僕は君を絶対に許さない

中学の時の部活の女顧問が許せない。
彼女は私のことなんかきっと覚えていない。
許せない。絶対に許さない。

10年前、私は吹奏楽部の副部長だった。
3年生になった春、彼女はやってきた。
まだまだ若くて溌剌とした先生。
やる気に満ち溢れていた。
もともと顧問だった男の教師は、下手くそで練習しない私たちの学年にモチベーションがなかった。
そんなわけで着任早々、彼女が夏のコンクールで指揮を取ることに決まった。

彼女は生真面目で、本当に「良い先生」だった。
とにかくルールで部活を縛ろうとした。
みんなのためにアマチュア外部指導者を何度も何度も呼んできた。
部活に今まであまり来ていなかった女の子の機嫌を一生懸命取ってその気にさせた。

そんな彼女が本当は好きじゃなかった。
でも、「みんな」が「この先生は良い先生」って言うから、そう思おうと頑張った。
中学生なりにおべっかも使った。
しかし私の僅かな違和感を、僅かな嘲りの態度を、若い彼女は敏感に感じ取ったのだろう。
彼女は露骨に私にだけ風当たりが強かった。

彼女も私も同じクラリネットだったのもよくなかった。
私の母親がプロの音楽家で、なまじ私に音楽の素養があるのもよくなかった。
15歳という生意気盛りの年齢だったのもよくなかった。
いろんな条件が重なって、私は彼女を刺激する存在となったのだと思う。

10年経っても私が彼女を強烈に恨み続ける決定打となった出来事は、大会当日に起きた。

練習中に晒しあげられたことなんてどうでも良い。
あなたの演奏には感情がこもっていないと暴言を吐かれたこともどうでも良い。
厳しい指導が問題だったのではない。
そんなことは誰にも起きうるし、私の母のバイオリンのレッスンの方がよほど過激だ。

演奏直前の舞台袖で、「良い」先生である彼女は直前にみんなの手を取って「がんばって」と声かけをした。
でも、最後に私を残して、順番が来た。
彼女は私の手を取ることはおろか、声すらかけずに颯爽と舞台へ向かった。
衝撃だった。
この人はここまで私が嫌いなのかと。
動揺で胸が詰まった。
演奏どころではなくなった。
肝心のラストのソロで、出だしが遅れた。
やってしまったと思った。
また怒られる。
また嫌われる。

演奏が終わって楽器を外に運んでいる時、彼女はこそっと耳打ちをした。

「やっぱりミスをしましたね」

書いていて、涙が出そうだ。
惨めで悔しくて。

最後のミーティング。
部員は皆「結果は残念だったけどうちらがんばったよね」と涙を流した。
どんなに声かけしても練習に来ないくせに。
サボってサボってサボりまくって前の顧問に見放されたくせに。
がんばったってなんだよ、結果が伴わなかったら意味ないじゃんよ。
みんなが涙ぐみ、彼女がそれを愛おしそうに見つめる構図に心底興醒めした。
吐き気がする。
この時ほど、心が冷え切ったことはない。

10年後。
私はしがない塾講師になった。
先生、と呼ばれる立場に立ってみて思うこと。
やはり彼女は最低だ。
私は子供を、生徒を、間違っても彼女のようには扱わない。
自分の怨恨が深い分、私も同じように子供から恨まれたくはない。
深く誰かを恨み続けねばならないほど、彼彼女らの心に深い傷を負わせることはしたくない。
今でも時々思い出してはハラワタが煮え繰り返るほど激しい感情。
私は多分一生彼女を許さない。

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