えたものの、すぐに心中で頭を振る。

 お嬢様が落ち着いた女官として過ごせと命じれば、あの子はそれをだろう。

「俺達も行こう」

 前髪の分け目を左寄りにした左鬼ズォグイの一声で、私達もそちらへと歩き始める。

 もし咎められたとて、その時は私とチュチュに説明した者のせいにでもすれば良い。

 服装だけは女官らしく装った女だった。男達が紋をつける間、端折り気味に早口で説明したが、絶えず侮蔑の眼差しを向けてきた。

 女の顔だけでなく、所作も覚えている。探す事はできるだろう。

 私の肌も、兄様あにさま程でないが少し濃い。それに私もチュチュも髪色が薄い茶色だ。

 身に纏う色が濃い程、魔力が多いとされている。それを鼻にかける高位貴族は、まず髪色や瞳の色で己の態度を決める者が多い。

 肌の色は魔力と関係なく、むしろ貴族は白い肌を好む。

 生家の家格だけでなく、恐らくはお嬢様の纏う色でも、この者は判断しているはず。そう思うと殺意が湧いたのは秘密だ。

 しかし、それで良い。

 のお嬢様は天女のような美しく艶めいた相貌をされている。その上、年々その艶は磨きがかってきている。あの髪と瞳の色が、更に際立たせてしまう輝石のような方なのだ。

 下手に注目などされてみろ。いくら後宮の男に誓約紋を使っていたとしても、お嬢様が意図せず魅了しかねない。

 チラリと男達の首を見る。

 雑……その一言につきる。

 あの日の生き残りは、生きていると信じる兄様と私だけのはず。けれどに紋を刻めるのは、きっと私でも兄様でもなく……。

「お嬢様、おいひい……ムシャムシャ」

 角を曲がった所で、何かを咀嚼しながら話すチュチュの声が聞こえてきた。

「ふふふ、この味を覚えてコン爺と味の追求ができますか?」
「ムグムグ……もちろん!」
「それは良うございました」

 この穏やかで、可愛らしいお声! やはりお嬢様は、ここに!?

「はて、本当にこのような廃墟におられたか。美味そうな匂いじゃ。嬢! 爺にも食わしてくれい!」
「「ずるいぞ、俺もだ!」」

 男達が我先にと歩を速め、私もそれに続く。

「皆、早速来てくれましたか。随分と早かったですね。さあさ、後宮で怠惰に育って、丸々太った鳥焼きですよ。王都に留まっていたとはいえ、疲れたでしょう。すぐに仮雇いした者が器を……」
「頂きじゃ!」
「「ずるいぞ、爺! 俺もくれ」」

 お嬢様が労う中、炭で香ばしく焼いた鳥を待てずに手を伸ばした爺。負けじと双子も網の上の鳥から手に取り、すぐさま口にする。

「「美味いな!」」

 双子達は口々にそう連呼し、爺は口に入れて味を確かめるように噛みしめる。もちろん満面の笑みだ。

小雪シャオシュエも、そのままいきますか? 熱いでしょうから……」
「平気です」

 お嬢様は苦笑しながら提案してくれるが、即座に反応して一口頬張る。

 これは……お嬢様が何故、味の追求を求めたかわかる。程良く五味を刺激する旨さだ。

小雪シャオシュエ?」

 不意に背後から、聞いた事のない低い男の声がした。警戒し、お嬢様を背に庇うようにして振り返れば……。

「……兄、様?」

 懐かしい褐色の肌。三本爪と右頬に火傷痕のある……。

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