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#ネタバレ 映画「赤いハンカチ」

「赤いハンカチ」
1964年作品
金儲けと公徳心
2012/12/7 10:34 by さくらんぼ(修正あり)

( 引用している他の作品も含め、私の映画レビューはすべて「ネタバレ」のつもりでお読みください。)

私の拙い経験では、(概して)自然に寄り添った農業などを生業としている人は草食系であり、人を相手に生き馬の目を抜く様な世界で仕事をしている人は肉食系でした。ですから同じお金持ちでも、そこに人柄の違いを感じる事がたびたびでした。人が仕事に染まる、という事なのかもしれません。

でも、中には仕事に染まらない人もいるのです。この映画の石塚刑事(二谷英明)でした。

彼が警察(公務員)に就職した頃には戦争もあり、食うや食わずの世の中だったのかもしれません。そんな時代は、今同様に公務員の人気が高かったのでしょうか、低かったのでしょうか。私は知りませんが、少なくとも公務員には徴兵が免除されたとの噂は伝わっています。もし公務員を徴兵したら行政機能がマヒしてしまうからでしょう。今回の東日本大震災でも役人が被災し、行政がマヒし、各地から応援をもらっている実態があります。だから、石塚なら兵役を逃れるため、緊急避難の場所として、やりたくもない公務員に就職した可能性があるのです。

しかし、戦争も終わり10年もたつと、世の中は変わり、そろそろ高度経済成長期に入っていきます。ちまたにはビジネスチャンスがごろごろ生まれ、このまま無名の刑事という公務員で一生を終えるのは、貧乏くじ、を引いたかの様に思えてきたのでしょう。ここで、なんとか一攫千金を果たしたい、そのためには、利用できるものは何でも利用して・・・などと、考えた。

今から言えば信じられないでしょうが、高度経済成長期には概ね民間の方が給料が良かったし、ある程度の会社を選べば倒産、リストラの心配も無かったのです。民間でも終身雇用が残っていた時代ですから、安心して大儲けする夢だけを追いかけられた時代でした。そんな中、公務員に就職するメリットは少ない。生涯収入もたかが知れているし、仕事も概ね前例どおりにすることに縛られ、夢も見難い。そんな時代だから石塚も三上(石原裕次郎)も刑事を辞めることに、あまり拘りは無かったのでしょう。

そんな隙間、悪魔は石塚にささやいた「やっちまえ・・・」。

ここで、殺人はもとより、卑劣で許しがたいのは、石塚が友情を利用して、信じていた三上を嵌めたことです。

その嵌められた三上刑事は射撃の名手でした。きっと銃の腕を生かしたくて刑事になったのでしょう。競技選手でもあるはずです。彼のなかでは、目標はシンプルに一つです。的の真ん中に命中させる事のみ。多数の観客、審査員が注目する中、正々堂々と、的の真ん中だけを狙い、全身全霊で撃つのです。フェアプレーはあたりまえ。その上で勝つためには、どうしたらよいのか。銃のメンテナンス、射方、平常心の研究など、そんなことばかりを考えていた。やがて、それは彼の人生観そのものにもなっていきました。だから彼のなかには人を出し抜いてとか、少々汚い手を使っても、などという考えは無いのでしょう。

そして、ヒロイン・玲子(浅丘ルリ子)です。彼女は最初、三上刑事に惚れていた。しかし、三上が嵌められて父の仇となってからは、三上から離れ、そこを石塚に拾われたのでしょう。いや、これも石塚の計画の一部か。

玲子にとっては、三上も石塚も父・死亡事件の関係者です。父・死亡の悲しみを忘れるためならば、両者ともに離れていてもおかしくは無いのに、彼女は石塚と結婚した。これを見ると、彼女の中には石塚が持っているお金に対する打算も無くは無かったはずです。後に、この闇を三上刑事に悟られる。

そして映画のラスト、石塚の黒い正体が分かったので、再び三上にすがりたい、よりを戻したい、そんな、そぶりを見せる玲子。しかし、三上は黙って去っていく。「覆水盆に返らず」なのですね。ナイーブな三上の心は、玲子に傷つき果ててしまった。私はこのラストシーンが映画「第三の男」へのオマージュだと思いました。映画「カサブランカ」に続きオマージュは二本目ですね。

この映画には、高度経済成長期に入った日本でも、けっして金の亡者にだけはならないようにと、国民に釘を刺す、そんな役目があったのかもしれないと思いました。そのせいもあってか、日本は概ね大丈夫でしたが、隣国には…。日本がそうならなくて本当に良かったと思います。

★★★

追記 2022.4.1 ( 一人でお別れをした日 )

私が20余年活動した旧居である『ぴあ映画生活』様は、2022年3月末をもって掲示板サービスを終了しました。

しかし、今朝4/1に覗いてみたら、まだ残っていたのです。書き込みも出来そうでした。たぶん社員の方が9時ごろに出勤して、それから削除ボタンを押されるのでしょう。

それならと、最後のレビュー移記をしました。映画「赤いハンカチ」です。自分の全書き込みはすでにコピー済みでしたが、そのファイルからよりも、掲示板からコピーする方が便利で楽しいですから。

そして、加工して『note』様にUP後に、旧居を再度覗きましたら、その時にはもう消えていました。跡形もなく。

胸がきゅんとしました。

掲示板が消えることを知ってから3か月近くになりましたが、そんな感慨を持ったのは、今日が初めてです。『ぴあ映画生活』様、長い間ありがとうございました。

『ぴあ映画生活』は3月末をもって終了いたしました。

追記Ⅱ 2022.4.3 ( 戦後の価値観の転換 )

もう一度観なければ細部は分かりませんが、ふと、こんなことを思いました。

ネット上に映画「赤いハンカチ」の予告のような動画がUPされています。その中に、道端からビル上階の窓際にいる、今は石塚の妻になったヒロイン・玲子を見つめる主人公・三上がいました。

玲子と視線が合うと、三上は視線をそらし、脇に止まっていた他人のクルマのボディーを見つめます。

そこには歪んだ自画像が写っていました。

それを見てハッと我に返り、逃げるように消える三上。

昔の三上なら、玲子に向ける視線は「愛」でしたが、今の三上は無意識に「憎」になっている。「愛」のつもりで見つめていたが「憎」になっている。そのことに今初めて気づいて混乱したのでしょう。

逆に玲子の方は、父の仇だと思っていた三上を、再び愛し始めるのです。

この逆転現象は、戦時と高度経済成長期、公務員と民間人、親友と裏切り者、加害者と被害者、刑事と犯人、そして、戦後突然転換した、軍国主義と民主主義の混乱へとつながって行くのでしょう。

深層では、そんな時代の空気を描いた作品だったのかもしれません。


( 最後までお読みいただき、ありがとうございました。 

更新されたときは「今週までのパレット」でお知らせします。)


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