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ティファニーブルー#1

目を開けると白い天井と古びた蛍光灯。
―――あぁ、今日も一日が始まった。
伸びをして、起き上がろうとすると目覚まし時計が鳴った。

そうか、少し早く起きたのか。時計が鳴る前に起きたのはいつぶりだろうか。
そんなことを考えながら朝の身支度をする。

もし僕が本の主人公で紹介をする場合、星空に指をさした女の子に顔を向けられたら、「星が綺麗だね」と答えるようなつまらない大学生だ。

10分前に講義室に入った。講義室は広い。しかし教授の目を盗むことができる後ろの席は人気なためすぐ埋まってしまう。現在席についている学生は数名。後ろの席はまだ空いている。上出来だろう。これから受ける講義は2限。大学3年生の前期は1限が少なく、必修科目で埋め尽くされた1限に通う毎日からしたら随分楽な生活になった。おかげさまでたいして面白くもない飲みの回数が増えてしまったことは厄介だが…。

「たけるー!うぃ~」男が肩を叩いてきた。
このうざったさを感じさせる挨拶の仕方をする男は僕の周りで1人しかいない。山下だ。
「おつかれ」と一言だけ答え、話が続かないようにスマホに視線を向けたが山下には行間が読めるような男ではないため無駄だった。当たり前のように隣の席に腰をかけ、話し続けてくる。
「お前さぁ、この前の飲み会なんで来なかったんだよ。可愛い看護学生たくさんいたぞ~」得意げな顔を向けてきた。
「言ったけどその日はバイトがあったんだよ。仕方ないだろ」
そう言って今度こそ山下に顔を背ける。お酒は決して強くもないし、そこまで好きでもない。飲み会のあの独特な雰囲気も特段好きではない。行く理由は一つ。断る理由もないから付き合いでなんとなく行っている。それだけだ。山下も静かになった。授業まで残り5分。
ふと水色のフレアスカートが目に入った。髪の長さはセミロング辺りだろうか。右斜め前の席に座った。その女の子は授業まで残り5分もないのに文庫本を開き始めた。たぶんあの本は僕の敬愛する太宰治の『ヴィヨンの妻』のようにみえる。まぁしかし、タブレットの電子書籍で読んだ方が教授にもばれずに済むのに変わった人だ。同じ経済学部ではみたことのない顔。無駄に顔の広い山下に尋ねる。
「山下、あの女の子知ってる?」
「あの子は文学部で同期だよ。たしか名前は…んーちょっとまってな……。あ!あみだよ!あみ!」
「ちょっ、おま、声でかい」強めに山下の肩を叩いた。
「痛いなぁ!ごめんって。たけるが女の子の名前気になるなんて珍しいな~」口角が上がっている。
「俺が好きな本を読んでいたから目にとまっただけだよ」
「ふ~ん。お前本好きだもんなぁ。俺には漫画の方がよっぽど面白いけどな。そういえば明後日の飲みは文学部の子たちが来るんだけど、男もう1人欲しいんだよな~。たける来るよな?19時にいつもの橋の所で集合な。」
言い終わったと同時に返事を聞く間を与えず、飲みのLINEのグループに勝手に僕を招待させた。メンバー欄には「あみ」はいない。まぁ、そりゃそうか。
                                  
開始時刻より遅れて教室に教授が入ってきた。 
右斜め前の本は開いていた。

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