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One's own Wonder Rail #2

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「僕の名は…………シグナル。シグナル・ノース。
君をここから、脱出させるために来た者だ」

「脱……出……?」

「そうだ。……君に、この世界の美しさを教えよう。
脱出したら……そうだな、夕陽でも見に行こうか。
綺麗だよ、ここの夕陽は」

 翌朝。
 任務の対象となる子供を見つけ、会話をし、目的を告げたシグナルは業務の説明を受けるため、実験ルームに来た。

「えー、ここが実験ルームです。
ここが当施設の要であり、メインの実験を行ってる部屋になります」

 中は1人ずつ子供たちを収容するための小部屋と、各部屋を監視する
モニタールーム。そして治療室とで構成されている。

「……この部屋にも、厳重な魔法がしかけられているのでしょうか?」

 シグナルが聞く。

「おや!昨日何やら目立っていたシグナルさん。
ええ、実験ルーム内にもかなりの数の魔法・魔術がかけられていますよ」

 どうやらほとんどの職員にシグナルの名は通っているらしい。

「ここでは被験者の能力開発、調査、診断、強化……と
様々なことを行いますからね。被験者たちが逃げ出さないようにするのは
勿論、部屋そのものが強固である必要もあるものでね」

 なるほど。扉そのものに、というよりは実験ルーム全体に仕掛けられているようだ。
 ここまでは概ね予定通り、と考えていた時、ふと視線を感じる。

「……………………」

 白髪に碧い目をした少年だった。
昨日出会った対象……A-013は普通の子供とたいして変わらない印象だったが、こちらの少年は見た目から異彩を放っていた。

「……失礼。彼は?」
「あぁ、彼はA-004。生存する被験者の中では最も古株で、未だに能力が発現し続けている。今現在この研究所から排出できる生物兵器としては、
もっとも強いと言える被験者だね」
「……どうしてすでにこの部屋にいるのですか?ほかの被験者はまだ自室から出てもいないのに」
「A-004はね、その力が強すぎるが故にこの実験ルーム内で生活をしているんだよ。バイタルチェックもすぐに行えるし、万が一のことがあってもすぐに制止できるからね」
「…………万が一、というのは?」

 察しはつくが、聞いておく。職員は一目シグナルにやったあと、
A-004を見ながら答えた。

「……被験者の自殺だよ。度重なる実験に耐え切れず、自らその命を
絶ってしまうんだ。また、我々を攻撃してくるパターンもある。
最初の被験者はそうだったね。
なんとか攻撃をやめさせたが、その直後に……ね。
だから、特に危険な被験者はここで生活をさせているんだ」

 ぐっと奥歯を噛みしめる。こんな施設、無くなってしまえばいい。
本心でそう思いながら、職員の説明の続きを聞く。

「では……被験者の説明をしていこうか。
A-004に関しては、魔術に極めて特化している、と言っておこう。
日々新たな魔術を使用できるようになっている。素晴らしい進化だよ。
被験者は"1人"を除いた全員に身体強化がされていることは皆も知っているだろうが、A-004の強化は桁違いだ。
ほとんどの国で使用されている銃の弾丸では、薄皮がめくれる程度で
血すら出ない。隣国、カミナグリの国王代理、那須様が訪れた際、那須様の掌底を3度食らったが、骨折一つしなかった。仮に折れたとしても、再生能力がある。骨折なら5分ほどで治るだろう。まぁ未だ骨折したことがないから、予測でしかないがね」

 ……正直驚いた。一見病弱そうに見えるが、この施設内で一番強いのだろう。カミナグリの那須…那須 光鷹みつたかというのはおそらく、
その拳一つで何万という荒くれ者を従え、知識を与え、カミナグリの礎を築いたという那須 光龍みつるの息子だろう。
光龍の繰り出す掌底は大地を砕き、衝撃で数千羽の鳥が落ちてくるという男だった。そんな常識破れの男の息子だ。弱い、ということはないだろう。
受け継がれた伝説の掌底を3度も食らって骨すら折れないだと……

「シグナルくんがいかに魔術が得意と言えど、彼には適わないだろうね」

 ……心の声を聞かれていたかのようなタイミングで、職員のツッコミが入る。おそらくA-004と対峙しても、倒しきることは不可能だろう。
最も俺はそんなことをしに来たわけではないが……

「彼のことはよくわかりました、他の子を教えてください」

 シグナルに促され、職員は他の被験者たちの説明をし始めた。
現在この施設には6人の被験者がいる。

1人目は先のA-004。
2人目のA-007は体内で大電圧を生み出し、高速で動く雷人間。
3人目のA-008は再生能力に長けた不死身の少年。
4人目のA-011は体の表面を金属で覆い、武器として使える鋼の少女。
5人目のA-012は動物に体を変え、特性を利用できる。

 そして6人目が……A-013、任務対象の少年だ。

「A-013の能力というのは?」
「A-013はね、肉体を液体に変化できるんだ。確認できているのは水だけだが、おそらく液体なら何でもなれるのではないかと予想している。
強酸性である塩酸や、強アルカリ性の水酸化ナトリウム。
また、金属なんかになれる可能性もあると私は信じているよ。
例えば……水銀なんかにね」

 肉体を液体に変える能力……データにない部分が補完できたな。
本人から聞いていた、他人を眠らせることができる、という部分が
腑に落ちないが、まぁ何か小細工しているんだろう。

 シグナルは安堵する。それに好都合な能力だ。いっそ瓶にでも入ってもらい、シグナルが直接外に持ち出してもいい。プランは多少変えても問題はい、との連絡も受けている。
 任務成功のビジョンが浮かんできた。

「えー以上で被験者の説明は終了です。
被験者たちの実験は余程のことがない限り毎日行っています。
なのでこのまま本日分の実験を行いたかったのですが……」

 職員が申し訳なさそうに続ける。

「本日は月に一度の休験日です。
明日からまた再開しますので、本日は各自、担当となる被験者と
コミュニケーションを取ってください。大事なことですからね」

……これも想定通りだ。辛い実験を見なくて済む…子供達には申し訳ないが。

「シグナルさん。貴方はA-013の担当です。仲良くしてあげてくださいね」
「わかりました。挨拶してきます」

「……ってことで、挨拶しに来たが」
「………………」
「A-013ってのは、呼んでて気持ちのいいもんじゃない」
「! ……で?」
「だから、君に名前をつけようと思う」

 驚いた顔をしているA-013。無理はない。

「といってもすぐに思いつくわけじゃないから……少し話そう。
名前のヒントが欲しい。部屋に入っても?」
「…………いいよ」

 A-013の部屋が開く。外から丸見えでプライバシーのない部屋には
おもちゃも、本の一冊もなかった。

「魔法で隠してるだけかと思ったけど、何もないんだな」
「興味ないんだ。何も……でも、」

 A-013がシグナルに向かって言う。

「お兄さんは、なんか特別だ。僕の『ねむらせ』も効かないし。
すごく、不思議」
「…………その、『ねむらせ』だが。
君は自身を液体に変化させ、相手の体に侵入して、何か悪いことを
やってるんだろう?気道をふさいでゆっくり気絶させる……とかな」

 部屋に来る途中でまとめた考察を、ざっくりとだが伝える。
するとA-013はまた驚いた。トリックを見破られたのは初めてらしい。

「……正解。どうしてわかったの?」
「体を変化させるやつなら何人か知ってる。そいつらの手口に似ていたからな」
「……なぁんだ。じゃあみんな同じことしてるんだね。つまんないの」

 口を尖らせて言う。
『ねむらせ』が自分だけのアイデンティティでないことが悔しかったようだ。

「同じではないがな……1つ聞いておくが……『ねむらせ』で人を殺したことは?」
「えっ!? ないないないない! それは絶対してないよ!
……誰か殺したりなんかしたら、その時は……」

 目を泳がせ、肩を少し震わせて。
彼は怯え切っていた。どうなるか見て知っているようだ。
ここでの被験者による他者の殺害は重罪だ。

「もういい。わかった、大丈夫だ。念のため聞いておいただけだよ」

 A-013の肩に手を置いてノースが言う。
ノースの、少しだけ微笑んだ表情に心が落ち着いた。

 そうやって軽く話していると、施設内に放送が入った。

「シグナル・ノース! シグナル・ノース!
至急、エントランスへお越し下さい。お荷物が届いております」

「……荷物?はて、何か頼んだかな」
「行っちゃうの?」
「まぁ行かないわけにはいかないだろう。
荷物を受け取ったら、君の名前を考えておくよ。
次会う時はその名前で呼ぶからな。ちゃんと返事しろよ?」

 ニヤリ、と笑いながら部屋を出ていくノース。
A-013はその背中に対して小さく手を振った。

「遅れてすみません、ノースです! シグナル・ノースですが……係員さん?」

 エントランスに着いたが、誰もいなかった。
手の込んだいたずらか?と少し不機嫌そうに帰ろうとした時だった。

「おい! どこ行っちまうんだよ! シグナル!」

 驚いて振り向く。誰かがいた事ではなく。
そこにいた人物に、その声の主に驚いた。

「ビースト!? 一体、何故ここに? それにその箱は……」
「あぁ、魔術リングが壊れてると言ってたろう?
万が一があっちゃあご免だからな。
ビルドに作り直させて、ペンタゴンに魔術をかけ直してもらってきた」

 ノースへの荷物というのは、大量のリングだった。
どうやら知らせを聞いてすぐに準備してくれたようだ。

「何もそこまで……でも、ありがとう。
ビルドにペンタゴンまで巻き込んでしまって……
次は一体何を買えば良いんだ?」
「ペンタゴンにはまた枕でいいんじゃないか?アイツは万年不眠症だからな。
ビルドには……プロテインでいいだろう」

 他愛のない話をする。すると、我慢していたのか涙が溢れそうになった。

「本当に……本当にありがとう、ビースト。俺……とても不安で……だから……」
「おい、何泣いてんだよ!」

 エントランスに音が響いた。骨と骨がぶつかった、鈍い音。
ビースト自慢のデコピンが、シグナルの額を薄い赤色に染めた。

「いったぁ……でも久しぶりだなこれ……」
「喜んでんじゃねぇ! ドMかよ! まったく……」

 やれやれ、と言った顔でビーストは続ける。

「不安な気持ちはわかる。だが、お前も"俺達"の1人なんだ。
今まで何百、何千と任務をこなして来ただろう。
自信を持て! お前は強い。大丈夫だ」

 また泣きそうになったが、二度目はダブルが飛んでくるのでグッと堪えた。

「……それと、俺もこの"時空"にしばし滞在することにした。
といっても残り……14時間程度だがな」
「! 手伝ってくれるのか?」
「手伝う、って程じゃねぇ。だが、この入り口に大穴ぐらいは開けてやる。
職員達の陽動もな。どうだ? 安心したろう、うん?」

 拳に力が入る。失敗は許されない。
ここまでお膳立てされたのなら尚更だ。

「……あぁ、安心したよ。ビースト。
決行は翌朝だ。……よろしく頼む。」
「ん?あぁ、任せとけよ。俺はそれまで、施設内にいる全員のリングをすり替えておく」
「全員の!? そんなことビーストにできるのかい? あんなに粗暴なのに!」

 再度、エントランスに音が響く。二度目は強烈だった。意識が飛びそうになる。

「あ……が……はっ」
「粗暴とは何だ! まぁ間違ってはいねぇがよ。
だが誰にも気づかれねぇ自信はあるぜ。現にほら、どうだ?変わったことに気付きもしないだろ」

 そう言われ、自分のリングを見る。
一見すると何の変化もないが、魔術の流れから別物だと分かる。

「! ……本当だ。いつの間に?」
「それは言わねぇ。とにかく、すり替えは任せとけ、ってことだ。
終わったらお前の部屋で寝かせてもらう。いいよな?」
「まぁそれは構わないけど……狭いよ?」
「大丈夫だ。欲を言えば横になりてぇが……座れれば十分だぜ。体は休まる」

 話していると、係員がこちらへ向かってくるのが見えた。

「おっと!じゃあ俺はこの辺で消えるぜ。
またお前の部屋で会おう。……じゃあな」

 そう言った次の瞬間、音もなく消えるビースト。
"俺達"の間でも、ビーストはかなり速い方だ。

「……相変わらず、上手いもんだなぁ。……ん?」

 新しいリングの入った箱が受付に置きっぱなしだった。
まさか、話に夢中になって忘れたのか?
そうしていると係員がすでに後ろに立っていた。
彼もなかなか"速い"ようだ。

「失礼。その荷物の中身ですが、一応拝見しても?」
「あっ、いや、えっと……」
「? 失礼、見させてもらいます……よ!」

 奪われる箱。中には大量のリングがある。
何と言おう?不良だったから新品が届いたらしいとでも言おうか?
しかし注文の発注書なんてどこにもない。まずいぞ……

「……なぁんだ、仕送りですか!
良いご両親をお持ちですな!シグナル殿!」
「…………えっ?」

 中を見る。すると大量の菓子や食料、着替えが入っていた。しかも手紙付き。

「あ、はは………すいません、お騒がせして」
「いえいえ! こちらも疑ってしまって申し訳ありません」
「……もしよろしければ、こちらの菓子は職員の皆さんでお分けしてもらえませんか?あまり好きではないもので……」
「なんと! 良いのですか?ご自分で食べた方が…」
「いえいえ! 本当に良いんです! ぜひ食べてください!!」

 その迫力に係員も気圧され、菓子を持って警備室へと戻っていた。

 中身はビーストがすり替えたようだ。そこまで速くなっていたとは知らなかった。

 残りの荷物を抱えながら自室へと戻ろうとした時。道を塞ぐ者がいた。

「……なに、それ」
「! ……君は……A-004、だね? 何故ここに?」

 白髪の少年。A-004だった。
実験ルームにしかいられないはずの彼がそこにいた。

「教えて。それは、なに?」
「……これは俺の親が送ってきた仕送りだ。
服なんかが多いが……果物もあるぞ、いるか?」

 入っていたミカンを見せる。A-004の表情は変わらない。

「……A-013と話していたね」
「! ……聞いていたのか? ダメじゃないか、盗み聞きは」

 注意したが、表情や仕草に特に変化はない。

「それに、ただの雑談だ。ほら、職員の方が言ってたろう?
コミュニケーションを取れ、って。それだよ」
「コミュニケーション……」

 考え込むA-004。色々気になることはあるが、この場を他の誰かに見られるのはまずい。

「とりあえず、だ。A-004。とりあえず自分の部屋に戻れ。後で話に行く。
そこで続きを話そう」
「……本当に?」
「あぁ本当だ。だから、一旦部屋に戻……」

 話している途中で、A-004は消えていた。
ビーストよりは遅い。僅かにだが、残像が見えていた。
しかし……

「俺よりも"速い"とはな……やれやれ……」

 肩を落としながら、自室へと戻った。

 部屋の扉を開けると、ビーストが壁に寄りかかって寝ていた。
よく戦場に赴いている彼の癖だ。もちろん座るスペースはある。

「もうリングは変え終わったのかい?」
「……む。あぁ、まぁな。12時間もあれば、余裕ですり替えられるぜ」

 この状態の彼は、ほぼ寝ていないのですぐに返事が返ってくる。

ーーいや、今何と言った?

「……12時間もあればって……どういうことだい?」
「時計を見ろよ、寝ぼすけ。どこで油売ってたんだ? ったく……」

 言われた通り見てみると、なるほどたしかに。もう朝になるところだった。

「な、何故……君と別れてからそれほど時間は経っていないはずなのに……」
「……一応聞いとくが。俺と別れてから、何をしてた?」
「本当に何も……僕はただ、A-004と話していただけで……」
「A-004……そいつ、ここの被験者だよな?
……もしかして、能力を使ったんじゃねぇのか?」

 はっとする。あり得ない……こともない、か。
実際のところ、A-004がどのような魔術を使うのかをノースは知らなかった。

「…………って、12時間も経ってるのか!?じゃあもう任務開始じゃないか!」

 焦りだすノース。気持ちを落ち着かせる時間は短い。

「どうしようビースト。俺……彼、A-013に名前を付ける約束をしたのに……
まだ名前を考えられてないよ」
「まだ時間はあるだろう?今のうちに考えといてやれよ。
まぁ別に今生の別れ、ってことはねぇんだ。ここを出てからでもいいと思うがな、俺は」

 それもそうだ、と思った。ここを出て、落ち着いてから決めてもいいんだ。しかし約束は約束だ。早めに考えよう、そうノースは決意した。

「……待ってろよ、もう少し。もう少しで……ここから出してやるからな。」

歴史が動く瞬間は刻一刻と近づいてきていた。

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