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第8回「共通するのは『妖精に対する敬意』」連載|謎多きアイスランド 妖精と民俗文化ルポ(小川周佑)

旅ライター小川周佑氏による連載「謎多きアイスランド 妖精と民俗文化ルポ」。今回は第8回目の記事です。


妖精が見える人がウソをついているとは決して思わない

グンステイン(環境保護団体「フレンズ・オブ・ラヴァ」前委員長)の話を額面どおりに受け取れば、「過激な妖精信奉者が道路工事を止めた」という記事も、「そんな記事は嘘っぱちで、今のアイスランドにまともに妖精を信じている人なんていない」というのも、どちらも随分偏った主張のように感じる。しかし彼は妖精に関しては、「こんな話を聞いたことがある」「アイスランド人は〜と思っている」というような、伝聞系の話や概括的な話しかしていない。翻って、グンステイン自身が妖精や、「妖精を見えると主張する人」に関してどのような思いを抱いているか聞いてみる。

小川「グンステインさんご自身は妖精を信じているのでしょうか?」

グンステイン「妖精に紐づけられた文化がこの国に存在する、ということに関しては疑いなく信じている。特に昔の、もっと自然が身近で、田舎に住んでいて、自然に敬意を今とはまったく違う形で払っていた時代では、妖精みたいなものを信じることはなんにも不思議ではない。妖精に敬意を払うべきであり、トロールに畏敬の念を抱くべきであるような環境で、自分の幼年期を形成していったのだから。

環境保護団体「フレンズ・オブ・ラヴァ」前委員長・グンステイン氏

私自身、子供に『このお話は妖精に関して』といった形で話をすることはあるが、それが必ずしも妖精を信じていることとは同一の意味ではない。「妖精の丘」みたいなものを子供と見たときも、『これが妖精の丘』だよ、と伝えはするが、それは妖精の存在を信じなければならない、という意味ではない。だから、子供達には、「妖精はいる」とは言ったことがない。しかし、これは我々の国の文化であり、尊敬しないとならないものだ。もし誰かが『これは妖精の教会』だと言ったら、絶対に私はそれを壊そうとしたりしない。絶対にだ」

小川 「シャウアンディ(妖精が見えると主張する人)について、どう思っているのでしょうか」

グンステイン「特に意見はない。ただ尊敬する。何人かの人はとても繊細で、他の人が見えないものが見えてしまう。それを私は尊敬する。そして、我々のなかには妖精だけではなく、死者を見ることができる人もいる。私自身はよくわからないが、そういった人達が間違っているとか、嘘をついているだとかは絶対に言えない。そういった目撃談を話している人が何人もいるからだ。

小さな子供達が、『こんな人がいるんだけど! 誰なの?』と言ってるのに、周りの大人達には誰にも見えない――なんて話も昔からよくある。だけどもその子供達がウソをついてるなんて言えない。彼らは実際に何かを見て、それを周囲に話しているのだ」

グンステインの取材が終わった。

ライ麦の香りが高い黒パンをいただき、白黒の斑模様の聡明そうな猫としばし戯れ、帰路についた。

共通するのは「妖精に対する敬意」

ここまで、3人の「フレンズ・オブ・ラヴァ」のメンバーへのインタビューを通して、その言葉から「アウルフターネス妖精事件」だけでなく、そもそもアイスランド人が妖精に対してどんな考えを持っているか、というような部分までが少しずつわかるようになってきたと感じていた。

インタビューしたフレンズ・オブ・ラヴァのメンバー。左からティナ、グンナル、グンステイン

同じ組織にいながら3人の妖精に対するスタンスは異なっているが、共通していると言えるのは、「自身が妖精を見える/見えないに関わらず、妖精に対する素朴な敬意を持つ」という部分であることは間違いないように感じる。そしてそれはファンタジーやスピリチュアルの世界というより、むしろアイスランドに脈々と受け継がれる文化・民俗という視点から尊重している。

アウルフターネス妖精事件に関しても、妖精に対する思い入れのレベルはさまざまであっても、抗議活動が「溶岩台地保護のための新道路開発阻止」「アイスランドの文化である妖精の教会の保護」という両輪から成り立っており、海外メディアには後者ばかりが喧伝されてしまった、というのが共通認識のようだ。

しかし、同じコミュニティ、特に同じ目的を持ったNGOのようなものに籍を置くということは、それだけでも一定程度は構成員の価値観が似通ってくるようなものだというのは、時代や国を問わず言えることだと思うし、この3人の意見だけをもってアイスランド人の妖精観やアウルフターネス妖精事件の真相、みたいなものをふらっとやってきた日本人が断定してしまうのは危険極まりない。

そして、「妖精の教会」の移転に関して、グンステインはこんなことを言っていた。

小川「今回の事件において、妖精の教会”オーフェイスキルキャ”は重機を使い、2回に分けて移転先に移設されたと聞きました。誰がそのようなことを決めたのでしょうか?」

グンステイン「アイスランド道路管理局が、実際の決定に関わっている。“妖精の教会”の移転を決定したのも当該組織だ。しかし、その岩の移転時に、あまりに重量が重すぎたため、岩は2つの部分に裁断され、そして移転先で接合されることになった。結局裁断されているわけだから、岩には大きな割れ目ができてしまった。残念なことだ。道路管理局は『いいことをした』と思ってるんだろうが、現実問題岩が破壊されたことに変わりはないし、バカバカしいことだ

妖精の教会の移転を決めたのはアイスランド道路管理局。
グンステインのいう言葉が事実だとするならば、道路管理局側の人間に、この事件についてもっと突っ込んだ話を聞かねばならない。(つづく)


第9回「妖精事件で市民団体と対立した道路管理局:その主張」に続く。

文/小川周佑(写真家・ライター)

小川周佑(写真家・ライター)/大学在学中にバックパッカーとして南米・中東・アフリカなどを旅し、卒業後は各国の歴史的事件・文化・民族を取材する写真家・ライターに。2015年インド-バングラデシュの国境線変更と、それに伴い消滅した「謎の飛び地地帯」を日本人として唯一取材。2018年謎の妖精「Huldufólk」にまつわる事件、信仰の現状を取材にアイスランドへ。

過去連載記事一覧

第1回「日本語文献がほとんどない“アイスランドの妖精”に興味を持った理由」
第2回「いざレイキャビクへ 妖精学校なるものに入学してみた」
・第3回「ティンカーベルとは程遠い!?アイスランドの妖精目撃談」
・第4回「妖精学校校長に聞く:なぜあなたは妖精を信じるのか?」
・第5回「アウルフターネス妖精事件とは何だったのか」
・第6回「アウルフターネス妖精事件:当事者の環境保護団体のメンバーに聞く」
・第7回「アイスランド人にとって妖精とはどんな存在?」


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