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映画「福田村事件」観賞

この映画は劇場公開前に話題になった時からずっと気になっていたのですが、単館上映系という事情からなかなか時間が取れず未見となっていました。
近くにないんだわ……観られるとこが。
で、このほどU-NEXTさんが配信対応してくれましたのでようやく鑑賞。
テレビ画面だとね、音がアレなんですがそんなことも言っていられない。

時は大正、関東大震災前後、荒川ほとりのとある村でのとある出来事が題材。
これはもう映画の宣伝でもさんざん語られていますので言ってしまいますと、震災後の混乱に乗じて、ある特定の人々を、一般市民が流言に躍らされる形で勝手に虐殺してしまったという痛ましい事件をもとにしています。
そしてこうしたことは、この映画に描かれたケース以外に当時の被災地で多数起きたということ。犠牲者は何千人という話です。
なかなかセンシティブな話であって、文字にするにも非常に言葉を選びます。ですので、詳細はこの映画をご覧になるなり、文献をあたるなりでフラットな目で確かめていただきたく。その上で感じることは人それぞれでしょうが、それでも知識としてだけでも知っておくほうが良いことでもあります。
私の子供の頃はまだ明治後期〜大正生まれの人が身近にご存命でしたので、関東大震災直後にこうした虐殺事件が多発したことはうっすら聞いたことがありました。というか、それでこの映画に興味を持ったというか。あの頃はよく分からなかったけど、どういうことだったのかちょっと知りかったのですね。

冒頭、とある男が妻を伴い故郷に帰ってくるところから話は始まります。なんだか魂が抜けたようになっているこの男、そんな風になるだけの秘密を抱えているのですが、それは話の後半まで明かされません。
妻の方は裕福な生まれの都会的な女性のようですが、夫に伴われて知り合いもない田舎にくることになり、且つ夫はろくに相手もしてくれず、その理由すら明かしてくれず、気持ちとしてはぎりぎりのところにいます。
(秘密がわかると、元教師らしいこの男が村の学校で教鞭を取ることを断ったのもさもありなん……重い重い告白です。そして、それが事件時の妻の行動にも響いてくる)
一方、村は閉鎖的で元軍人が幅を利かせている。駐屯先で亡くなった息子について母が嘆くことでさえ、お国の為だと叱られる状況。長たる村長ですら軍人たちにはなにやら及び腰です。とは言え、いろいろな人がいて人間関係は複雑。というか、この時代はどこもそんなものでしょうから誰が悪いわけでもないのですが、思考の深浅の差が非常に激しい印象。そして、正しいことを知っていれば勇気があるというわけでもないし、倫理観が少々まずくても絶対やっちゃいけないことだけは肌でわかっている人もいます。そのあたり村人の造詣にはリアリティがありました。人には当然、良いところも悪いところもある。出てくる人は皆、どこにでも居るであろう普通の人です。
そしてまた一つ、遠い四国から薬の行商でやってくる一団。この人たちもまた、ある事情を抱えています。そのせいで自由に人生を謳歌するというわけには行かない。諦観とでもいうのか、ごちゃごちゃ言う前に食い扶持を稼ぐのが先。それでも若者は幾ばくかの夢を見、子供たちは元気です。

さてそういう状況で関東大震災が起き、社会不安に満ちた都会から恐ろしい流言が伝わってきて、村人の心は刺激される。妙な正義感に駆られたり、不安を煽られたり、怒りを覚えたり。
そこへ運悪く差し掛かった行商人たちにあらぬ嫌疑がかかり、膨らんだものが弾けるように一気に事件になだれ込みます。
このあたりは本当にたらればの連続で、何か一つでも間に合っていれば、妥協できていればと振り返らずにはいられません。
続く緊張の中で、あっと思ったら事が始まってしまい、勢いのままなだれ込み、憑かれたように武器を取り。そして止めるに止められず、力なき正義は無力となり。白昼堂々、淡々と繰り返される惨劇は、映像的にも目を覆うものがあります。
まさに鬼。しかし彼らは確かに人間で。
個々に事情はありつつも、だからこそ結果に対する後悔、虚しさはものすごいものがあります。すべてが誤解であることを聞かされ、まるで悪い夢でも見たように放心する人々。どうあっても時間は戻らない。ただただ胎児を含む人間9人がよってたかって惨殺された、また普通の人間でありながら惨殺する側にまわってしまったという重い事実だけが残ります。

差別は良くないというのは大前提。その上で更に、流れに逆らってよく考えること、一度立ち止まって自分を疑うことの大切さ。取り返しのつかない事態をおこさないために、人間という揺れやすい存在であるからこそ忘れてはならないことがあると考えさせられた作品でした。




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