第9回「妖精事件で市民団体と対立した道路管理局:その主張」連載|謎多きアイスランド 妖精と民俗文化ルポ(小川周佑)
旅ライター小川周佑氏による連載「謎多きアイスランド 妖精と民俗文化ルポ」。今回は第9回目の記事です。
アイスランド道路管理局の人物への接触に成功
道路計画が“妖精の教会”を破壊することに抗議した市民団体が逮捕された「アウルフターネス妖精事件」。これまで市民団体3人のインタビューを終えたが、一つの事件についてより緻密に考えるためには、「抗議した側」だけでなく、「抗議された側」の意見も聞かなければならない。
しかし、「抗議された側」であるアイスランド道路管理局の人間に伝手はなかった。ネットの記事を見てもアイスランド道路管理局という組織名はわかるものの、結局誰にコンタクトを取ってよいかがわからない。そんな時に助け舟を出してくれたのは、いわば行政にとっては”敵対組織”であるフレンズ・オブ・ラヴァの中にいた。
妖精の教会のために立ち上がり、妖精とコミュニケーションが主張するという女性―。
ラグンヒルドゥル・ヨウンスドッティル氏だ。
読者の皆さまも名前を微かに覚えているかどうか、といったところだろう。
連載第6回に、ティナが言及していた女性で、「アイスランドで一番有名な、妖精とコミュニケーションが取れる人」としてさまざまなメディアで紹介されていた女性だ。そしてフレンズ・オブ・ラヴァのチェアマンでもある。
ティナ経由で彼女のメッセンジャーアドレスを聞き、彼女とコンタクトを取っている中で、アイスランド道路管理局の広報担当局長、G・ぺトゥル・マシアッソンを紹介してくれたのだ。
アイスランド国内の報道によると、ラグンヒルドゥル・ヨウンスドッティルは溶岩台地を管轄するガルバザイルの市長に手紙を書き妖精の教会の保護に関して陳情し、それが妖精の教会移転、道路工事計画の一部変更につながったという記事が出ている。
妖精だけでなく、市長とも交渉し自分たちに有利な結果を導くタフなネゴシエーター…俄然彼女自身についても気になってくる。
ともかく、意見が対立する組織の人間が、反対意見の側の人間を紹介してくれるような懐の深さはあまり日本にいると体験ができないと思う。意見が反対の人間を、人格的にも糾弾しがちな傾向のある国に住んでいると、この風通しの良さはとても新鮮だった。
オーフェイスキルキャにまつわる新たな真実「本物なのかどうか…」
2月15日、レイキャヴィクにあるアイスランド道路管理局へと向かった。オフィスのドアを開けると、そこには少し白髪がかった髪に柔和な表情が印象的な、眼鏡をかけた中年の男性がいた。彼がG・ペトゥル・マシアッソン。年齢は58歳。アウルフターネスの新道路建設に関して、アイスランド道路管理局側のスポークスマンを務めた男性だ。とても穏やかな男性で、とてもこの人が「強圧的な排除運動」に関わった人には見えない。「フレンズ・オブ・ラヴァ」のメンバーの言っていたことは、どこまで本当だったのだろうか?
G・ぺトゥルにもいろいろなことを聞きたいが、まずは「妖精の教会」の移転に関してだ。この”岩を二つに分け、再接合する”という形の移転に関しては、「移転により妖精の権利が守られた」というような意見もあれば、「完全な失敗だ」という意見もある。例えばアイスランド妖精学校の校長、マグヌスはこの移転に関してかなり否定的な意見を述べていた。道路管理局側の人間は、この移転をどう捉えているのだろうか?早速インタビューを始める。
小川「まず第一に聞きたいのが、何故『妖精の教会』は現実に移転されたか、ということです。『これは真摯に妖精のためだ』と言う人もいれば、『これは行政のプロパガンダに過ぎない』と言っている人もいます。真相はどういったところにあるのでしょうか」
G・ぺトゥル「我々道路管理局には昔から、道路工事に際して、妖精に関する遺跡や、妖精を信じる人との間でのやりとりが複数例オフィシャルな資料として残っています。そしてこの『妖精の教会』のようなものはアイスランド各地に存在しています。そして、『オーフェイスキルキャ』の話に関しては昔からの伝承としてとても有名だったのですが、アウルフターネスの大きな岩が本当にオーフェイスキルキャそのものなのか、人々ははっきりとは認識していませんでした。 もともと、本当の『オーフェイスキルキャ』は60~70年前に、古い道路の建設時に破壊されてしまったと主張する人もいるし、本当のことは誰もわかりません。ともかく、その岩は計画上の道路の真ん中に存在していました。
なぜその岩を移転したかというと、我々には昔からこういった『人間とは異種の存在』に関して扱って来た歴史もあり、そしてそれをアイスランドの文化的遺産の一部、すなわちアイスランドの歴史の一部、アイスランドという国そのものの一部だと考えているので、もし移転があまりに困難で、あまりに高額でなければ、是非やろう、という話になりました。そして今回のケースでは、もし岩がより良い場所に移転できて、そこまでの歩道みたいなものも作れれば、コミュニティにとっても利益になる、と考えました」
なんと、オーフェイスキルキャは「本当のオーフェイスキルキャ」かどうかはわからないという。しかし、その「本物かどうかわからないもの」を道路管理局はわざわざ移転させた。そして、うっかり聞き流してしまいそうだったが、「道路工事に際して、妖精に関する遺跡や、妖精を信じる人との間でのやりとりが複数例オフィシャルな資料として残っています」という言葉も聞き逃せない。妖精に関しての行政資料。そんなものが存在するのだろうか?
しかし、移転は結局「岩の切断」を伴ってしまった。グンステインが怒っていたのは主にそういった部分だ。これに対して行政はどんな反論をするのだろうか?
小川「“妖精の教会”は2つの部分に切断され、移設後に縫合されました。それに対して、文化遺産保護的な観点からすれば、大きな割れ目が出来てしまったこの移設は、抜本的な解決にはなっていない、とする意見もあるのですが、道路管理局からの反論はありますか」
G・ぺトゥル「そもそもあの”妖精の教会”とされている岩は、もとから自然に出来た割れ目を挟んで1つの部分に分かれていました。1つの部分は50トン、もう1つの部分は20トンだと見積もっていたのですが、実際には40トンあり、1度での移設は重量的に困難で、”妖精の教会”の損壊の恐れがあったのでので、2回に分けて移設しました。本来はもう少し遠くの場所に移設する予定だったのですが、クレーンの耐過重量の不足のためにそれが出来ませんでした。もし1度にまとめようとしたら、移設は成功しなかったでしょう。私自身は、移設→縫合のプロセスは、いい仕事が出来ていたんじゃないかと思います」
彼の言っていることが事実ならば、「もともと割れかけているものを、壊れないように移転させた」ということで、その判断には一定の合理性があるように思える。ならば、グンステインが言っていた、「抗議活動によって、当初の建設計画は変更され、新道路の建設は一本のみ、溶岩台地を覆うはずだった住宅群も数軒が建ったのみとなった。溶岩台地を覆う様に作る予定だった(両岸に防音のための人工的な丘を作る)道路も、溶岩間の溝に作られることになった。私たちの抗議活動によって、当初の変更は完全に変更されたのだ」という、抗議活動の成果に対する評価、はどのような食い違いがあるのだろう?
小川「フレンズ・オブ・ラヴァの抗議は、道路建設の計画変更に何か影響を及ぼしたのでしょうか」
G・ぺトゥル「いや、そうとは考えません。抗議活動による何日かの道路建設の遅れ以外には」
小川「本来の計画では、溶岩台地に2本の道路を十字上に敷設し、その中心にラウンドアバウトを建設する、という話を聞きましたが」
G・ぺトゥル「我々道路公団が作ったのは現在ある道路だけで、それと交差するはずだったもう一つの道路は、市当局によって建設される予定だったのです。結局それは中止になりました。あまりに溶岩台地へのダメージが大きすぎる、という理由によって」
環境保護団体の抗議活動は工事計画にほとんど影響を与えなかった
グンステインの主張とは全く異なり、フレンズ・オブ・ラヴァの抗議活動による成果はほとんどない、という評価だ。道路工事計画の変更も、市当局独自の判断だという。ならば、ガルバザイルの市長にラグンヒルドゥルが直接手紙を書いたという例の件は、何か市当局の判断に影響を及ぼしたのだろうか?
小川「ラグンヒルドゥルが、ガルバザイルの市長に直接手紙を書いて、それが道路計画変更の1つのきっかけになった、とも聞きましたが」
G・ぺトゥル「手紙を書いた件に関しては聞いています。アイスランドは小さな国ですので、そういうことはすぐ伝わって来るんですよ。ただ、道路計画に関しては我々が変更を含めてやるものなので、市当局に関しては、ラグンヒルドゥルからの直接の手紙というより、我々からの情報によるものが強いと思います。例えば妖精の教会の移設に関しても、我々の持っていた情報が市当局と共有され、彼等もそれに同意した、といった面が強いです」
小川「ラグンヒルドゥルが参加した会議、といったものはあるのでしょうか」
G・ぺトゥル「小さいものまでは把握していませんが、ラグンヒルドゥル自身が建設業者と交渉し、そして私たちも建設業者と交渉し、情報を共有していた、ということは確かです。そして住民との間とのミーティングを経てこの道路建設が最終的に決定しました。そこにはラグンヒルドゥルも参加していました」
あくまで市当局の判断は、アイスランド道路管理局や建設業者との情報共有の末に行われていたという主張で、フレンズ・オブ・ラヴァやラグンヒルドゥルの貢献は少ないということのようだ。
環境問題への批判と”妖精の教会”の保護は完全に別物
ここまでの話を総合すると、彼は妖精に関してもかなり引いた態度というか、熱量を持っていない印象を受ける。このようなタイプの人が、「妖精騒動」をどう考えているか、妖精を信じているか否か、「妖精が見える」と主張する人に対してどのような印象を持っているか、ということは興味深い。そういった質問を続けて聞いてみる。
小川「このアウルフターネスでの新道路建設での闘争は、海外では『妖精の問題』として報道されました。それに対してどんな印象をお持ちでしょうか」
G・ぺトゥル「環境問題に対する批判と、”妖精の教会”を保護するという問題は完全に別個のものだと考えます。ラグンヒルドゥルが環境保護団体に入った後に、そのようなことを主張する様になったのではないのでしょうか。環境保護団体の人間は、この問題と”妖精の教会”の保護を一緒くたにはされたくなかったのではないのでしょうか。彼らの要求は、出来るだけ多くの溶岩台地を保全することだったのだから。アウルフターネスの溶岩台地は、レイキャヴィーク近郊では他に類を見ないぐらいの広大な面積を持っている。ハフナルフィヨルズルやガルバザイル、そういったところも溶岩台地だったが、前者はほぼ全域、後者も大部分に既に建設が進んでいる。だからこそ、環境保全団体は先に手を打った、ということなのでしょう。最終的には、アウルフターネスの溶岩台地のかなりの部分は保存されている。それらに関してはこれからも保護されるでしょう」
小川「あなたは妖精を信じていますか」
G・ぺトゥル「信じていません」
小川「“シャウアンディ:妖精が見えると主張する人”に関しては、どういう印象をお持ちですか」
G・ぺトゥル「わかりません。ただ、アイスランド人全体として、『妖精がいればいいな』と思っている部分はあると思うし、そのような考えを捨てる、という人はいないと思います。例えば、100年前、溶岩台地を真っ暗闇の中、誰もいない中で歩いているとき、妖精や、トロールを観た、といった話は聞いたことがあります」
やはり想像通り、妖精に関しては即答で「信じていません」という答えで、フレンズ・オブ・ラヴァに関しても、あれは妖精のために動いた団体というより、ラグンヒルドゥルが個人的に妖精の要素を団体の活動に上乗せしただけ、というような評価をしているようだ。
しかし、グンステインに実際にインタビューをしてみた印象では、ラグンヒルドゥルが勝手に一人で妖精の問題を持ち込んだだけ、という感じには受け取れなかった。彼の話からすれば、自然保護活動と妖精遺産保護は抗議運動の重要な両輪で、どちらも欠落してはならないことというようなニュアンスだった。どことなく、彼の真意は、”アイスランド人全体として、「妖精がいればいいな」と思っている部分はあると思うし、そのような考えを捨てる、という人はいないと思います”という言葉に込められている気もする。
いずれにしても、抗議運動の成果に関する評価などは全く市民団体側と意見が食い違っている。
事実として起こったことは同じでも、解釈はここまで変わるのか、ということの良い事例になっているとすら思う。
和やかな雰囲気のままインタビューを終えた。帰ろうとした時、G・ぺトゥルは何枚かの紙を手渡してくれたー。
「それがアイスランド道路管理局と妖精の関係に関する公式文書です」
妖精に関する行政文章。インタビュー中に出てきた、謎に包まれた書物だ。
例えば日本の国土交通省が「国土交通省と妖怪に関する文書」というものを持っていたりするだろうか?俄には信じられないだろう。
その場で早速読んでみる。その中身は――。
次回第10回は9月に公開予定。お楽しみに!
文/小川周佑(写真家・ライター)
過去連載記事一覧
・第1回「日本語文献がほとんどない“アイスランドの妖精”に興味を持った理由」
・第2回「いざレイキャビクへ 妖精学校なるものに入学してみた」
・第3回「ティンカーベルとは程遠い!?アイスランドの妖精目撃談」
・第4回「妖精学校校長に聞く:なぜあなたは妖精を信じるのか?」
・第5回「アウルフターネス妖精事件とは何だったのか」
・第6回「アウルフターネス妖精事件:当事者の環境保護団体のメンバーに聞く」
・第7回「アイスランド人にとって妖精とはどんな存在?」
・第8回「共通するのは『妖精に対する敬意』」
▼マガジン登録もよろしくお願いいたします!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?