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外部からの批評に短歌はどう答えたか?

『現代短歌史〈2〉―前衛短歌の時代』篠弘

目次昭和二十年代の末期/戦後世代の誕生/短歌研究新人賞と女歌/前衛短歌の成立/前衛短歌をめぐる論争/青年歌人会議の活動/包括思想の表現者/前衛短歌の成果と波紋・人名別論文インデックス

戦後短歌は外部からの批評に晒され、戦後世代が育っていく。とくに若い世代が学生短歌として活躍してくるのだが、その中に岡井隆や塚本邦雄が登場してくる。さらにいままでの結社ではなく、ジャーナリズムから『短歌研究』の編集者中井英夫が中条ふみ子や寺山修司を発掘する。

「乳房喪失」は短歌研究新人賞の第一回受賞で中条ふみ子の登場でそれまでの女流歌人とは違った女性歌人らが登場してくることになる。中条ふみ子は歌壇に大きな動揺を与えたのは、最初はほとんど見向きもされなかったが、第二歌集に川端康成が序文を書くと掌返しに称賛され始める。

それでも批判者は絶えずにそれは前衛短歌の女性歌人全般に向けられることになる。中城ふみ子が亡くなると男性保守派の歌人は葛原妙子をターゲットして批判したのだが、現在の葛原妙子讃歌を見るとまったく見当外れな見方だと思う。近藤芳美は女流短歌にそれこそ保守的な女性像を期待していた(女流歌人というような)。

現実は女性のパワーが戦後短歌を切り開いていたのだ。中条ふみ子が先導する女性短歌の特異さと求心力はそれまでの歌壇の短歌にはないものだった。

また「短歌研究新人賞」からもう一人寺山修司が出てくることになるのだ。ここに塚本邦雄、岡井隆、寺山修司というそれまでは歌壇でしかない内輪の短歌を外に開いてゆく。

大岡信や吉本隆明などが現代詩の立場から現代短歌への方法論への疑問を投げかけたことにより現代短歌は揺さぶられていく。岡井隆や塚本邦雄はその論争の中で前衛短歌の方法論とし、寺山修司も俳句から短歌を創作するなど歌壇の枠を超えた短歌が見られた。また『短歌研究』の編集者がそれまでの結社から歌壇へという流れをジャーナリズムから歌壇へという流れを作っていく。また『短歌研究』では批評にも力を入れて評論の新人賞も設けた。

その流れは現代の短歌にも影響を与えているのだろう。そこが俳句との違いのように思える。俵万智や穂村弘が出てきたのもそうした流れがあったからだと思える。




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