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あなたは今、何時を生きていますか?


「救急救命士として現場に出動できるのは、あと何年だろうか。」

昼休み。同僚の救急救命士とそんな話をしながらコーヒーを飲んでいた。
僕の消防歴はおよそ15年。チームの責任者は大体40歳前後で、副署長が45歳前後。

副署長くらいの職になると、救急車に乗ることはなくなってしまう。一つ一つの事案より、消防署全体をマネージメントする立場になるからだ。

もし私がこのまま順調に階級が上がったとすると、救急隊として現場に出動できるのは、最短で5年といったところか。

こう考えるとなんだか憂鬱な気持ちになってしまう。

そうか・・・。
あと5年で救急車から降りる日がきてしまうのか・・・。


救急隊は、救急隊長になってからが一番面白い。


私の尊敬する救急救命士からそのように教わったことがあるが、まさにその通りだと思っている。

言い方は悪いかもしれないが、
「隊員を使う側」と「隊長から使われる側」はやっぱり違うのだ。
これまでの消防人生で、今が一番楽しいと思われる仕事をしている私。

それなのに今は、
救急隊長を楽しむということよりも、救急車を降りることの不安が日に日に大きくなっている。


心肺蘇生法の講習会で講師として招かれたある日、私は校長室にいた。


小学生の時にもっとも疎遠だった部屋。それが校長室。
学校の友達が校長室に呼ばれたと聞くと、もうそれは一大ニュースになった。

「〇〇くん校長室に呼ばれたらしいよ。さっき先生と廊下で歩いてた。」
「おいおい、あいつ何したの?」
「学校辞めるんじゃね?」
「まじ?」
「事件じゃん!事件!」

そのくらいインパクトのある部屋。それが校長室。

掃除の時にちょっとだけのぞいたことがある。
大きな机と黒くて大きなソファー。壁には歴代の校長先生がずらりと顔を揃えているなんとも言えない部屋だ。

そんな不気味で特別な部屋に、今私いる。
向かい合っているのは校長先生、それから担任の先生。
とても不思議な気分だ。
私はお願いされた立場だから当然上座に位置しているし、校長先生がとても気を使ってくれている。
テーブルの上にはいい香りのするコーヒーが湯気を漂わせている。
僕も大人になったんだな。あの頃の僕と友達に言ってやりたい。
校長室ってフツーの部屋だ。

校長先生「救急隊さんも大変ですね。出動も多いでしょ?」
私「そうですねー。でもあと5年くらいですかね。私が救急車に乗れるのも。」
校長先生「ほほー。世代交代というやつですね。」

講習会まで時間があったので、校長先生とそんな話になった。
私の救急隊人生は今がとても充実して楽しいこと。
でもあと5年で終わってしまうこと・・・。校長先生の巧みな話術で、何気ない世間話から、人生相談にまで発展してしまっていた。

校長先生「この前、PTAの保護者さんにしたお話があるのですけど、ちょっと時間があるから聞いてもらえませんか?」
校長先生は、私の返事も待たずに後ろにあったホワイトボードを引き寄せ、大きな字でこう書いた。

「私は55歳です。これを24時間で考えると、だいたい夕方の4時過ぎになりますね。5時過ぎには退社しますから、私の教育者としての仕事はあと1時間と少し。大詰めですね。これまで集大成を今後にどう繋げるか考える時間帯にいます。」

校長先生は一旦背伸びをして、説明を続けた。

それでね隊長さん・・・。
保護者の方にはこうやって説明するんですよ。

「小学1年生は夜中の2時です。お父さんやお母さんと一緒の布団の中。いろんな夢を見る時期ですね。6年生は朝の4時です。おしっこに起きるかもしれませんが、また布団に戻るでしょう。高校生でようやく6時、成人で7時前。朝ごはん食べて家族から離れる時間帯になります。」

どうですか隊長さん。

この話、どう思いますか?

私が言いたいことわかっていただけますか?

校長先生が言いたいことはきっとこうだ。

「一生を24時間と考えると小学生のうちはまだ寝ているのだから、いろんな夢を見させて欲しい。保護者も力を抜いて欲しいというメッセージ」。

校長先生「そうなんです。そこなんです。まだ寝てる時期なんですよ子供達は、、、。」

校長先生「なのに、今は塾とかスポーツクラブとかで、遊ぶ暇さえ与えない親がたくさんいるんですわ。まだ夢の中なんですから。もっと夢を見させてほしいと私は思っているんです。」

担任の先生「校長先生、もう救急講習の時間ですよ!」

私「あ、行きます!校長先生。面白い話ありがとうございます。」

もう少し話を聞いていたい。

そう思ったけど仕事は仕事だ。ここで切り上げないと・・。

それにしても、なんで校長先生は僕にこんな話をしたんだろう・・・。

私はどこかモヤモヤしながら、私は心肺蘇生法の会場へと駆け足で向かった。


あのあと、校長先生に会う機会はなかった。

担任の先生に聞くと、出張で出かけてしまったらしい。


夕方になり、家に帰った僕は、
ホワイトボードに書かれたあの文字を紙に書いてみた。

小学生を24時間に置き換えると、まだ夜中だったな。

私は30代半ば。24時間に置き換えるとどうなるんだろう。

えーーと、どうやって計算するんだっけ???

80年を24時間換算で考えるんだから
80を24で割って。。・・・3.3と。

よし。
「1時間でだいたい3歳」年をとるという計算だな。

それで35歳だとすると今は何時を生きていますか・・・と
35歳÷3=11.6


なるほど。
35歳の人で、11時30分くらいを生きている計算になる。
なんだ、、まだ午前中なのか。

11時30分といえば、
午前中の業務を終え、救急出動はすでに数件をこなしているだろう。
昼飯を食べたら13時までは休憩時間だ。

昼休みの時間帯を年齢に置き換えると、36歳から39歳がここに相当するんだな・・。


うーん。こう考えてみると、これからの3年の過ごし方はきっと重要だ。

休憩はそこそこに午前中を振り返り、午後に向けて計画し直すのが普段の昼休みだもんな。

とすると人生でもやはり同じように、これまでの仕事を振り返って、40歳からの自分について考えなければならない時期にきているということ。

先輩の仕事の進捗具合も、後輩の成長も、私がこの3年をどう過ごすかによって大きく変わってくるということか・・・。



次の日


同僚の救急救命士とそんな話をしていると、救急車に乗れる年数なんてすごく小さいことのように感じてきた。

「誰でもいつかは救急車を降りるときはくる。」
「救急車ばかりが救急救命士ではない。」

そんなことで悩んでいるよりも、今しかできないこと、自分が本当にやらなければならいないことを考えるべきで、そのやりたいことを数年のうちには導き出さなければならない。

救急車がどうとか言っている場合ではない。
大事なのは今までの経験をこれからどう活かすかということだ。

私の昼休み。
ただ寝て終わりというわけにはいかないようである。
兎にも角にもまだ私は午前中を生きている。昼からの時間を有意義に過ごすために、冴えた頭でバリバリ働くのが午前中というものだろう。

この歳になっても校長室はやっぱり特別な存在だったな・・・。


「ピーーーーーーーーー!!!!救急指令、救急指令。」


「よし。行くか!」
「はい!」

私は半分以上残った缶コーヒーをそのままに、
救急服を羽織って、救急車に乗り込んだ。


最後までお読みいただきありがとうございます。
80年=24時間
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