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「例の映画」って、つまりは……

 未鑑賞なので内容に関する批評は出来ません。悪しからず。
 あと鹿児島の劇場では上映中止になったという報道もありましたが、製作側にとってはむしろ宣伝になってクレームや抗議した側の意図とは真逆になるだけでしょう。何より「表現の自由」ってのはそういうものですから。

 しかし例の事件を題材にして映画作ります、と聴いた時は
「まだ国葬も終わってないのに、ようやるわ……」
 という呆れと感心が入り混じった変な心境に。とはいえ監督・足立正生氏のプロフを見たらゴリゴリの左翼どころか元連合赤軍所属、おまけに現在83歳という経歴からして、話を聞いて作らずにはいられなかった、とお見受けします。そのバイタリティには恐れ入りますね。

 で、国葬に合わせて緊急上映したそうですが、そこで驚いた件が。

7月8日の事件直後に企画し、3日で脚本を書き8月末から8日間、撮影。その映像を編集した約50分の緊急特別版を、国葬に併せて1日限りの緊急上映に踏み切った。

上記記事より

 どうでしょう、この早撮りっぷり。とある思想に傾倒する監督御本人の強い思いがこの映画を作らせた……のも当然あるでしょうが、国葬に合わせて完成版でなしに「緊急特別版」と銘打って急ごしらえするあたりに
「エクスプロイテーション映画」
という単語が浮かんでしまうのですね。

 「低俗呼ばわりか!」と怒る方もいるでしょうが、話題の熱量が冷めないうちにまず公開し、後から完成版を上映するあたりに物凄くしたたかさを感じます。そもそも「エクスプロイテーション映画」は「(世間の流行を)利用して搾取する」という意味合いもあるわけで。そもそも「あの事件」が無ければ足立監督らもこの映画を作ることはなかったのですから。

 足立監督は「英雄視はしないという前提で描いている。山上は苦しんだ青年である。これに尽きる。なぜ決起せざるを得なかったのか。愛という問題。一緒に生きる人間がいれば、決起せずに済んだ」と、銃撃事件を称賛する意図を否定する。

上記記事より

 その意図は分かりますけど、だとするとなぜこのタイミングで「緊急特別版」を作る必要が? ってなるんですよね。本当に怒りだけなのか、これぞエクスプロイテーションじゃないか、と思えるのです。

 でも、それでいいと思います。それも映画の「作り方」と「売り方」の一つです。事件が起きた月の間に3日で脚本書いて、翌月から8日間で撮影。そして話題の熱が冷めないうちに不完全版ながらも封切る。それを実現出来てしまう熱量が凄い。国葬直前の上映イベントが満員御礼になるあたり、十分話題は集められたといっていいでしょう。
 とはいうものの、完全版が公開されるという今年の末にはまだ別の話題が世間を賑わせている可能性も。だからこそ「今」上映する必要があったわけです。だからこそ改めて書きたい。本当に「あえて」なのかなぁ、と。
 
 映画の出来・不出来に関係なく、これは「社会派エクスプロイテーション映画」でしょう。しかしエクスプロイテーションだからといって低く見てはいけません。ウィキペディアには「低俗な作品群」とありますが、センセーショナルな時事問題といってもジャンルは多岐に渡るわけです。その中に、上手く世の中を切り取った逸品がひょいと出てくる可能性も……

 なので本作を本当に批評したかったら「完成版」を待った方が良いと思います。これ以上は語れません。観るかどうかは別として。

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