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運動とストレス:急性自律生理反応の生成メカニズム



序論

自律神経系は、交感神経系と副交感神経系から成る神経系であり、呼吸、循環、消化などの身体の内臓機能を無意識のうちに調節している。運動時には、骨格筋での代謝需要の増加に伴い、交感神経活性が亢進し、心拍出量や血圧が上昇するなどの生理反応が引き起こされる。一方、心理的ストレス時には、恐怖や不安などの情動反応により、交感神経活性が高まるが、運動時とは異なる反応パターンを示すことが分かっている。例えば、恐怖時には徐脈が生じる。このように、自律神経系は運動やストレスに対して、適切な生理反応を引き起こすことで、生体の恒常性維持に貢献している。本論文では、運動時と心理的ストレス時における自律神経調節メカニズムの違いについて概説し、自律神経系の役割と調節機構の重要性を論じる。


運動時の生理学的変化: 骨格筋の活動と代謝需要の増加

運動時には骨格筋の活動量が増加し、筋肉の代謝需要が高まります。この変化に対して、自律神経系が迅速かつ適切に循環系を調節する役割を担っています。主な調節メカニズムとしては、運動昇圧反射と呼ばれる反射性の交感神経活性化、および運動を発現する意思としての高位中枢からの指令(セントラルコマンド)による交感神経活性化があります。

運動昇圧反射は、骨格筋の収縮に伴う機械的ストレスや代謝産物によって筋感覚神経が活性化されることで引き起こされます。この筋感覚神経の入力は、延髄の孤束核を介して交感神経活動を亢進させ、血管収縮と心拍出量の増加をもたらします。一方、セントラルコマンドは運動中枢からの指令に基づき、直接的に交感神経活性を高めます。

これらの機構により、運動時には交感神経活性が亢進し、心拍数の増加と全身の血管収縮が生じます。しかし、骨格筋においては機能的な交感神経遮断と毛細血管拡張が起こるため、骨格筋への血流は増加します。つまり、自律神経系は骨格筋の代謝需要の増大に対応して、臓器間の血流配分を最適化することで、運動に必要な循環動態を実現しているのです。

運動時の生理学的変化: 運動昇圧反射と交感神経活性化

運動時に骨格筋が収縮すると、筋肉の機械的ストレスや代謝産物の増加により、筋感覚神経(III, IV群)が刺激されます。この筋感覚神経からの入力信号は、延髄の孤束核を介して脳幹の循環中枢を活性化させます。このように、骨格筋の収縮が原因で引き起こされる反射性の交感神経活性化は「運動昇圧反射(exercise pressor reflex)」と呼ばれています。

運動昇圧反射では、孤束核内のGABA作動性神経が刺激され、動脈圧受容器反射の感受性が低下します。これにより交感神経活性が亢進し、血管運動神経緊張が高まります。また、交感神経活性領域である延髄吻側腹外側野(RVLM)や中脳中心灰白質(PAG)なども活性化されることが知られています。

このように運動昇圧反射により交感神経活性が亢進すると、心拍数の増加と全身の血管収縮が生じます。その結果、心拍出量と血圧が上昇し、運動に必要な循環動態が実現されるのです。

心理的ストレス時の生理学的変化

心理的ストレス時には、恐怖や不安といった情動反応により交感神経活性が亢進する。Furlongらは、ラットにair puff刺激を与えると、交感神経活性を制御する延髄吻側腹内側野(RVMM)が活性化することを明らかにした。この領域は運動時に活性化する延髄腹外側野(RVLM)とは異なり、心理ストレス特異的な経路が存在することがわかる。

一方、恐怖ストレスは交感神経のみならず副交感神経活性も引き起こすことが知られている。Carriveらは、ラットの恐怖条件付け時に生じた頻脈がアトロピン投与で増強されること、筆者らはホワイトノイズ音による恐怖ストレス時に徐脈が生じ、アトロピンでその徐脈が消失することを報告している。このように、恐怖ストレスでは交感神経と副交感神経の相反する活性化が同時に起こり、それらの相互作用で心拍変動が生じていると考えられる。

さらに、恐怖時の副交感神経活性化経路として、心臓迷走神経の起始核である延髄疑核が中脳の恐怖情動処理領域PAGから投射を受けることが明らかとなっている。このように、「心」の領域と「体」の調節領域を結ぶ経路が存在し、情動処理と生理反応が連係していることが示唆される。

以上のように、心理的ストレス時には交感神経と副交感神経の両者が活性化し、相互作用によって特有の生理反応が引き起こされる。その際、情動処理領域から自律神経系への直接の投射経路が関与していると考えられる。

運動とストレスの違い: メカニズムの相違点

運動時とストレス時では、自律神経系の調節メカニズムに大きな違いがあります。運動時には骨格筋からの感覚入力と運動発現の意思である中枢コマンドが主な入力源となり、これらの情報は延髄腹外側野(RVLM)を活性化させ、交感神経活性を亢進させます。一方、ストレス時には恐怖や不安などの情動入力により、延髄吻側腹内側野(RVMM)や視床下部-延髄縫線核経路が活性化され、交感神経賦活化が引き起こされます。このように、運動とストレスでは異なる脳内経路が自律神経調節に関与しています。

さらに、ストレス時には交感神経活性化とともに副交感神経活性化も生じることが明らかになっています。恐怖ストレス時には、心臓支配の副交感神経の起始核である延髄疑核が活性化されることが分かっています。このため、ストレス時には交感神経と副交感神経の相互作用により、運動時とは異なる特有の心拍変動パターンが生じます。

以上のように、運動とストレスでは自律神経調節の入力源が異なり、活性化される脳領域も異なり、さらに副交感神経系の関与の有無も異なるため、自律神経系の調節メカニズムに大きな違いがあります。この違いは、運動が快適な体験であり、ストレスが不快な体験であることと関係していると考えられます。情動的体験の違いが、異なる脳内メカニズムを介して自律神経調節の違いをもたらしていると考えられます。

運動とストレスの違い: 主観的体験と脳の働きの違い

運動とストレスは主観的な体験として大きく異なる。運動は心地よい体験であり、ストレスは不快な体験である。この主観的な違いが、自律神経系の調節メカニズムの違いをもたらしていると考えられる。

運動時には、運動発現の意思(セントラルコマンド)と収縮筋からの感覚入力(運動昇圧反射)により、延髄腹外側野(RVLM)と中脳水道周囲灰白質(PAG)が活性化され、交感神経活性が亢進する。一方、ストレス時には、恐怖や不安といった情動入力が延髄吻側腹内側野(RVMM)や視床下部-延髄縫線核経路を活性化し、交感神経賦活化が引き起こされる。また、ストレスでは副交感神経活性化も生じ、両系の相互作用により特有の心拍変動が生じる。このように、脳内の制御経路が異なることで、運動とストレスでは自律神経調節メカニズムが大きく異なる。

結論: 影響の違いの要約

運動と心理的ストレスは両者とも交感神経系を活性化させますが、自律神経調節メカニズムには大きな違いがあります。運動時は骨格筋の感覚入力や中枢コマンドにより、延髄腹外側野や中脳PAGが活性化し、交感神経活動が亢進します。一方、心理ストレス時は恐怖・不安といった情動入力により、延髄吻側腹内側野や視床下部-延髄縫線核経路が活性化し、交感神経賦活化が引き起こされます。さらに、ストレス時には副交感神経活性化も生じ、運動時とは異なる特有の心拍変動パターンを示します。この違いは、運動が快の体験であるのに対し、ストレスが不快な体験であることに起因していると考えられます。

結論: 自律神経調節の重要性

自律神経系は、運動時と心理的ストレス時に適切に生体の生理反応を調節することで、体内環境の恒常性維持に重要な役割を果たしています。自律神経系の異常は、循環器疾患、代謝疾患などの発症リスクを高める可能性があります。したがって、健康を維持するためには自律神経調節機能が正常に働くことが不可欠です。自律神経系の役割と調節メカニズムの理解を深めることは、疾病の予防や治療に寄与すると期待されます。近年の研究技術の進歩により、自律神経調節の本質に迫る研究が進展することが期待されています。



質問と回答

  1. 運動時に自律神経系はどのように反応するのか?

    • 回答: 運動時には、骨格筋の代謝需要が増加するため、自律神経系が循環系を迅速に調整し、交感神経活性が高まり、心拍出量や心拍数が増加します。また、血流の再配分が起こり、骨格筋には血液供給が増加しますが、他の臓器には供給が減少します.

  2. 運動昇圧反射(EPR)とは何か?

    • 回答: EPRは、運動時に骨格筋から生じるフィードバック機構で、筋肉の機械的な歪みや乳酸などの代謝産物が筋感覚神経を刺激し、脳幹の循環中枢を活性化することで、交感神経活性を引き起こします.

  3. 心理的ストレス時の自律神経反応はどう異なるのか?

    • 回答: 心理的ストレス時にも交感神経活性が起こりますが、その循環応答の特性は運動時とは異なり、たとえば恐怖感によって徐脈(心拍数の減少)が観察されることがあります.

  4. セントラルコマンド(CC)は運動においてどのような役割を果たすのか?

    • 回答: セントラルコマンドは、運動を発生させるための意識的な信号であり、運動制御のために脳の高位で発生し、体性運動神経系を活性化すると同時に、脳幹の循環中枢を刺激して交感神経活性も引き起こします.

  5. 運動とストレスによる心身の反応の違いは何か?

    • 回答: 運動は一般に快感をもたらし、ストレスは不快感を引き起こします。運動による交感神経活性は生理的な健康に寄与しますが、ストレスによる反応は心理的な側面も含み、影響を及ぼす脳内メカニズムは異なることが報告されています.

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