#ネタバレ 映画「道」〈1954年〉
「道」〈1954年〉
1954年作品
シスターとピエロと看板娘
2014/3/28 22:25 by さくらんぼ
( 引用している他の作品も含め、私のレビューはすべて「ネタバレ」のつもりでお読みください。)
「看板娘」という言葉があります。昔から言う「タバコ屋の看板娘」などは定番表現ですね。ほかにも喫茶店の看板娘や、弁当屋の看板娘、飲み屋の看板娘…などもあります。
もし、主(あるじ)が夫だとしても、普通は、看板娘に群がる客がいても文句は言いません。それが店頭の常識的な交流なら、逆に商売繁盛で結構なことだと思っているはずです。
私の考える看板娘との正しい交流の仕方は、たとえばタバコを買うときであれば、その、ついでに、ひと言ふた言の雑談を楽しむのです。つかの間の幸福を味わうのです。ただ、それだけです。それ以上でも、それ以下でもありません。多分それは、客と看板娘、そして店の主の暗黙の了解事項だと思います。
「女性は天国ではない。天国の代わりにあるものだ。」みたいな広告を、昔どこかで見たことがあって、それに、いたく感動して以来、忘れられません。やはり、女性は幸せの代わりにあるものかもしれません。
看板娘は、生き馬の目を抜く様な、厳しいこの世にあって、あたたかいシスターのごとく存在なのです。
ところで、映画「道」では、サーカスも、ザンパノも移動しますが、シスターたちも、映画の中では、確か、3年ごとに引っ越すと言っていましたね。地域住民と親しくなりすぎて、修行にさしつかえるから、みたいな話をしていました。
でも、本当にそれで良いのでしょうか。
地域住民から逃げ回るような事をして、それが、神のご意志なのでしょうか。
本当は、ジェルソミーナの様な、癒し系の役目は、シスターの仕事ではないのでしょうか。
シスターが逃げ回っているから、「石ころ」であるジェルソミーナに、神はお役目を与えたのではないのでしょうか。
本当は、シスターも、ジェルソミーナも、ピエロも、看板娘も、ひと時の癒しを振りまく使命を持つ点で、みんな一緒なのです。
だから映画「道」は、そんなシスターたちへの、静かな批判を内在した映画だったのかもしれません。
あの映画「あなたを抱きしめる日まで 」と姉妹の様な作品が、1954年に作られていたのです。
★★★★★
追記 ( リニアが出来ても解決しないこと )
2014/3/30 21:26 by さくらんぼ
「旅行者の視点」、「居住者の視点」という言葉がありますが、旅行者の視点ではなかなか旅先の問題点は見えてこないのですね。だから水戸の黄門様が、行く先々で、複雑怪奇な問題を、すぐ発見し、即座に本質まで見抜き、文字通り、一刀両断に、裁いていくのは、あれは、大変に難しい事なのです。凡人が真似をすると、それこそ冤罪で悲劇が生まれかねません。
ところで映画「道」では、とかく「石ころ」が話題になりますが、主題は、「居住者(近くで)の視点を持たないと問題が見えない」だと思います。
映画の冒頭、「(巡業先で死んだので)娘の墓がどこにあるのかもわからない」と、なげく母。ジェルソミーナとの別れで「いつ戻ってくるの?」と叫ぶ母がいます。二人とも遠くへ行っちゃいますからね。
ザンパノがサーカス団の男とトラブルを起こして、警察に逮捕されているうちに、一人になったジェルソミーナは、その男と、ひそかに親密な心の交流をします。鬼の居ぬ間にですね。
映画のラストでも、ジェルソミーナがいつのまにか死んだことを聞いて、自業自得ですが、ザンパノがショックを受けます。近くにいて気をつけていてあげれば、こんな風に、死なせることもなかったろうに。
また、すでに、述べたとおり、サーカス団も、ザンパノも、旅芸人です。シスターも3年ごとに住民から逃げていきます。旅芸人は、新たなる顧客を探して、やもうえず行くのですが、シスターの理由は住民と深い関係になるのを避けるため。
ザンパノたちがシスターの計らいで泊めてもらったとき、ひそかに燭台か何かを盗み出そうとしましたが、鉄格子に阻まれてザンパノには盗めませんでした。あれはレ・ミゼラブルへのオマージュでしょう。
あの時、もし燭台を盗むことに成功して、その後、警官に捕まれば、ジャンの様に改心のチャンスがあったのかもしれません。でも、鉄格子で燭台は守られておりました。あの、鉄格子こそ、シスターたちの住民に対する正直な気持ちであり、拒絶の記号、象徴的なシーンだと思います。
そして、「居住者の視点を持たないと問題が見えない」ことのホコ先は、最終的には、そんなシスターたちへ向かっていたのでしょう。いや、人間味あふれた魅力的なシスターも出てきましたので、正確には、引っ越し制度への批判なのでしょうね。
追記Ⅱ ( 現代日本 )
2017/2/14 14:16 by さくらんぼ
ザンパノのような問題ある人間はそうそう存在しない、と思っていましたが、「人を人とも思わない」会社とか、「死ぬまで働かされる」という話は、現代日本でも少なからず存在するのではないでしょうか。
余談ですが、映画「スーパーの女」は、映画「道」へのオマージュかもしれません。
( 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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