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燃えるたまごやき

学校給食があるにもかかわらず、毎日家でお昼を食べる”子”のご飯を用意していたあの頃。

給食費を止めて金銭的なモヤモヤが無くなり、スッキリするかと思ったのはほんの一瞬のことで、給食費を止めた後も平日に子のお昼ご飯を用意するたび、ワタシはいつも何とも言えないモヤモヤした気持ちになっていた。

手の込んだものは作っていないし、手間だってほとんどかかっていない。それに幼稚園や学校へ行く前には当たり前に作っていたお昼ご飯。

にもかかわらず、あの頃のワタシにとって、子のお昼ご飯を作る時間は1日のうちでもかなり鬱々とする時間のひとつだった。


100%こっちの勝手な言い分で、子からすればそれどころの話ではないし知ったこっちゃないことなんだろうけど「学校へ行けば給食があるのに」と思わずにはいられなかったし、そう思えば思うほどお昼ご飯を作る時のモヤモヤはどんどんと膨らみ続けていった。

その気持ちの核心部分には「どうして学校へ行かないんだ」というやり場のない「怒り」や「不安」や「焦り」があったんだろう。あの頃は表に出てくる感情として「モヤモヤ」しか感じ取れなかったけど。



ある日「自分で食べたいものを作れると、食べたいときに食べたいものを食べられるようになるよ」と、そそのかして料理を教えることにした。

まあそんな理由は表向きのもので、「家で1日中顔を突き合わせているので、持て余している時間が長すぎてしんどい」のと「料理ができるようになったら、お昼ご飯は曜日ごとの当番制にしてやろう」と企んでいたのが本当のところ。

ご飯を炊くのは前からクリアしていたので、チャーハンや野菜炒めなどからスタートして、後は子のリクエストに応えてレパートリーを増やしていった。

そんな中、子は味付けが抜群にうまいことが判明する。

自分が作るより美味しい子が作ったご飯を食べるたび、ワタシは本気でご飯作りからの引退を考え、家族に提案し続けた。

しかし「そろそろご飯作りからの引退を…」と提案するたび、ありがたいことに(?)激しい引き留めを毎回受けるので、残念なことにまだ引退できていない。

引き留めてくれんでもええんやで?



そんな日々を過ごしていたある日、事件が起きた。

子が「今日は卵焼きを作る」と言ったあの日の事は一生忘れないだろう。


卵焼きといえば、ワタシが作る我が家の卵焼きは砂糖たっぷりのあまーい卵焼きだ。

どれくらい甘いかというと、子がまだまだ小さかった頃、卵焼きが大好物だと知ったワタシの母(おばば)が「子ちゃん、お昼に卵焼き作ったるわな」と子に甘い卵焼きを作ってくれた時

「甘くない!こんなん違う!卵焼き違う!」

とぎゃんぎゃん泣きながらダメだしをしまくり

「これ以上甘くしたら焦げるわ!これが甘い卵焼きやの!」

と、おばばがガチギレしたという逸話を持つくらいの甘さである。

ちなみに余談だが、家人が作る卵焼きはダシ巻きで、刻み葱が乗っているこじゃれた卵焼きだ。ワタシの作る重量感たっぷり食べ応え抜群のハイカロリー卵焼きとは大違いである。


と話を戻して。

卵焼きはそれまでにも何度も作ったことがあるので、袖が燃えるのを気にする以外は特に何も気にせずに、子がぎこちない動きでクルクルと卵を巻いていくのを眺めているふりをしていた。

お砂糖たっぷり入りの卵を焼いていたけど、焦がすことも無く順調に卵焼きはどんどんと大きく育っていっていく。

そして最後のひと巻きを巻き終わり、卵焼き用フライパンの端っこを使いながら、たまごの端っこをくっつける一番最後の焼き作業をしていた時、事件は起こったらしい。


「あぁーーーー」

驚きの中に悲しみを含んだ子の声が聞こえてきた。

何事かと思い子を見ると、上に持ち上げた右手にはフライ返し、コンロのやや上方にある左手にはフライパンを持ち、口を丸くあけたその姿はまるで埴輪のようだった。

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「はおっ」

そんな挨拶がどこからともなく聞こえてきそうな。そんな子に、半笑いになるのを必死に抑えながら「どないしたん?」と頑張って声をかけると

「たまごぉ」

とさっきよりも小さいながらも悲しみの色の濃い声を出しながら、目をワタシとコンロの間を何往復もさせていた。これは「コンロを見ろ」ということだろう。


コンロに目を向けたワタシが見たものは、五徳に微妙な角度で引っかかった卵焼きを、コンロの炎が容赦なく焼いている姿。

題名を付けるなら「炎の卵焼き」と呼ぶにふさわしい作品だった。

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燃えているぜ!(いろんな意味で)


炎を身に纏った卵焼きをながめているとなんだか楽しくてニヤニヤしてくる。そしてそんなワタシとは対照的な、悲しみにと驚きの入り混じった表情の子が視界に入ると、ますます面白くなってきて笑いが止まらない。

「卵焼きは直火で焼かんでもええんやで(笑)」

コンロの火を止め、炙られていた卵焼きを救出すると子も落ち着きを取り戻し、笑顔でフライパンを持ちながら事件の再現をしはじめた。


「こうやってたらな、卵焼きがな、コロッて転がっていってん」


そりゃそうだろう。
キミのその手を見ればそうなるのは当然だとよくわかる。

90度超えてますよね?それ。

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傾けすぎにもほどがある。


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そんなこんなで、毎日のお昼ご飯の準備の時間はモヤモヤする時間から一緒にワイワイする時間へと変わっていった。

それだけでなく、買い物へ行ったときも「これどうやって食べるん?」や「そろそろピーマン無くなるで」なんていう会話もするようになり、一緒に行く買い物も前よりうんと楽しい時間になった。

子が料理するのを見てなのかどうかはわからないけど、在宅勤務の日や休みの日の家人も台所に立つようになり、凝り性の家人は、クックパッドプレミアムにまで入会していた。どれだけ本気を見せつける気なんだ…


それぞれが色々なものを作るので、夕飯で使う予定だった食材をお昼ご飯で使われてしまい、あるものでそれっぽい創作料理を作らざるを得ないことも多くなったけど、以前よりもご飯を作る楽しみは増えたような気がする。



ただひとつ不満があるとすれば、まだ「お昼ご飯が曜日ごとの当番制」になっていないこと。


一刻も早い制度導入を目指さなくては…


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