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短編小説・へこきおやじ

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A「どうも~川端で~す」
B「いなりで~す」
AB「ふたり合わせて川端おいなりで~す
   名前だけでも憶えて帰ってくださいね
   どうぞよろしくお願いしま~す」
B「いや~がんばっていかなアカンな言うてましてね」
A「そうやな」
B「ボクらそれぞれピン芸人として活動してまして
  ふたりとも芸歴20年になるんですけどまったく売れてません」
A「悲しいことにな
  だからね、ふたりで漫才やったらイケるんちゃうかなと思って
  彼を誘って漫才はじめたんです
  仕事するときとかよく言うでしょ1+1は2じゃなくて3にも4にもな
  るって」
B「そうそうそれでとりあえずはじめてみたら
  驚いたことに1+1が3や4どころじゃなくて、なんとマイナス8」
A「減っとるやないかい!なんでやねん
  だいたいなキミがネタをなかなか覚えんし
  やっと覚えたかと思ったら舞台でネタを飛ばしてしまうし
  だから力が発揮できてないんや
  こんなんじゃお先真っ暗やで」
B「まあまあ、そんなこと言わずにちょっと話を聞いてくれるか
  ボクらが売れるためのええアイデアを思いついたんや」
A「ええアイデア?」
B「そうや」
A「どんなアイデアや?」
B「最近な詩を書きはじめてな」
A「詩?詩ってポエムのことか」
B「そうや」
A「アホか!嘘つくなよ
  普段漢字すらまともに読めんキミに
  詩なんか書けるわけないやろ
  この人ね土産(みやげ)のこと『どさん』って言ったり
  寒気団(かんきだん)のこと『さむけだん』って
  言ってたりするんですよ」
B「ええから話をよう聞け!
  たしかにボクは漢字もろくに読めんし
  国語の成績も悪かった
  しかしな、どういうわけかこの頃頭の中に言葉が次々と舞い降りてくる
  それをな書き留めて読んでみると素晴らしい作品に仕上がっとる」
A「ほんとか?」
B「あー、それがなインスピレーションというやつか
  どんどん湧き上がってきてな
  よう言うやろ偉大なアーティストが考えなくても
  詩やメロディーやイメージが勝手にできあがるみたいなことを
  まさしくいまのボクがその状態や
  それでなせっかくいい詩が書けたから
  それになメロディーをつけてもらって歌にしてふたりで唄うんや
  できれば大物ミュージシャンに頼みたいな」
A「大物ミュージシャン?そんなん無理やろ」
B「いや作品をみてもらえれば納得して引き受けてくれると思うで」
A「そんなにいい出来なんか?」
B「そうや、自信がある
  曲ができたらCD発売やネットで配信すれば絶対ヒットすると思う
  紅白も視野に入れれるくらいやと思う」
A「紅白まで…狙える?」
B「そうや
  そしたらボクらの知名度も一気に上がるし
  たくさんの人にボクらの漫才を見てもらえるようになるし
  そうなったら売れっ子漫才師も夢じゃないで」
A「わかった
  そこまで言うんならちょっとその詩っていうのを聞かせてくれるか」
B「もちろんそのつもりやった
  たくさんの中から最高傑作を用意したから心して聞いてくれ
  感動しすぎて小便ちびっても知らんで」
A「ちびるか!わかったからはよ読め」
B「オッケー、じゃあタイトルから
  タイトル『へこきおやじ』」
A「へこきおやじ?へこきおやじ??
  なんやそのタイトル」
B「斬新やろ?聞きたくならんか?」
A「アホか!たしかに斬新かもしれんが
  そんな曲ヒットするわけないやろ
  だいいちそんなタイトルの詩にだれがメロディーを付けてくれる
  大物ミュージシャン?とか言うとったけど
  だれに頼むつもりやったんや」
B「エーちゃんや」
A「エーちゃん?矢沢のか?」
B「権藤英二や」
A「権藤英二!あの人は元プロ野球選手やぞ
  曲なんか作れんやろ」
B「わかっとる
  いまのはボケたんや
  普通なエーちゃん言うたらだれでも矢沢永作を思い浮かべるやろ
  だからそこをあえて権藤英二とボケてキミがツッこんで笑いをとる
  これが漫才っちゅうもんやろ」
A「わかっとるわ!だからツッこんだやろ
  いちいちボケを説明すな!恥ずかしいやろ
  それに『へこきおやじ』ってなんやねん」
B「まあ落ち着け
  まだタイトルしか言っとらんやろ
  ちゃんと詩の内容を聞いてくれるか
  それから判断してくれても遅くないやろ」
A「そうか…。そしたら続けてくれ」
B「じゃあ改めてタイトル『へこきおやじ』
  おれはへこきおやじだ
  いつでもどこでも おかまいなしに
  ブーブーブーブー へをこくぜ」
A「こくな!というかタイトルのまんまやないか!
  どこが最高傑作や、なにが自信があるや
  ええかげんにせい」
B「アホ、まだ出だししか読んどらんやろ
  これからどんどん良くなってくるから
  まあ黙って聞いてくれ」
A「ほんとか~?しゃーない続けてみい」
B「おれはへこきおやじだ
  彼女とデートしているときも
  彼女とごはん食べているときも
  ブーブーブーブー へをこくぜ」
A「だからこくな!彼女がかわいそうやろ!
  飯食ってるときまで屁をこかれて
  こんな詩絶対アカンだれもメロディー付けてくれん」
B「まだ途中や
  これからクライマックスになるからちゃんと最後まで聞いてくれや」
A「信じてええんやな?そしたら続けなさい」
B「あー信じてくれ、ええか続けるで
  まったく行儀もなにもありゃしない
  とんでもないおやじだ」
A「その通りや、とんでもないおやじや、ちょっとは気ぃつかえよ」
B「だけどよぉ へをこくのは
  元気のあかしだぜ
  だから勘弁してくれよ」
A「勘弁できるか!せめて人前ではひかえろ」
B「おれはへこきおやじだ
  いまもブーブーブーブー こいてるぜ」
A「いまも?どんだけこくんや!
  ええかげんにせい!ほんで?
  ここまで引っ張ってクライマックスはどうなるんや?」
B「終わりや」
A「終わり?」
B「そうや、感動したやろ」
A「アホか!どこに感動する要素があった?
  なんやその詩は
  それ普段のキミの行動をただ文章で表現しただけやろ
  なにが言葉が舞い降りてきたや、なにがインスピレーションや
  ここにいるお客さんだってだれひとり感動しとらんやろ
  ねえ、いまのへこきおやじに感動したお客さんいますか?
  …ほら、だれひとりおらへんやないか」
B「おかしいな?
  わかった、キミもきょうのお客さんもセンスがないんや
  だからこの作品の良さをわかってくれんのや」
A「アホか!センスがないのはキミのほうや
  見てみいお客さんもみんなうなずいているやないか
  とにかくこんなん歌にしてもだれも聞いてくれんしだれも感動せん
  まったくなにが紅白やええかげんにせい」
B「アカンか?」
A「アカンに決まっとるやろボケ」
B「そうか~絶対イケると思ってたからカップリング用の
  詩も用意していたんやけど」
A「カップリング?なんてタイトルや?」
B「でべそかーちゃん」
A「でべそかーちゃん!もうええわ!」
AB「どうもありがとうございました~」

元号が令和に変わった最初の年のクリスマス。所属事務所の毎年恒例のライブでこのネタを披露して反応は上々だった。

次の年、令和2年の年末12月31日の紅白歌合戦にて漫才コンビ『川端おいなり』は「へこきおやじ」を熱唱していた。



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