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【介護作文】介護の手当て

【1000字】【作文】【福祉】【エッセイ】


「背中が痛い……どうにかしてほしい」


 主治医よりもう長くないことを告げられたMさんの小さく悲痛な声だった。Mさんは私が勤務するサービス付き高齢者向け住宅に入居している高齢の女性だ。身体は細くて、背も小さい。どこか気品のある物腰で、服の趣味も良い素敵な人だ。認知症によるもの忘れなども少なく、スタッフともよくコミュニケーションをとっている。そんなMさんが、がんの進行によりベッドで寝たきりになって一週間が経つ。この頃にはもう、食事や水分を摂ることも困難になっていた。


 細い身体から浮き出た背骨は褥瘡を誘引している。家族、介護支援専門員、主治医、訪問看護、訪問介護、福祉用具事業者など、関係者で連携を密にとり、体位交換の時間の調整、クッションでのポジショニング、エアーベッドの使用など、できるだけ本人が安楽に過ごせるように工夫を行っていた。それでも、Mさんの背中の痛みの訴えは続いている。
 体位変換の際に、Mさんに声かけをする。意識は朦朧としてきており、返事が返ってくることは少なくなっていた。
しかし、体位変換のタイミングで


「背中が痛いの……」


と、か細い声で訴えることが何度もあった。
時間は深夜二時、入居した頃のMさんより、その姿はもっともっと小さく見える。


「Mさん、背中のどこが痛いですか?」


褥瘡に留意しながら背中に手を当て、さする。そうするとMさんは小さく微笑んだ。


「ああ、すごく楽になる。ありがとう」


 はっきりと、そう答えた。圧抜きなどで心地よさを伝えられる入居者はこれまでもいたが、Mさんに関してはそれと違う印象を受けた。
 痛み止めを使ったわけでもない、処置をしたわけでもない。この「ただ、手を当てる」だけでMさんの苦痛が軽減されたように感じた。


 以降、Mさんのご逝去まで同様の訴えがあると、その度にこの手当てを行った。苦痛の表情が和らぎ、少しではあるが会話ができた時もあった。乾燥していく口内をケアしている時にふっと手を握ってこられ「あなたの手、あったかいわね」と、涙を流しながら話された場面は今でも忘れることができない。私の手からMさんへ、Mさんの手から私へ、伝わるものが確かにあったのだ。


 介護の手当てといえば何を指すのか。私は、「手を通して伝える」「手を通して受け取る」「手を通して寄り添う姿勢を持つ」ことが介護の手当てだと考える。


 このコロナ禍以降の介護は、もしかしたら形が変わっていくのかもしれない。それでも、知識や技術だけでなく、私達の手ひとつで出来るケアの形があることを忘れてはならない。例え、ゴム手袋越しでも伝わるはずだ。今だからこそ届けてほしい。私たちの、手のぬくもりを。


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 ご覧いただきありがとうございました。こちらの文章は老施協主催の第13回介護作文・フォトコンテストの作文・エッセイ部門に応募したものになります。落選しています()

 それでも、現場に携わっていたものとして伝えたい想いがあるので、ここに載せておこうと思います。


 キャッチフレーズ部門にもついでに応募していました。

「イイネやスキを、たくさん届ける仕事です」

 と、書いてた気がする。(細かい部分忘れた)

でもまぁ、自分の体験談を書くことは少ないので、良い経験になりました。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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