【漫画原作】フットモンキー ~ FooT MoNKeY ~ 第4回
本日6月23日は橙色のユニフォームが絢爛な藤枝フェインターズとの試合である。
フェインターズは早朝の練習で大声を出すので近所迷惑だと言われ、疲れが残らないようにしっかりマッサージを行うのだが、仕事が忙しいためなかなか練習の日程が取れていないのが悩みであった。
チームのエースであるアラの暇 弘志は高校時代に全国優勝チームの3番手であり、今の仕事がやりたいがために、プロからのスカウトを断ったという経歴がある。また、もう一方のアラ明神は身長の高い選手ではあるが俊敏で、走り幅跳びで6m20の記録を出したこともある身体能力の持ち主だ。試合開始5分前、その二人が話をしている。
「暇くんいつもフェイントの練習に余念ないよね」
「そうなんだよ。なんかいつまで経っても自分の技に自身が持てなくってさ」
「なんていうか、上手い人ほど謙虚なもんだよね。そんなに不安なの?」
「うん。俺、足の小指の第二関節ないんだよな――その所為かな?」
「いや、それは関係ないと思うよ」
「そうかな~まあでも大丈夫、俺には偉大な古代の武人の守護霊が憑いてるから」
「路肩の占いで言われた事まだ信じてんの?暇くんってちょっと天然入ってるよね」
「けど、憑いてないって証拠もないだろ。ハッキリと言い切れんの?」
「う~ん。まあそれはそうだけど――」
そんな会話をしているとあっという間に時間が経ってしまい、フェインターズボールでのキックオフで、さっそく暇が小手調べとばかりに攻勢を掛けて来た。
フェインターズはショートパスで細かく繋いで、相手にプレッシャーを与えさせないスタイルでのオフェンスである。
“やっぱ上手いなイトマン”
いつも昴は人のプレーを見ては、自分にないものを感じて羨ましくなるのであった。
「おっ、ヒールリフトか――」
暇のこの『ヒールリフト』は、その名の通り踵でボールを引っ掛けて宙に浮かせて、その隙に相手を抜き去るという技である。
「うわっ!?こっちもか」
そして、フェインターズの2番手であるアラの明神も、俊足を活かしてヒールリフトを繰り出してきた。フェインターズは全員がこのヒールリフトを使い熟すという器用なチームである。一方のバランサーズは、今日は保が仕事で来られないため、フィクソとして代わりに別記が出場しており、キャプテンマークは昴が付けていた。
「うおっ!?眩しい」
「ははっ。すまんなトレードマークなんだ、コレ」
ピヴォの曙野は身長190cm体重100kgの巨漢で、時折スキンヘッドに日光が当たって相手の選手の目眩ましになっているのであった。慣れない相手に、別記は終始マッチアップしにくそうにしていた。
「調子はどうですか、大将?」
「う~ん、今は気分が乗ってるな!!」
「そりゃよかったホント気分屋ですもんね、曜日さん」
「まあそう言うなよ、今日は神セーブ連発できる気がするんだ」
ゴレイロの曜日はセーブごとに気分が変わり、フィクソの日立は日頃からそんな彼を気遣っているのであった。
「おっしゃ!!こんから、いっちょやったろうぜ!!」
「「「「おう!!」」」」
仲間を奮い立たせるように暇の掛け声に共鳴するように、他の選手たちも調子を上げていくのであった。双方1点を取ろうと努めている中、暇のプレッシャーに、蓮が倒れそうになるが必死で踏ん張ってボールをキープしていた。そしてそれを前線へ送ると、昴はあっけなく倒れ込んでしまった。
だが、これを見た審判が即座に笛を鳴らし若干シミュレーション気味ではあったが、かなりいい位置でのPKをもぎ取ることができた。昴は内側にスピンを掛けた、速さのあるシュートで難なくこれを決め、チームは1対0で前半を折り返すことができた。
ハーフタイムに入り、少々ヒートアップした昴が、蓮に話し掛ける。
「おい、なに真面にやってんだよ。正直者は馬鹿を見るってな。マリーシア(駆け引き)くらいは熟せるようになれよ」
「今のってシミュレーションじゃないですか?僕の位置からはそう見えました」
「いいんだよ。ピッチでは相手を出し抜くくらいの気概が必要なんだ」
「そんなのズルいじゃないですか!楽してるだけですよ」
「だりーこと言ってんなよ。お前そんなんじゃ点なんか取れないぞ」
「けど、それじゃ何の成長もないですよね」
「いいんだよ。楽してできるならそれに越したことなんかないだろ?どうせアマチュアの試合なんだしよ。適当でいいんだよ、こんなの」
「昴さん、いつも斜に構えてて、本気出さないのがカッコイイみたいな。そんなの全然カッコよくないですよ。失敗しても、泣いても、乗り越えて行くのが人間なんだと思います。プロになりたかったって、そう言ったら免罪符になるとでも思ってるんですか?将来のことに、本気で挑んできましたか?」
「お説教かよ。偉くなったもんだな、蓮」
「ボーッとしてたって時間は経ってしまうんです。時間は有限です。だからこそ自分にとって本当に大切なものを選んで行かないといけないんだと思います。昴さんにとって本当に大切なものって――何なんですか?」
「うっ――」
それきり会話はなくなってしまったが、この一言は昴にとってその価値観を揺るがすようなものであり、頬を叩かれたような一言であった。
後半が開始されるとフェインターズは少々パターンを変えて来たようだ。暇、明神のフェイントコンビの波状攻撃から、曙野を使ったピヴォ当てにシフトし、後衛の日立も加えた3点からのロングシュートでのオフェンスとなった。
これが功を奏し、速い展開からの本数を重ねたシュートが、ついに3本目で実を結ぶこととなった。後半9分、1対1の同点である。
フィクソの日立は本来ガンガン点を取るようなプレーヤーではないのだが、それでもこの状況では見ざるをえず、昴の苦氏へのケアが間に合わなくて、明神の変態トラップからのビハインドのロールキックでの得点に、会場からは歓声が湧き起こった。
苦氏は相手との距離が空き過ぎており、上手くプレッシャーが掛けられていなかった。
ここを修正するのは思いのほか難しく、そのままジリ貧となってしまった。普段なら保が諸葛孔明のように解決してくれるのだが、居ないとあってはそれにも頼れない。
後半14分、暇がヒールリフトからのボレーシュートを勢いよく決め、遂に1対2と逆転されてしまった。勝っていた試合で逆転されると、勝ちに対する喪失感と焦りから歯車が狂ってしまいがちで、若い選手が多いバランサーズはここから一気に勢いがなくなってしまった。
だが、後半の正念場であるラスト2分、コーナーキックでのフィードに合わせて別記が苦し紛れに撃ったシュートを、ゴレイロ曜日がファインセーブしたが、運悪く弾いたボールがパウ(ゴールポスト)に当たって昴の方へ行ってしまった。
これを昴が流し込んで2点目を追加ーーしたかと思われたが、惜しくもこれは枠を外してしまった。だが、シュートが外れた後に第二審が頻りに笛を吹いていた。審判団の協議の結果、ゴール前で日立のハンドがあったことが発覚し、バランサーズ側がゴール前でのPKを獲得することとなった。
昴はお零れを押し込むことができなかった汚名を返上しようと試みたが、狙いすぎてまたもや枠を捉えることはできず、名誉を挽回する好機を逸してしまった。技術的には十分に得点できるものの、精神的な面で不安定であったことは否めず、気分の波に勝てないでいるのであった。
それからバランサーズは、決定的な機会を演出することができず、攻撃の芽が出ないまま試合が終わってしまった。試合後昴は如何にも悔いが残ったという風であった。
「さっきのがカウントされてたら同点だったのにな――」
「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ」
「別記さん――」
「元イタリア代表、ロベルト・バッジョの有名な言葉です。逃げずに蹴った者だけが、得点をものにできるんですよ」
「そんな大層なもんじゃないよ。外しといて偉そうにできるのはスター選手だけだ」
「そんなことはないですよ。勝負は時の運ですから」
「別記さんは凄い大人なんだね。俺だったらちょっとは文句言うけどな」
「昴くんが点を取ってくれているお陰で同点になっていたんですから、当然ですよ」
「そういうもんなのかな。その考え方、見習うようにするよ」
「今日の僕はみんなとプレーできただけで幸せでしたよ」
「すまねえな、別記さん。最後だってのによ」
「え!?別記さん、辞めないですよね」
側で聞いていた蓮と味蕾が会話に割って入る。
「辞めるんじゃないよ、休部。本店からお声が掛かったんだって。栄転ってやつだ」
「おお、凄いじゃないっすか!!メガバンクの本店勤務なんて」
「ホントだよ別記さん、スーパーエリートじゃん!!」
「ありがとうみんな。けど、またいつか戻ってきたいですね。僕にはこのチームしかないですから。ここで得た経験が、本店に行っても役に立つと思ってますし」
普段なら負け試合の後は飲みに行ったりはしないのだが、この日は送別会ということで保も加わって居酒屋で飲んだ。閉会後、保と別記は帰り道が同じだったようだ。
「保くん。今日は本当にありがとう」
「当然ですよ。お世話になった別記さんの送別会なんですから」
「そのこともなんですが、本当は今日、休日出勤なんて必要なかったんですよね?」
「そ、それは――」
「僕が最後だからって、試合に出すための口実として、そういうことにしてくれたんでしょう?だから、最後に一つお願いがあるんです」
「お願い――ですか?」
「今日の試合で昴くんの心に大きな傷を残してしまった。彼はあの時、蓮くんにキツく言われて精神的に蹴れる状態じゃなかった。それでも彼を止めなかったのは彼のプライドを傷つけたくなかったからです。結果、彼はチームのために勇敢に挑戦してくれた。だから彼を――甘やかさないでほしいんです」
「傷つけないようにしてくれ――じゃなくてですか」
「我々は彼に頼るあまり、彼の成長の機会を奪ってしまっていたのかもしれない。彼が自分の頭で考え、その殻を破ろうとしている今、優しさはかえって邪魔なものだと感じたんです」
「確かにそうだ。あいつは人から怒られることに全然慣れてない。自分では我慢強いと思ってはいるが、基礎練なんかはすぐに投げ出すし、全くその通りですね」
「よろしくお願いしますね」
「もちろんだ!そこまで考えていてくれたとは。ありがとうございます、別記さん」
「これでも僕もバランサーズの一員ですから」
大人になると友達ができにくいとはよく言うが、スポーツを通じて育まれた友情というのは大きなもので、この二人は歳は違えど友人と言えるような間柄であった。この日、保は自分がどんなに嫌われようとも、昴のために鬼になろうと心に誓った。
フェインターズとの試合が終わった翌週の6月30日、予てから瑞希にせがまれていた富士宮交響吹奏楽団のコンサートを鑑賞することとなった。昴は、市にあるホールへ向かうために車で瑞希を迎えに行ったのだが、ここで少々トラブルがあった。
昴は事前に言われてはいたのだが適当に聞いていたため留意できておらず、スーツの用意を怠ってしまっていた。運転席を見た瑞希の表情が一瞬にして曇る。
「前に散々言ったじゃん。なんでよりによってジャージなの?」
「うっせーな。付いて来ただけマシだと思えよ」
「こういうのホント嫌なのに、ギリギリだからもう着替える時間ないよ」
「このまま行きゃいいじゃん。別に裸で行くわけでもないんだし」
「ねえ、また徹夜で麻雀やってたんでしょ?だからこんなにギリギリなんだよね?」
「職場の先輩たちとだからさ。こっちにも付き合いってもんがあんだよ」
そう言って車を走らせたものの、昴は会場に着いて早々に後悔した。周囲はその殆どが正装で真っ黒に埋め尽くされており、まるで鴉の群れのようであった。隣にいる瑞希も、もちろんスーツ着用だ。
「なんだよスーツばっかじゃん。なんでもっと強く言ってくれなかったんだよ」
「私が悪いわけ?4月から3回も念を推したじゃん」
「お前の言い方が悪いんだよ。俺が聞いてる時に言わないから」
「昴くんが分かったフリするからでしょ!!他のこと考えながら返事しないでよ」
「――」
「もういいよ。どうせ興味ないんだよね、こういうの」
確かにその通りだと思って悪い癖なのだがつい無言になってしまった。普段ならこのことに文句を言う瑞希も、もういい加減うんざりした様子だった。一方昴は、予想通りになるのがなんだか癪に障るので、コンサートが終わるまで意地でも寝ないことにした。
トランペットやホルン、チェロやヴィオラの奏でる音は確かに綺麗ではあるのだが、教養のない自分には縁遠い世界のように思えた。コンサートが終わって車に乗り帰路に就いたはいいのだが、瑞希の機嫌が直っているはずもない。
その様子に、昴は徐々にイライラし始めていた。
「思い出ってのは財産なんだよ。今日も一緒に居られたって、それだけじゃダメ?」
「そんなこと言ったって限度があるじゃん。こういうのホント良くないと思うよ」
「じゃあもういいよ!!どうせ俺が悪いんだろ」
「なんで開き直るの?そっちがちゃんとしてなかったのに、被害者ぶるの止めてよ!」
「――」
「私のこと嫌いなの?」
「そんなことないよ」
「私たち価値観あわないよね」
「そんなことないって」
「私たち、喧嘩ばっかだよね、付き合ってても意味ないよね」
「――」
「ねえ、ねえったら!!」
「悪かったと思う。今度から直すよ」
この言葉が『本心からのものだったら』どれだけよかったか、昴は後になって何度かそう思ったのであった。その後、先ほど怒りを露わにして少しガス抜きできたからか、瑞希の機嫌は多少マシになったようであった。帰りの車の中でこれからの話をする。
「どっか寄って、食べて帰ろうぜ」
「いいね、そうしよう」
「ギョウザの楽勝は?」
「う~ん、こってり系はちょっとーー」
「パス太郎は?」
「あ~、イタリアンの気分でもないな」
「スシ放題は?」
「え~、回転ずしはカロリー高めだし」
「なんだよ、結局どうしたいんだよ」
「女の子は優柔不断なものなの!!」
「じゃあもういいよ。家で食べることにしよう」
「そうだね、早くしないと間に合わなくなるもんね。ワールドカップ」
「そう!なんてったって決勝だし。あ、そうそう。今日、友助と美奈も来るから」
「えっ!?なにソレ?そういうことは先に言っといてよ!」
「いいじゃん別に、適当になんか作ってよ」
「適当にって、作るのは私なんですけど!そんなのいい加減すぎるよ」
「まあまあ。もう呼んじゃったんだし、頼むよ~」
それから沼津駅のロータリーで1時間ほど待っていると、先に来たのは友助の方であった。
「お久ぶりっす、昴さん」
「おお、久しぶり!ちょっと待ってな、もう一人来るからさ」
「そうなんですか?分かりました」
「あ、来た来た!お~い、こっちこっち」
「あ、昴くん。瑞希ちゃんも~こんばんは!」
「こんばんは」
瑞希は明るく振る舞ってはいたが、よく知っている人から見れば、明らかに作り笑顔であった。それから30分ほどで瑞希の家に到着し、昴と瑞希は台所で話をしている。テレビの前に陣取った美奈と友助は、さっそく電源をオンにして特番を見始めた。
02年のWCは例年に比べて少し特殊で、日韓共同開催となっていた。二つのゾーンで大会を行い、決勝は日本ゾーンのブラジルと韓国ゾーンのドイツの一騎打ちとなった。横浜国際総合競技場で行われたその試合は、例回に准ずる白熱したものとなる。
「前に優勝したのってどこだっけ?忘れちゃった」
「フランスですね」美奈の言葉にすかさず友助が反応する。
「ああ、ジダンの!!」
「そうです。僕なんかジダンを見てルーレットやり始めたんですよ。憧れなんです」
近年のW杯は8年ごとに大別でき、82年のイタリアを起点とし、90年にドイツ、98年にフランスがそれぞれ優勝している。これは843年、ヴェルダン条約によってフランク王国が分裂した際に、長男ロータル、三男ルードヴィヒ、妾の子シャルルで、国を分割したことを知っておくと更に思い出しやすくなる。
そして、イタリア優勝年前後の大会である78年と86年にアルゼンチン、フランス優勝年前後の大会である94年と02年にブラジルが優勝していることが分かると、
おおよその優勝国は諳んじることができるだろう。ただ、確実なのは実際に見ることであり、決勝だけはリアルタイムで見ておきたいところだとは思う。
瑞希との話を終えた昴がテレビの前に座り込み、友助と会話を始める。
「おっ来た来た!ブラジル!!」
「テンション高いっすね、昴さん」
「そりゃそうだよ、なんたって決勝だぜ!!」
当時のブラジル代表は優秀な『クラッキ(名手)』が揃っており、5人のナンバー10と言われ、史上最強と謳われたセレソン70を凌ぐと言われるレベルであった。
フォワードのロナウド、ミッドフィルダーのリバウド、ウイングバックのロベルト・カルロス、ディフェンスのエジミウソン、ゴールキーパーのマルコスなど、錚々たる顔ぶれは豪華としか言いようがなかった。だが、そんな中でも一際輝きを放っていたのは、やはりロナウジーニョだろう。サンバのリズムと華麗なテクニックでファンを魅了する様は、今も人々の記憶に鮮明に焼き付いている。
「やっぱブラジルだよなーカッコイイよなー」
「この黄色のユニフォームって、膨張色だからなんか圧迫感ありますよね」
「そうそう。見るからに強そうなんだよな、カナリア軍団」
「昔から上手い人ばっかですもんね、ブラジル」
20世紀最高のフットボーラーと言われたペレ率いるブラジルは、58年、62年、70年に三度の優勝を果たして、初代ワールドカップである『ジュールリメ・カップ』を持ち帰った。ジュールリメとはFIFA3代目会長の名であり、13年後の83年に警備員を配置していないような杜撰な管理下にあったため盗難に遭い、金塊に変えられてしまったという悲しい逸話もある。
前半は得点に動きがなく、平行線を辿る試合に、昴は思う所があったようだ。
「あーあ、ロマーリオが居いればなー」
「誰?ロマーリオって」美奈は耳慣れない人物に興味津々だ。
「めちゃくちゃ上手いフォワードの人だよ。ロマーリオのお陰で本戦に出られたようなもんなのに、あんなスターが出てないなんて勿体ないよなー」
「へ~、なんでロマーリオは試合に出てないの?」
「チームメイトと仲が悪くなっちゃったみたいでさ。特に監督のスコラーリと」
「ふ~ん。けど、それじゃ仕方ないんじゃない?チームなんだし」
「そうとも言い切れないよ。パスが来るのは点を取ろうとしてる選手だけ。仲良しこよしで勝てるチームなんてないんだ。海外クラブでは点が取れない選手はパスが来なくなって居づらくなって移籍するなんてことはよくある。コミュニケーションなんて取れて当たり前なんだけど、勝つ為にやってんだから意見が違って当然だと思うんだ」
「う~ん、スターも大変なんだね」
80年準決勝ブラジル戦でハットトリックの活躍を見せた元イタリア代表のパオロ・ロッシ、86年メキシコ大会準決勝イングランド戦で神の手から僅か4分後に5人抜きまでやってのけた元アルゼンチン代表のディエゴ・マラドーナ、06年にキャプテン翼の日向小次郎が放つ雷獣シュートを練習して右足を骨折し、出場が危ぶまれたものの、その後の大活躍でチームを優勝に導いたフランチェスコ・トッティなどワールドカップには、常にスター選手の活躍があった。
そしてその陰で、93年にFIFA最優秀選手のバロンドールを受賞したロベルト・バッジョ、94年ワールドカップで活躍しMVPを獲得したロマーリオ、海外リーグで日本人初のMVPを獲得した中村 俊輔氏など代表から漏れ、涙を飲んだ選手も多い。
後半が始まった頃、瑞希が少々自信なさげに料理を運んできて、皆の側に座った。
それを見て、不思議に感じた友助が気を遣って話し掛ける。
「どうしたんですか瑞希さん?なんかあんま喋んないですけど」
「えっ!?ああ、大丈夫、集中して見たてだけだから」
「瑞希、熱中する方だもんね」
「う、うん。そうだね」
試合は均衡を保ち、このまま延長に突入かと思われた後半22分、遂に試合に動きがあった。ブラジルのミッドフィルダー、リバウドの無回転ミドルシュートを、ドイツのキーパーであるカーンが防ぐも、ボールをキャッチしきれずに取り溢し、これを見逃さなかったロナウドがゴールに押し込み先制点となった。
「「うおー!!!!」」
「すげえ、見たか?見たよな、今の!!」
「見ました!!やっぱ凄いや、ロナウド」
大きく叫び猛り狂う男子二人を尻目に、女子二人は至って冷静であった。
「入ったね」
「うん、決まったね」
温度差が凄いことになっていたのだが、こういう時の男は周りが見えていないことが多く、完全に頭に血が上っていた。そして後半34分、クレベルソンのパスを、ゴール正面で受けたロナウドが2点目として叩き込み、更に得点を加えた。
「「ロナウドーー!!」」
男子二人は熱くなり過ぎて、そのまま倒れるのではないかというほどの熱狂ぶりであった。そうこうしているうちに時間が経過し、試合も終盤へと差し掛かった。
「ああ、もうロスタイムかー。ずっと見てたいな~」友助は少し名残惜しそうだ。
この2002年頃はまだアディショナルタイムをロスタイムと言っていたり、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)判定なども行われておらず、FIFAランキングも強い国が不当に下位に位置していたりと、何かと過渡期であった。
暫くして試合が終わり、皆はそれぞれ感想を言い合った。
「いや~良かったですね~やっぱロナウドがエースですよ」
「ロナウジーニョも上手かったよ。やっぱ一番はロナウジーニョだな」
「ねえ、なんでロナウジーニョが一番うまいのにエースじゃないの?」
「上手いだけじゃダメなんだよ。チームを勝たせるヤツがスターなんだ。エースってのはそういうもんだろ?」
「ふ~ん。そうなんだぁ」
「彼はまだ若いですからね。将来はきっとチームを背負う存在になりますよ」
「いいなあ、カッコイイなあブラジル。最高だよ」
「瑞希ちゃんはどうだった?」
「え、あ、うん。面白かったよ」
その後、各賞が発表となり、MVPも発表された。
「ヤシン賞はカーンか~まあMVPだから当然だなー」
「ねえ、ヤシン賞って何?」
「ああ、1963年にFIFA最優秀選手賞のバロンドールを、ゴールキーパーで唯一受賞した、ソ連のレフ・ヤシンって人に因んで名付けられたんだ。GKのMVPだね」
「ふ~ん。なんで2位なのにMVP取れてるの?負けたんじゃないの?」
「MVPのアディダスゴールデンボールは、96年までは1位のチームから選ばれてたんだけど、前回のロナウドだとか、今年のカーンとか2位のチームから選ばれることも多くなってるみたいなんだ。たぶん、負けた方にも輝いてる選手が居たことを忘れないようにするためなんだと思う」
「みんなが輝けるのがいい所ですよね。サッカーって」友助は小さく頷いた。
そして談義に花が咲く中、テレビでこれまでの大会の結果について振り返っていた。
「いやーそれにしても残念でしたねー、日本代表のプレーはー」
「急にボールが来たからって、ボールは急に来るものですからねー」
「あーうぜー」コメンテーターの暴言に昴は思わず顔を顰める。
「どうしたの?」美奈は少し心配そうに聞いた。
「外野はさ、口では何とでも言えるよ。けど、お前同じ所に立って同じパフォーマンスできんのかよって思うワケじゃん。そこに立つまでだって、全国大会やプロやアンダー世代の中で勝ちまくって、A代表まで上がったんだよな。体調や心調が悪い時だって、あるわけだよな。腹立つんだよな。こういうの」
「それすっごい分かる。居るよね、口だけの人」これに瑞希が同調する。
「だろ?無責任なんだよな。こういう発言」
「自分もだよね」
「えっ!?」
「何でもない」
瑞希のこの発言から少しだけ気まずい空気が流れた。ここで嫌な空気を変えようと、昴が今日の本題を話し出す。
「あと、みんなに重大発表がありま~す」
「えっ、何なに~?」昴の発言に美奈は興味津々だ。
「なんと次節のスコアラーズ戦から友助くんがバランサーズに加入しちゃいまーす」
「おお~そうなの?凄いじゃん!!」これには瑞希も素直に驚いたようだ。
「そう。だから今日はその前祝いってことで」
「あの~僕、今日はやっぱり帰ります」
「え、なんで?遠慮することないよ」
「僕、実は若干人見知りなとこがあって、初対面の人多いから緊張しちゃって――」
「それなら私も帰ろっかな。実は、明日朝ちょっと早いんだよね」
「そ、そう。みんな帰っちゃうの?」
「今日はもういいんじゃない?みんなまた会えるんだし」
結局は瑞希の鶴の一声で、その場はお開きとなった。それから車で二人を駅まで送ってから、昴と瑞希は車内で話をした。
「勝手に友達呼ばないでよ」
「いいじゃんかよ、ちょっとくらい」
「私の都合はどうなるの?あれ作ってこれ作ってって。私は家政婦じゃありません」
「これから同棲するんだし、夫婦みたいなもんだろ?」
「そんなの無責任すぎるよ!!まだ結婚してないんだし、それならちゃんと責任取ってよね!!」
「うっ――ごめん」
それから瑞希は同棲ブルーになってしまった。将来を考えると不安になり、9月が近づくにつれて憂鬱な気分になるのであった。
「まだ結婚したわけでもないのに何考えてんだろ。大丈夫なのかな、こんなんで」
仕方がないこととはいえ、人生にはその時々での悩みがあるものであった。
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第五回 https://note.com/aquarius12/n/nf812ef505a92