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第7回「アイスランド人にとって妖精とはどんな存在?」連載|謎多きアイスランド 妖精と民俗文化ルポ(小川周佑)

旅ライター小川周佑氏による連載「謎多きアイスランド 妖精と民俗文化ルポ」。今回は第7回目の記事です。


「妖精の家」と「妖精の教会」

取材を続けている「アウルフターネス妖精事件」において、まだしっかりとした説明をしていないものが一つある。

「妖精の教会」だ。

読者の方々の中には、「妖精の家」の代わりに唐突に出てきた「妖精の教会」というものに疑問を抱いたまま、もしくは「妖精の家」というものもきちんと整理できていない状態の可能性もあるかもしれないので、ここであらためて説明をする。

妖精学校に行った際、マグヌスは授業で「フルドゥフォルクは大体大きな岩や崖に住む」と言っていた(第3回記事参照)。その中でも、一般のアイスランド人を含め、「妖精の家」と認識されるものは大きな岩の場合が多い。大きさはさまざまだが、平均的な高さが80cm〜1mぐらいの印象だ。それらは街中にも唐突に出現し、一種異様なオーラを放っている。

一方で、「妖精の教会」と考えられているものもある。これも外観上は大きな岩の場合が多い。「妖精が祀られている教会」ではなく、「妖精が実際に使用する教会」という位置付けがされており、サイズとしては「妖精の家」よりも大きめな場合が多い。ツングスタピと呼ばれる教会は、山と見紛うぐらい大きかったりする

妖精の教会と呼ばれているツングスタピ(筆者撮影)

ただ、両者を分ける外観には決定的な差異というものはなく、どのように区別されるかはその時々の状況次第といった面が大きい。

今回の「アウルフターネス妖精事件」(第5回記事参照)で争点となった教会には、「オーフェイスキルキャ(Ófeigskirkja)」という名前がつけられている。

これも他の「妖精の教会」と同じように外観は大きな岩だ。これが新道路の計画上にあり、道路敷設のためにこの教会を破壊しなければならないことが、事件の大きな論点になった。

結局この「オーフェイスキルキャ」はどうなったのか?

結論から先に言えば、この教会はもとの位置に完全に保存されたわけでも、完全に破壊されたわけでもない。
移設されたのだ。
それも重機を使い、わざわざ2回に分けて移転先に移設されたという。

今回の事件が、ティナやグンナルの考えるように純粋な環境保護の問題に近いものだとしたら、なぜ当局はここまでのことをしたのだろうか?

グンナルはこんなことを言っていた。
「いくらかの人はこれは大きな問題だと考えているからです。行政側が何もやらないよりはよい、自然保護団体へのアピール、対外的なプロパガンダとして使っているんだと思います」

何となくわかるような気もすれば、腑に落ちない部分もある。

環境保護団体「フレンズ・オブ・ラヴァ」前委員長にインタビュー

より深い取材をするために、二人から紹介してもらった「フレンズ・オブ・ラヴァ」前委員長、グンステイン・オウラフソン氏にインタビューをすることにした。普段の仕事はなんと音楽指揮者だ。クラシックやオペラなどの指揮を長年行い、音楽教師として後進の育成もしている。シグルフィヨルズル・フォーク・フェスティバルというアイスランド北部での音楽フェスティバルの設立者でもある。一方で、アウルフターネスでの新道路建設に反対する記事を新聞に書き始めたのがきっかけで、「フレンズ・オブ・ラヴァ」に参加。組織の委員長の座を1年務めた。

フレンズ・オブ・ラヴァの委員長をつとめていたグンステイン・オウラフソン氏

彼の家は、事件が起きたまさにその現場のアウルフターネス半島にあった。閑静な住宅街の中にある一軒家だ。この日のレイキャヴィクは快晴で、冬の日差しが雪景色を強く照らしていた。

グンステイン氏に会う。眼鏡をかけた細身の中年男性で、大人しそうではあるが譲れない芯のようなものが感じられる人物だった。

温かいコーヒーを飲みながら、早速インタビューに入る。やや妖精とは離れた論点も出てきてしまうのだが、彼の主張を片手落ちにしないためにそれも可能な限り掲載することにした。

なぜ道路建設に反対したのか

小川「新しい道路がガウルガフロインの溶岩台地の景観を破壊してしまうのが、『フレンズ・オブ・ラヴァ』の抗議活動の理由と聞いたのですが?」

グンステインが答える。

「私たちの国にも自然保護の法律がある。ある特定の山、地域などは保護地域とされ、その地域における道路・住居建設などが原則的に禁止されるのだ。また、将来的に保護地域認定を受けることになっている地域もある。ガウルガフロインの溶岩台地のうち、古い道路から海に至る部分は、そんな『将来的に保護地域認定を受ける場所』のうちの一つだったのだ。
問題は、それが『どんな種類の保護認定を受けるか』どうかのみであった。国立公園になるのか、ただの保護地域になるのか、屋外での活動のための保護地域になるのか。そして、いずれにしても、『将来的に保護認定を受ける』地域に関しては、私の意見ではそこに道路を建設するのは違法だと考える。

ガウルガフロインを管轄するガルザバイルの市当局は、古い道路の危険性を新道路建設の根拠としていた。しかし、我々は古い道路の改修・改良で現状の道路の危険性は克服できると考えていた。

だが市当局は、溶岩台地での道路建設だけでなく、それに伴う住宅建設をも決定したのだ。当初の計画では、溶岩台地を十字状に切り裂き、真ん中にラウンドアバウトを建設するような形で二本の道路が敷設され、さらにそれに面して大量の住宅が建設される予定だった。私や私の仲間が主に道路建設に反対してた理由の一つは、こういった過度に溶岩台地が破壊される計画が、全く合法的なプロセスを経ることなく行われてしまうからなのだ。

妖精はアイスランドの文化の一部

そしてもう一つの争点は、新しい道路が、妖精の教会とされた大きな岩(オーフェイスキルキャ)を破壊してしまうということだ。私自身には妖精は見えないが、そういった類のものの存在を見ることができる人々がいる。

我々はこの『溶岩台地における道路・住居建設の違法性』と、『妖精の教会の保護』の二つを反対のための基準とした。後者に関しては、我々の文化を守るためである。この国には古くから多くの妖精に関連する話がある。妖精によって人が助けられたり、人が妖精を助けたり、人間が自分の住んでいる場所を離れ、妖精の世界で暮らし始める話などもある。これは我々アイスランド人の、数世紀にわたる文化的遺産の一部なんだ。

私はコウパヴォーグルというレイキャヴィーク近郊の街に住んでいたが、そこには『妖精の道』という道路がある。そこには妖精が住むと言われる小さな丘があり、『妖精の丘』と呼ばれている。道路拡張の工事の計画が立ち上がり、丘を削ろう、となったことがあったのだが、全ての重機が壊れてしまった。しかもそれは一度ではなく頻繁に起こった。

またこんな昔話がある。「妖精の岩」を壊したり周りの草を刈ろうとした時、遠くの教会が火事になっているのが見えた。

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当然目撃者は教会に向かって駆けつけるが、近くにいると何も起こってない。しかしもとの場所に帰ってまた「妖精の岩」や周りの草の作業に取りかかろうとすると、また遠くの教会が火事になってるのが見える。そしてまた教会に向かって駆けつけるのだが、やはり近くに行くと何も起こっていない。

妖精たちは自分達の生活や平和を邪魔されたくないし、そして人間達は彼らの生活を邪魔したり、ましては破壊してはいけない、という信条のようなものがアイスランド人にはある。私自身には妖精たちは見えないし、こういった話を読んだことがあるだけだが、これは私たちアイスランド人の文化の一部なのだ。『妖精を信じているか、信じていないか』が問題ではなく、これはアイスランドの文化の一部なのだ。そのことは否定できない。

アイスランド人はどんな人も彼らに対する話を知っている。私たちは「妖精の教会」があることを再三抗議上で指摘した。しかし、海外の報道などにより、いつしか我々の抗議活動の2つの軸をなす『自然保護と道路建設の違法性』『妖精文化保護』の両輪から前者が抜け落ちてしまい、『妖精の岩のために活動してる団体』のように捉えられるようになってしまった。それは正しくない。結局地方当局は、道路建設後になって初めて当該溶岩台地を保護区域に指定した。

抗議活動によって当初の建設計画は変更され、新道路の建設は1本のみ、溶岩台地を覆うはずだった住宅群も数軒が建つのみとなった。溶岩台地を覆うように作る予定だった(両岸に防音のための人工的な丘を作る)道路も、溶岩間の溝に作られることになった。私たちの抗議活動によって、当初の変更は完全に変更されたのだ」

ここまで一気にグンステインは捲し立てた。


アイスランドにおいて妖精がどのような存在なのかか明らかになってきた。次回第8回の記事は6月20日公開予定です。お楽しみに!

文/小川周佑(写真家・ライター)

小川周佑(写真家・ライター)/大学在学中にバックパッカーとして南米・中東・アフリカなどを旅し、卒業後は各国の歴史的事件・文化・民族を取材する写真家・ライターに。2015年インド-バングラデシュの国境線変更と、それに伴い消滅した「謎の飛び地地帯」を日本人として唯一取材。2018年謎の妖精「Huldufólk」にまつわる事件、信仰の現状を取材にアイスランドへ。

過去連載記事
第1回「日本語文献がほとんどない“アイスランドの妖精”に興味を持った理由」
第2回「いざレイキャビクへ 妖精学校なるものに入学してみた」
・第3回「ティンカーベルとは程遠い!?アイスランドの妖精目撃談」
・第4回「妖精学校校長に聞く:なぜあなたは妖精を信じるのか?」
・第5回「アウルフターネス妖精事件とは何だったのか」
・第6回「アウルフターネス妖精事件:当事者の環境保護団体のメンバーに聞く」


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