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思いっきり声を出して始めることができるだろうか|5/12〜5/18

緊急事態宣言のなかで始めた日々の記録。火曜日から始まる1週間。ステイホームのリモートワーク。仕事と生活のあわい。言えることもあれば言えないこともある。ほぼ1か月前の出来事を振り返ります。

2020年5月12日(火) 自宅

終日在宅。Zoomで会議は3本。最後の1本はリスケとなる。オンライン会議の難しさが見える。パーツの精度をあげることは出来るけれど、全体のことを進めるのがオンラインだと難しい。パーツを組み上げれば全体が出来るわけではない。気持ち、気分、トーン、塩梅。実際に会うことで共有されていた非言語の何か。精緻に言葉を駆使すれば共有可能なものなのかもしれない。でも、技術や時間、手間がかかる。会ってしまえば早い。そう体感的に理解しているものを、オンラインベースの動き方に馴染ませるには、もう少しその正体を知る必要がありそう。そうしなければ仕事はどんどんと個別化していくしかなくなってしまう。

2020年5月13日(水) 自宅

Zoomでジムジム会。(東京アートポイント計画の共催事業のスタッフ)40人以上が参加。ギャラリービューで2画面に分かれる。全員の顔は見えない。発話した人の位置が変わる。1時間半くらいで集中力が切れそうになる。大人数がオンラインで全員発話できる状態にいるのは難しい。間合いが分からない。全員の顔が平等に写っているのもあるのかもしれない。聞くだけで、その場にいる人がいてもいいのだと思う。
オンラインだと表示されないと「いる」ことにならない。そもそも、そこにアクセスすること自体が「いる」ことの意思表示から始まっている。表し、示す…。まじまじと「表示」の字面を眺めてしまう。
メディアを介することはインターフェイスで、自らの存在が左右される。画面ならば写っているか。メールやSNSならば文字を書いたかどうか。「いる」ことの表示方法がある。
対面では発話しないけれど「いる」ことがある。何かを考えている。頭のなかでは言葉が満ちている。声には出ない内的な会話がある。誰かの話を公の場で聞くことは、この内的な対話を触発することでもあるのだと思う。その場で、手を上げて、声を出すだけがリアクションではない。時間をかけてうまれる言葉もある。「表示」し合うだけがコミュニケーションではない…。
オンラインでのコミュニケーションが増えることで、いままでオフラインでどんなコミュニケーションをしていたかをよく考えるようになった。

2020年5月14日(木) 市ヶ谷

1週間ぶりの出社。半袖で家を出たけれど、少し肌寒い。朝の電車は満員ではないけれど、席は埋まるほどに人がいる。GWを過ぎた頃から気分が緩んできた。けれど、小学校の休校は続く。今週は家庭学習の時間割が送られてきた。保育園の登園自粛要請も変わらない。余裕がない。周囲の雰囲気と体感のギャップ。首都圏の緊急事態宣言が31日まで続くとすれば、この2週間が正念場になりそう。夕方に首相会見。39県の緊急事態宣言が解除された。8都道府県も21日に状況を見て判断するのだという。
終日、ASTT(Art Support Tohoku-Tokyo)の契約書類作成に集中。あっという間に時間が過ぎる。夕方からZoomで「ぐるぐるミックス in 釜石」の打合せ。総勢10人。今年度の動き方を議論する。例年ならば9月末から10月頭に(きむらとしろう)じんじんさんがかまいしこども園でぐるぐるミックスをし、大槌や釜石で「野点」をする。今年は行けるだろうか。このまま行けば可能ではないか。でも、遠隔から人が移動することは、現地の人が気にするのではないだろうか。@リアス(特定非営利活動法人@リアスNPOサポートセンター)の川原(康信)さんは秋のミックスと野点は「例年通り」に進めたいという。もちろん、現場の対策や園側の調整は十分に行う。そこは任してほしい。そのときに来て欲しくなければ、そう言うから。震災以降、そうしてきたのだから…と。
仮に園として可能になったとしても、保護者が不安に思うのではないだろうか。いまのままで現場で思い切って声を出して始めることができるだろうか。とはいえ、どこかで期限を切って、別プランも考えるべきなのではないだろうか。議論を重ねる。
この状況下で何ができるのか。ぐるぐるミックスとは何をしようとしていたのか。繰り返す、じんじんさんの「そもそも」の問いかけから考えていくと、結局のところ「リモート」で何をするか、というよりも、この条件下で、ぐるぐるミックスをどうやるのか、をシンプルに考えることなのだと思った。どんなときも実践には何らかの制限がある。そのなかで目指すべきものを、どう実現していくのか。「いつもの」ことではないだろうか。
リモートという言葉には、どうしても代替策というニュアンスが滲み出る。そもそも、リモートで凌いで「再開」を待つ議論ではないのかもしれない。
京都新聞のオンラインニュースに目がとまる。

京都市が新型コロナウイルスの影響を受けた芸術家への支援として設けた「文化芸術活動緊急奨励金」に、相談や申請が相次いでいる。7日の受付開始から1週間で250件超の申請が寄せられ、相談件数は800件近くに及ぶ。募集は17日までで、市は予算額を1億円に倍増して対応する。

緊急事態舞台芸術ネットワーク」が立ち上がったことを鈴木拓さんのFacebookの投稿で知る。日本博物館協会や公文協(全国公立文化施設協会)が開館のガイドラインを出しはじめた。

2020年5月15日(金) 自宅

終日在宅。家から一歩も出なかった。こうして書かないと気がつかないほどに当然のことになっている。午後にひとつオンラインミーティングが入っていたけれど直前にリスケになる。少しほっとする。「10年目の手記」の募集要項に手を入れる。Yahoo!トップニュースに「在宅勤務65%が「育児で仕事中断」 両方はムリと悲鳴」の記事。SNSでは「再開」や、その準備の情報が飛び交っている。Ongoing Stamp Card Drawing Projectに参加する。

2020年5月16日(土) 自宅

朝から天気が悪い。昼頃に強い雨が降っていた。九州では大雨を警戒するニュースが流れている。この状況下での避難所の運営について。ここ数年の九州での豪雨の記憶が蘇る。これから豪雨だけでなく、猛暑や台風の季節もやってくる。1年の周期の早さに驚きながら、感覚では1年前を忘れている。「そのとき」に思ったこと、感じたことをとどめるのは難しい。

2020年5月17日(日) 自宅

朝から快晴。半袖でも汗ばむ陽気。今日も終日在宅。
物理的に時間をかけることが出来ない。それでも時間をかけないと余計に時間がかかることがある。はじまりに時間をかけることが出来ていないのだと痛感する出来事があった。にしても、時間をかけられない。堂々巡り。自分が置かれている状況を、生活環境が異なる人と、どう共有していくのか。特殊なことのようだけど、実は潜在的にいつでもあることなのだろう。見えないところで、すでに分断が起こっている。
4月の自殺数が前年比で約20%減ったというニュースを見かける。日本の年間自殺者数は約2万人。20%は4000人。単純計算は出来ない。因果関係もわからない。それでも日常「で」亡くなる人が、それだけいるということなのか。一方でコロナに関連し、感染以外の理由で亡くなる人が増えたのだという話も聞く。災禍の影響は平等には訪れない。

2020年5月18日(月) 市ヶ谷

朝から雨が降りそうな天気。明日は大雨になるらしい。4日ぶりの出社。電車に人が増えている。満員電車ではないけれど、ほとんど、いつもの通勤風景。岸政彦「リリアン」を読み始める。無性に切なくなる瞬間がある。
非常事態宣言が解除になったら、6月1日になったら…。一気に会話に出てくるようになった。気分は変わるだろう。当面はこのままだろう。どっちになるか、いまだ確たる判断はない。
書類づくりに集中。ここのところ、ずっと契約準備にかかりきりになっている。室長にASTTの今年度の動きを説明する。Zoomで会議を1本。大人数で面識のない人たちとオンラインで、何かをつくるための会議をするのは、ほんとうにしんどい。やりかたを考えないといけない。
昨夜、FacebookでBook cover 7days challengeが瀬尾(夏美)さんから回ってきた。『あわいゆくころ』から始めることは心に決めている。その先を考えるのも、けっこう楽しい。明日からやろう。

(つづく)

多謝!
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アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー。東京アートポイント計画(おもに西側)、Tokyo Art Research Lab(研究・開発が中心)、Art Support Tohoku-Tokyo(東京⇄東北)を担当。ジャーナル「FIELD RECORDING」編集長。運動不足。

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