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第6回「アウルフターネス妖精事件:当事者の環境保護団体のメンバーに聞く」連載|謎多きアイスランド 妖精と民俗文化ルポ(小川周佑)

旅ライター小川周佑氏による連載「謎多きアイスランド 妖精と民俗文化ルポ」。今回は第6回目の記事です。


妖精事件の現場へ

アイスランドを北欧の神秘的な閉ざされた国、レイキャヴィクをおとぎ話のようなチャーミングな街とだけ捉えていると、レイキャヴィク市内、特に郊外の風景には良くも悪くも期待を裏切られる。

片側数車線ある大きな道路が市内を東西南北に貫き、大型トラックが轟音を立てながら我が物顔で闊歩する。交通量も多い。土産物屋が集中した中心街を除けば、そもそもの生活が車を前提に作られてるような構造の街で、横断歩道が少ない道路を地元の人々が隙をついて足速に渡っている。

レイキャヴィクの郊外

そんなレイキャヴィクの街の南の郊外、中心から3km程のところにアウルフターネス半島はある。地図で見ると、レイキャヴィク中心街が乗っている半島が北西方向に伸びていて、そこから湾を挟んで南の向かい側ににょきっと伸びているような形だ。

アウルフタ―ネス半島の位置(地図の表記はアゥルタネース)

この日は「フレンズ・オブ・ラヴァ」のメンバー、ティナとグンナルが実際の溶岩台地を案内してくれながらインタビューに答えてくれるとのことだった。市内中心部の、フレンムルというバスターミナルで落ち合うことにした。

フレンズ・オブ・ラヴァのメンバー・ティナ(左)とグンナル(右)

フレンムルにはバスターミナルに併設してとてもお洒落なカフェやバーのコンプレックスがある。バスターミナルとバー、なんて取り合わせは日本ではほとんど思い付かないが、カフェやバーの瀟洒な雰囲気がその場所の纏うオーラをどこか高級感のあるものにしている。

ティナとグンナルは程なくやってきた。ティナは自分と同じぐらいの年齢で、大きな目が特徴的な女性だ。職業はなんと女優で、アイスランドでのテレビドラマ、映画などにも多数出演しているという。

グンナルは180cmを超える長身の大柄な体格とは対照的に、小さな声で淡々と喋る寡黙な人だが、話ぶりからは朴訥そうな人柄が伝わってきた。職業は「アイスランド海洋・淡水調査機構」のITマネージャーだという。

バスに乗り、一路アウルフターネスに向かう。直線距離的にはアウルフターネスまでは3kmほどなのだが、実際に行こうとするとバスはぐるっと迂回して行かないとならないので道のりはかなり長く、乗り換えを含めて1時間ほどはかかるとのことだ。

二人に所属している組織「フレンズ・オブ・ラヴァ」について聞いてみる。

環境保護団体・フレンズ・オブ・ラヴァは妖精保護団体なのか?

小川「なぜお二人はフレンズ・オブ・ラヴァに入られたのですか?」

ティナ「アウルフターネスの溶岩台地はその景観の独自性から多くの人に愛され、守られてきたのです。そして、画家や作家など沢山のアーティストに影響を与えてきたそんな溶岩台地に、特に必要のない道路を建設することに違和感があったからです。法律上も、この道路建設は違法だと考えています」

その言葉には妖精の「よ」の字も出てこない。グンナルにも聞いてみる。

グンナル「私も、政府の環境アセスメント自体が失効しているので、この道路建設は違法だと考えます。既にこの溶岩台地は、法律によって保護対象なのです」

妖精と環境アセスメント。日本では想像もつかないような組み合わせの言葉がぶつかり合い、頭の中でいくつものクエスチョンマークが生まれてくる。そして、やはり二人の言葉からは妖精とこの問題を結びつけるようなニュアンスのものは出てこない。思い切って聞いてみる。

小川「このFriends of Lavaという団体を、『文化保護団体』『妖精保護団体』のように報道する記事もあったのですが、それに関してはどういった意見をお持ちですか?」

ティナが答える。
団体としては完全な環境保護団体です」

完全に否定されてしまった。やはり、妖精のために抗議をする団体というのは、メディアに作られた偶像、幻想のようなものだったのだろうか。

そうこうしている間にバスはアウルフターネス半島に着いた。中心街に比べると建物の数も圧倒的に少ない。実際の溶岩台地を見せたいということで、車道を離れて獣道のような脇道を歩いていく。

冬のレイキャヴィクの道は当然ながら雪に包まれる。道は起伏があり、雪は時折膝下ぐらいまでの深さになり自分の足を容赦なくずぼりずぼりと覆い包んでいく。そんな道をしばらく歩いたあとで景色は開け、問題となった溶岩台地「ガウルガフロイン」に到着した。

驚くほど静かな風景だ。いくつもの黒く大きな岩たちが、粉砂糖を振り掛けられたかのように雪混じりになって茫漠とした平原に広がっている。草木はほぼ生えていない。だけれども静かなその景色は「死」のイメージとは結び付かず、その代わりに重く強い生命のエネルギーのような何かが決して信心深くない自分のような人間にさえ伝わってくる。

遠くに目をやると、今回問題になった道路が、溶岩台地が出来上がった古代と、今我々が生きる現代を貫くように真っ直ぐに、無機質に伸びている。

「この道路建設に関して、今フレンズ・オブ・ラヴァが何か現在進行形で行っている活動はあるのでしょうか?」二人に聞いてみる。

「道路自体はもう完成してしまいました。もう組織自体はこの道路に関しては何もやっていないです」

インターネット上の記事では、結局中断された道路敷設のプロジェクトがどうなったかの顛末は書いていなかったが、結局道路は完成した、ということらしい。自然や、妖精のための抗議は無駄だったのだろうか?

当時の「25人もの逮捕者が出た」という抗議運動について聞いてみる。

ティナが答える。
「多くの警察官が集まっていました。私たちを必要以上に恐れていたのかもしれません。若い警察官が多かったので、新卒の警察官のトレーニング代わりに使われていたのかもしれません。私たちの感覚では『無理矢理逮捕された』という印象を持っています。ただ私たちは集会場所に集まって、お茶を飲んでいただけなのに。だけれども我々は警察官に引き摺られ、彼らは私たちや溶岩台地の状態に全然注意を払わなかったので、怪我をしてしまいました。ご存知のように溶岩台地は先が尖っている箇所が多いので。そんなに事例としては難しいケースでないのに、プロフェッショナリズムを欠いた行動だったと思います」

やはり、当局に引き摺られる程の逮捕劇があったのは事実なようだ。しかし、彼らは何のために抗議をしていたのだろうか?「フレンズ・オブ・ラヴァ」がティナの言う通り団体としては完全な環境保護団体だとすれば、「妖精圧力団体がアイスランドの道路工事プロジェクトを阻止」なんて見出しはとんだ飛ばしだったことになってしまう。ここで妖精と団体の関係についてもう少し聞いてみる。
「フレンズ・オブ・ラヴァ内で、この問題と妖精を結びつけている人はどれくらいいるのでしょうか?」

ティナが再び答える。
「よくわかりません。マイノリティであるとは思う。100人中10人から15人でしょうか。少なくとも、現在この団体のチェアマンである、ラグンヒルドゥル・ヨウンスドッティルは妖精に関して本当に真摯です」

ラグンヒルドゥル・ヨウンスドッティルの名前は知っていた。アイスランドに来る前に妖精事件に関するニュース記事をいくつか読んでいたのだが、そこで「アイスランドで一番有名な、妖精とコミュニケーションが取れる人」として紹介されていた女性だ。妖精学校でのマグヌスの授業を踏まえると、最も有名なシャウアンディ=「見える人」ということだろう。

「アイスランドで一番有名な、妖精とコミュニケーションが取れる人」が「環境保護団体のチェアマン」?

日本では到底考えられないようなイコール関係に頭の整理がつかない。

マスメディアの報道に関しても聞いてみたい。この問題が世界中に「妖精事件」として捉えられたことに、二人はどう考えているのだろうか?

ティナ「この問題の本当の論点がうやむやになってしまった、とは感じています。『妖精についての問題』というセンセーショナルな情報で、さまざまな要素の絡んだこの問題が単純化されてしまったように感じます

グンナルも答える。
「私も同じ意見です。妖精の話ばかりがフォーカスされることによって、純粋な自然保護を含めた他の問題が陰に隠れてしまったのではないか、と思います」

やはりこの問題を「妖精事件」と捉えるのは単純化が過ぎるということだろうか。ならば、二人は妖精についてはどう考えているのだろうか? 妖精が見えるという、ラグンヒルドゥルのような人に対してはどういう考えを持っているのだろうか? そんなことを聞いてみる。

信じる/信じないを否定し合わないアイスランドのオープンマインド

「お二人は妖精を信じているのですか?」

ティナが答える。
個人的には信じていないです。しかし、妖精というものの考え方自体には敬意を持っています。自然保護、という考えとは大きな共通点があると思う

グンナルが答える。
「私も全く同じで、個人的には信じていないけれども、そういった考え方自体には敬意を持っている。自分たちはそういった物語の中で育ってきた」

ここまでの会話、質問の流れからすれば、二人が妖精を信じていないということは容易に推察できたし、実際にその通りの答えが返ってきた。

しかし、「妖精と自然保護の共通点」とは?

詳しく突っ込めばよかったが、この時点ではまだそこまで考えが至らなかった。しかし、「妖精」という存在ではなく、「妖精という考え方」という言い回しを二人がしていたのは凄く印象的だった。続けて質問をする。

「お二人は『シャウアンディ』と呼ばれる、実際に妖精を見たり、コミュニケーションが取れるという人々についてどう考えますか?」

二人が答える。

「私たちはその考えを尊重します。アイスランド人は『そんなこと有り得ない』とは言いません。オープンマインドなんですよ」

オープンマインド。日本ではあまり聞きなれない言葉だ。「Open-minded」をケンブリッジ英英辞書で引くと、「willing to consider ideas and opinions that are new or different to your own」と出てくる。
直訳すれば、「新しかったり、自身とは違うアイデアや意見を積極的に思い巡らす」というような感じだろうか。積極的に思い巡らすというのはなんとなく噛み合わせが悪い気もするので、「自分にとって聞きなれなかったり、自分のものとは対立するようなアイデアや意見に関しても即座に否定したり拒絶したりせず、『そういう可能性もあるんじゃない?』と思考の要素に取り入れる」みたいな感じだとよりわかりやすいだろうか。

そういった「オープンマインド」という考え方は、常にギスギスして、いつも吊し上げの標的を血眼になって探しているSNSやワイドショーに疲弊してしまった自分の心にもすっと響いてきた。

インタビューを終え、帰路に就く。時刻はすでに17時に近くなろうとしていた。空は、雪混じりの地面は水色から深い紺色へと色を変えていく。新設の無機質な道路を街灯が照らし始める。アウルフターネス半島から湾を挟むとレイキャヴィークの街の中心の一端が見える。不気味なほど静かな海だ。そしてその向こうにはほんのりと灯りが見える。

近所に住んでいるというグンナルと別れ、中心街までティナとバスで帰ることになった。

帰り際、ティナはこんなことを言った――。

「妖精が見えると主張する人や、過去の妖精が深く信じられていた時代。妖精を信じる人や、信じていた人の気持ちはわかる気がします。かつてアイスランドには、人口が少なくほとんどの人が貧しい時代がありました。その時代に馬を持つ余裕のあった人間はそこまでいなかった。多くの人は離れた村や農家に、徒歩でしか行くことができなかったのです。そんな中、とてつもない天気と、とてつもなく過酷な地理的条件の中で冬に移動する中、岩の中に何かが住んでいる、といった発想に至ったのも仕方がないことではないのでしょうか。

たとえ妖精を信じていなくても、アイスランド人の多くはこういった伝承を聞いているはずです。彼ら妖精によく尽くせば、彼等も我々によくしてくれる。彼ら妖精に悪意を持てば、彼らも悪意を持つ。そんな話はみんな聞いているはずです」


次回第7回は6月1日に公開予定。お楽しみに!

文/小川周佑(写真家・ライター)

小川周佑(写真家・ライター)/大学在学中にバックパッカーとして南米・中東・アフリカなどを旅し、卒業後は各国の歴史的事件・文化・民族を取材する写真家・ライターに。2015年インド-バングラデシュの国境線変更と、それに伴い消滅した「謎の飛び地地帯」を日本人として唯一取材。2018年謎の妖精「Huldufólk」にまつわる事件、信仰の現状を取材にアイスランドへ。

過去連載記事
第1回「日本語文献がほとんどない“アイスランドの妖精”に興味を持った理由」
第2回「いざレイキャビクへ 妖精学校なるものに入学してみた」
・第3回「ティンカーベルとは程遠い!?アイスランドの妖精目撃談」
・第4回「妖精学校校長に聞く:なぜあなたは妖精を信じるのか?」
・第5回「アウルフターネス妖精事件とは何だったのか」


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