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playback~まさにこの時

最初に書いた通り、あの頃のものは残っていない。レコード、カセットテープ、プロマイド、切り抜き、生写真。手帳も日記も交換日記も手紙も。なんにも、ない。唯一残っているのは、胸の中の「記憶」だけ、と言いたいところだけれど、肝心のその「記憶」自体が、定かでない。

高校卒業と同時に秀樹からも卒業しようと決めて(今思えばそんな必要もなかったのに)、それからずっと封印し(一時期ちょっと惑いますが)、訃報に接して舞い戻ったブーメラン(出戻りファンのことを、秀樹ファンはこう呼びます)。そんなわたしなので、ずっと長く応援し続けてきた人達の秀樹愛、訃報後をきっかけに新規ファンとなった人達の新鮮な熱意には、尊敬しかない。なのに秀友さん(秀樹推しの仲間)たちは、このヘナチョコブーメランにも優しい。

ツイッターに皆がアップしてくれる当時の記事や映像を眺めながら、ああ、こんなことあった、そういえばここにいた、と、レスするうちに少しずつ記憶が戻ってくる(まるで健忘症患者のリハビリのよう)。そんな中、目にとまった74年のこの記事。


そう、たぶんこの日。まさにこの時。この記事の中の、病院の前に立つ秀樹を見たとき、陽炎のようだった記憶の一場面が、ふいにくっきり鮮明になった。この服。偶然ばったり会った秀樹が着ていたのは、たしか、これだった。

初めて会った日に秀樹が何を着ていたかなんて、思い出せるはずもないと思っていた。デロリアンにでも乗らない限り、ムリ。そう思っていたのに。

秀活(西城秀樹の軌跡功績を広く伝える)に勤しむことで、秀友さんたちと交わることで、記憶のジグソーパズルからこぼれ落ちたはずのピースが、姿を現す。箱の中に閉じ込めて封をして、なかったことにしようとしていた、あの頃のこと。2度と戻ってこないと思っていた日々が、こんなふうに蘇るなんて、まるで奇蹟のよう。

うれしい。せつない。いとおしい。

ありがとう。


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ということで。

ささいな思い出をつなぎ合わせて綴る「Sweet Memories」とは別に、あの頃の記録や記憶を再生する記事を「playback」というマガジンに入れていこうかな、と思ってます。歌謡曲全盛期の70年代の赤坂、あの頃の空気。時代の検証としても、残しておきたいから。

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