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災禍のなかで読み返す|東北の風景をきく『FIELD RECORDING』vol.04から

佐藤李青(東京アートポイント計画)

まもなく、11年目の3月11日を迎えます。

アーツカウンシル東京では、2011年から2021年までArt Support Tohoku-Tokyo(東京都による芸術文化を活用した被災地支援事業)に取り組んできました。

その一環として、2017年からは、震災後の東北の変化を捉えようとジャーナル『FIELD RECORDING』を発行してきました。「東北の風景をきく」をテーマに、2021年3月まで5冊を制作しました。いずれもウェブサイトでPDFを閲覧いただけます(着払いで郵送対応も可能)

▼ 以下、リンク先のページでバックナンバーなどご覧いただけます。

震災後の東北を記録することからはじめた『FIELD RECORDING』は、号数を重ねるたびに、東日本大震災「以外」の経験に触れるようになりました。ひとつの災禍の経験は、異なる災禍の経験に目を向けることや、新たな災禍を語り出すきっかけになるのだと思います。

ここでは、特集を「出来事を重ねる」として、さまざまな災禍にまつわる事例を取り上げた『FIELD RECORDING』vol.04の編集後記(執筆:佐藤李青/2020年1月17日発行)を転載します。

この機会に、震災から11年の歩みを振り返り、いまも続く、さまざまな災禍へ思いを馳せていただければと思います。ぜひ、読んで、ご活用ください!

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編集後記

「神戸を経験しているから分かるんですよ、東京の街を歩いていても、震災があったら、どうなるか」。東日本大震災から1年も経たない頃に、ある新聞社の方に聞いた話だ。それが神戸の描写だったか、東京を想像したものだったかは忘れてしまったけれど、その人が鮮明に語った倒壊したビルが立ち並ぶまちの風景は、よく覚えている。
かつての経験を、いまの風景に重ねてみてしまう。そのときは、ああ、そういうものか、と思ったくらいだったが、いまは理解できる。震災後の東北の沿岸部を歩いた後は、どこへ行っても海辺のまちでは、津波で低層が抜けた建物の姿を想像してしまうようになった。

2011年の震災の後に動く人たちのなかに、1995年の震災の経験がある。初めて、そのことを自覚したのはアーティストの日比野克彦さんの話を聞いたときだった。
阪神・淡路大震災では友だちに会いに行って、個人的な活動しかできなかった。2004年の中越地震では画材をもって被災地で活動ができた。2011年はハートマーク・ビューイングというプロジェクトを展開し、被災地に想いを馳せる人たちの気持ちをかたちにし、現地に届けた。複数の災害の経験がリレーのように、いま目の前に現れている実践を後押ししているのだと知った(*1)。
非常時に何ができるか。その成否は、ひとつの経験で回答が出るものではないのかもしれない。できなかった経験は、確実に次の行動を変えていく。
日比野さんが阪神・淡路大震災のときに会いにいった友だちは、本号の表紙に作品を提供いただいた島袋道浩さんだった。美術家のきむらとしろうじんじんさんも本誌2号のインタビューで、島袋さんに会いに行ったと語っていた。そのとき、どんな話をし、何を感じたのだろうか。記録は、ほとんどない。だが、東日本大震災の経験から、わたしたちは、すでに知っているのではないだろうか。身近な誰かを想い、何気ないやりとりを交わす。時間が経つと思い出すのが困難になってしまうほど「弱い」経験が、その後の生き方に響くことを。

震災後の東北にかかわり、時間が経つほどに、現在や過去を問わず、異なる土地の厄災の経験に関心が向くようになった。もちろん、それらは震災後に現れたわけではない。それぞれの経験が見えるようになり、きこえるようになったに過ぎない(*2)。
同時に、東日本大震災は、そうした他の厄災に関わってきた人々の転機となった。「阪神大震災を記録しつづける会」は奮起し、20年目の手記集を発行した。原爆の図 丸木美術館は時代に感応し、現在を生きる作家たちと出会う場になった。異なる土地の出来事が同時代で共鳴し合うように、過去も現在によって、その意味合いが更新されていくものなのだろう。

2018年10月に東京大空襲・戦災資料センターの前館長で作家の早乙女勝元さんの話を伺った。戦争体験を軸に100冊以上の本を書いてきた早乙女さんが、なぜ、書き始めたか。1950年に朝鮮戦争が始まり、日本の基地から連日のようにB29が飛び立っていった。爆撃の下で起こることは、数年前の東京大空襲で体験として知っている。何ができるかを迷い、悩んだ末、文章なら書くことができると自伝的な小説を書き上げた。
体験記があってこそ、他者は戦争体験の想像が可能になる。早乙女さんは、読み手が自らの生き方と結びつけるために、体験は思想化しなければならないと続けた。
空襲を語り、聞くことで、戦争は防げるか。ある修学旅行生の質問を例に、物理的に戦争を防ぐことは無理だろうと早乙女さんは語った。空襲は戦争の結果であって原因ではない。原因を考えることが大事であり、そのために歴史を辿ることが必要なのだ、と(*3)。早乙女さんの声は、日を追うごとに、強く響いてくる。

2019年10月に上陸した台風19号の被害で災害救助法が適用された自治体は14都県390市区町村(2019年11月1日現在/内閣府)。その数は東日本大震災を超え、過去最大規模となった。亡くなった方の数は全国で98名、最も多いのは福島県で32名。死者数は福島県の次に宮城県19名、千葉県12名と続く。千葉県は2019年に何度も台風の甚大な被害を受けた。
被災は平等に訪れない。災害の記録は、同じ土地で、また更新された。その語り口は変化せざるをえない。いま試されているのは、聞き手の想像力なのではないだろうか。

東日本大震災の経験で、わたしたちは何を獲得し、何を置き去りにしてきたのだろうか。まもなく迎える10年という時間の厚みを省みることは、その経験を、いまにつなぎ直し、ほかの出来事との架け橋を見出す手がかりになるのだろうと思う。

*1|佐藤李青「かつての未来が、いまを動かすーArt Support Tohoku-Tokyo 7年目の風景(6)」アーツカウンシル東京ウェブサイト、2017年12月12日
*2|佐藤李青「風景を重ね合わせるー東北からの風景(1)」アーツカウンシル東京ウェブサイト、2018年9月26日
*3|早乙女さんにはTokyo Art Research Lab東京プロジェクトスタディ4「部屋しかないところからラボを建てる」の一環で話を伺った。アーカイブサイトでレポートが閲覧可能(2018年10月14日の回)

▼ 『FIELD RECORDING』vol.04の続きは、以下のリンク先より。

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この3月には、Art Support Tohoku-Tokyoの活動をきっかけに、本と音楽(CD)が生まれました。こちらもぜひ、どうぞ!


佐藤李青(東京アートポイント計画)
アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー。東京アートポイント計画、Tokyo Art Research Lab、Art Support Tohoku-Tokyo(-2020)を担当。共著に『10年目の手記 震災体験を書く、よむ、編みなおす』(生きのびるブックス、2022年)。