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2022年2月の記事一覧

論語「其の言を之れ怍ざれば」憲問第十四 21

「子曰く、其の言を之れ怍ざれば、則ち之を為すや難し。」論語 憲問第十四 21

先生がこう述べた。
"自分が言ったことを恥ずかしいと思うくらいでなければ、これを成し遂げることは難しいだろう。"

論語「衛の霊公の無道なるを言う」憲問第十四 20

「子、衛の霊公の無道なるを言う。康子が曰く、夫れ是くの如くんば、奚にしてか喪なわざる。孔子曰く、仲叔圉 は賓客を治め、祝鴕は宗廟を治め、王孫賈は軍旅を治む。夫れ是くの如くんば、奚んぞ其れ喪なわん。」論語 憲問第十四 20

先生が衛の霊公の無道について述べた。
康子(魯の国の大夫)が
衛が滅びない理由を尋ねたところ
先生はこう答えた。
"仲叔圉が外交を行い、
祝鴕が内政を行い、
王孫賈が軍を統率し

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論語「大夫僎、文子と同じく公に升る」憲問第十四 19

「公叔文子の臣、大夫僎、文子と同じく公に升る。子これを聞きて曰く、以て文と為すべし。」論語 憲問第十四 19

公叔文子(衛の大夫。呉の季札に君子と評された)の家臣である僎は、文子の推薦により文子と同じ位である衛の大夫となった。

これを聞いて先生はこう述べた。
"公叔文子は “文” の名にふさわしい人だ。"

「文子」とは、死後に贈られる諡号のこと。徳を持った人物に贈られる諡号で、諡号の中でも最

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論語「管仲は仁者に非ざるか」憲問第十四 18

「子貢が曰く、管仲は仁者に非ざるか。桓公、公子糾を殺して、死すること能わず。又たこれを相く。子曰く、管仲、桓公を相けて諸侯に覇たり、天下を一匡す。民、今に到るまで其の賜を受く。管仲微かりせば、吾其れ髪を被り衽を左にせん。豈に匹夫匹婦の諒を為し、自ら溝涜に経れて知らるること莫きが若くならんや。」論語 憲問第十四 18

子貢がこう述べた。
"管仲は仁者ではないと思います。主君である公子糾が桓公に殺さ

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論語「桓公、公子糾を殺す」憲問第十四 17

「子路が曰く、桓公、公子糾を殺す。召忽これに死し、管仲は死せず。曰く、未だ仁ならざるか。子曰く、桓公、諸侯を九合して、兵車を以てせざるは、管仲の力なり。其の仁に如かんや、其の仁に如かんや。」論語 憲問第十四 17

子路がこう述べた。
"斉の桓公(斉の君主)が公子糾(桓公の兄)を殺した時、召忽(公子糾の臣。管仲の同僚。)は殉死しましたが管仲(当時は公子糾の家臣、後に斉の宰相)は殉死しませんでした。

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論語「晋の文公は譎りて」憲問第十四 16

「子曰く、晋の文公は譎りて正しからず。斉の桓公は正しくして譎らず。」論語 憲問第十四 16

先生はこう述べた。
"晋の文公は謀略を用いて正道によらなかった。
斉の桓公は正道を行い、策謀を用いなかった。"

晋の君主、文公
斉の君主、桓公。
共に春秋時代の覇者。「斉桓晋文」と称されるほどの春秋時代の名君。同じ覇者でも大きな相違がある。

文公は、亡命公子として長年諸国を放浪した後、帰国して君主とな

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論語「子、公叔文子を公明賈に問いて曰く」憲問第十四 14

「子、公叔文子を公明賈に問いて曰く、信なるか。夫子の言わず、笑わず、取らざること。公明賈対えて曰く、以て告す者の過なり。夫子、時にして然る後に言う、人其の言うことを厭わざるなり。楽しみて然る後に笑う、人其の笑うことを厭わざるなり。義にして然る後に取る、人其の取ることを厭わざるなり。子曰く、其れ然り。豈に其れ然らんや。」論語 憲問第十四 14

先生が公叔文子(衛の家臣)のことを
公明賈(衛の大夫、

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論語「子路、成人を問う」憲問第十四 13

「子路、成人を問う。子曰く、臧武仲の知、公綽の不欲、卞荘子の勇、冉求の芸の若き、これを文るに礼楽を以てせば、亦以て成人と為すべし。曰く、今の成人は、何ぞ必ずしも然らん。利を見ては義を思い、危うきを見ては命を授く、久要、平生の言を忘れざる、亦以て成人と為すべし。」論語 憲問第十四 13

子路が立派な人物について尋ねた。
先生はこう答えた。

"臧武仲(魯の大夫)の知、
孟公綽(魯の大夫)の無欲、

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論語「貧しくして怨むこと無き」憲問第十四 11

「子曰く、貧しくして怨むこと無きは難く。富みて驕ること無きは易し。」論語 憲問第十四 11

先生がこう述べた。
"貧しい者が
天や人を恨まないようにする
ことは難しいが、
富む者が
わがままな行いをしないようにする
ことはたやすい。"

論語「或る人子産を問う」憲問第十四 10

「或る人子産を問う。子曰く、恵人なり。子西を問う。曰く、彼れをや、彼れをや。管仲を問う。曰く、この人や、伯氏の駢邑三百を奪い、疏食を飯いて歯を沒するまで怨言なし。」論語 憲問第十四 10 

ある人が子産(鄭の宰相)について尋ねると
先生はこう答えた。
'彼はよい人だ。'

次に子西(楚の公子で宰相)について尋ねると、
先生はこう答えた。
'彼はそれなりだ。'

次に管仲(斉の宰相)について尋ねる

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論語「これを愛して能く労する」憲問第十四

「子曰く、これを愛して能く労すること勿からんや。忠にして能く誨うること勿からんや。」論語 憲問第十四

先生がこう述べた。
"愛する者には、苦労をさせなさい。
その人のために、教え諭しなさい。"

論語「君子にして不仁なる者」憲問第十四 7

「子曰く、君子にして不仁なる者あらんか。未だ小人にして仁なる者あらざるなり。」論語 憲問第十四 7

先生がこう述べた。
"人格者の中にも不仁な者がいないとはいえない。しかし人格の低い者はすべて不仁である"

論語「羿は射を善くし」憲問第十四 6

「南宮括、孔子に問いて曰く、羿は射を善くし、奡は舟を盪す。倶に其の死を得ず。禹と稷とは躬ら稼して天下を有つ。夫子答えず。南宮括出ず。子曰く、君子なるかな、若き人。徳を尚べるかな、若き人。」論語 憲問第十四 6

南宮括(孔子の門人)が先生に尋ねた。

"羿は弓を射るのがうまく、奡は舟を動かすほど力が強かったが、二人とも殺されてしまいました。しかし、禹(中国の伝説上の聖帝)と稷(周武王の先祖)は自ら

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論語「徳有る者は必ず言あり」憲問第十四 5



「子曰く、徳有る者は必ず言あり。言有る者は必ずしも徳あらず。仁者は必ず勇あり。勇者必ずしも仁あらず。」論語 憲問第十四

先生がこう述べた。
"徳のある者は必ず善いことを言うが、
善いことを言う者に徳があるとは限らない。
仁者には必ず勇気が具わっているが、
勇気のある者に仁があるとは限らない。"