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花便り日本全土を桜色

桜の開花宣言が出たようだが横浜のソメイヨシノはまだのような感じだったのか、昨日あたりはほころびていたのかもしれない。昨日は川沿いは行かなかったが他の種の桜は咲いていた。桜と言ってもソメイヨシノだけではないし、ソメイヨシノだけが桜を代表するような言い方は可怪しいと思うのだが、これも桜全体主義の一環なのか。西行は吉野の山桜を詠んでいたというのにソメイヨシノの雰囲気が付きまとっている。今日の一句。

サクラサク開花宣言という全体主義  宿仮

普通に散文だった。

花便り日本全土を一色と

花便り日本全土を桜色

キム・ヨンス『七年の最後』はスターリンが死んで雪解けの時代に、東欧の各国もそういう民主化運動が起きたのだが、反動政治によって弾圧される。北朝鮮でもひとときそんな空気があったのがその「七年間」であり1957年から1963年の間の激動の時代を描いていた。

それはオーウェル的世界の北朝鮮の姿であり思想教育(チュチェ思想)がソ連のスターリズムを否定したように見せかけて独自路線の独裁政治だった。その過程でロシアの詩人が北朝鮮にやってきて、スタリーングラードを英雄都市と祭り上げるよな北朝鮮の街の改革に驚き、ロシアの詩人ベーラに取ってはスタリーングラードはスターリンの英雄的な行為の街ではなく破壊された街だった。

そんな北朝鮮の独裁化を描きながら反体制の詩人がひそかに伝えらていく過程を描くのだが、日本的な興味としては淡谷のり子「誰も知らない」を当時の詩人である白石が聴いて詩を書いていたという著者の解説があり、それは日帝の流行歌だから禁止歌なのだが、当時の庶民の間でも歌い継がれた流行歌だという。それを聴きながら著者であるキム・ヨンスは小説を書いたという。この歌はなかなかいいのだ。後に美輪明宏が独自解釈で歌っていた。

昨日は『男はつらいよ 奮闘編』を朝から見て、寅さんを自分にダブらせてサクラをイメージ化して妹とたった二人の兄妹を演じていた。賃貸契約の保証人署名が必要なので頼める者が妹しかいなかった。なんかいろいろあったみたいで、流行歌好きの叔母さんが亡くなっていた。家族葬ということだったというだが。あと妹の息子も結婚をしたのが、呼ばなかったと。どうせ面倒で来ないと思ったから病気で入院していることにしたとか。

そうなんだけど、いろいろ情報を聞くのは楽しいのだが第三者になってしまった。その後に映画『ゴールデンボーイ』を観たのだが、これは中国の人気ドラマのリメイクだった。中国ドラマの方は競争社会とか格差社会のわりとリアルな社会が背景にあるのだが、日本版はエンタメ映画として作られていた。それが評価のポイントだろうな。面白いと思うもののあまり感動はしない映画だった。

主役の岡田将生の悪役ぶりが見どころなんだと思うが、この人は『ドライブ・マイ・カー』で観たんだと後から思い出して、それを越える役でもなかったかな。大げさな演技のように感じた(そういうエンタメだから)。黒木華も演技パターンが一緒だな。そういうキャラを見込んで抜擢しているのだろうと。

見どころは三人の子供たちで、中国ドラマでは十歳ぐらいだったのが、この映画では十四歳という設定で大人顔負けの犯罪者というような。中国ドラマは子供たちを強いるプレッシャーのようなものを描いていたのだが、その違いで悲劇的な映画が喜劇的なエンタメになっていた。喜劇でもないのだが、パロディとして観えてしまうのだろう(サイコパス映画ということでした)。

家に帰ってその中国ドラマ『バッド・キッズ』を3回ぐらいまで観て寝ていた。

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