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幻視の女王は彼岸を見た

『葛原妙子』稲葉京子 (鑑賞・現代短歌)

図書館本で返却期限が来たので感想。葛原妙子は台所や日常性から幻視の異界へ導いていく短歌が面白い。後になると非日常の旅行とか楽しむ短歌も出てくるが、むしろ日常の中に潜む非日常的な幻視が面白いのだ。あと葛原妙子の独特な破調は癖になる。「いまわれはうつくしきところをよぎるべし星の斑(ふ)のある鰈を下げて」「晩夏光おとろへし夕 酢は立てり一本の瓶の中にて」「他界より眺めてあらばしづかなる的となるべきゆふぐれの水」「ちゃんねるX点ずる夜更わが部屋に仄けく白き穴あきにけり」

塚本邦雄『幻視の女王』と命名されたのは「魔女」とか「母性」とか「巫女」とか男の視線に語られたものであるという川野里子『新装版 幻想の重量──葛原妙子の戦後短歌』を読んで、葛原の非日常的視線は彼岸にあるのであって、それを台所や肉親を見る日常的ところから非日常世界と表裏一体となっているような歌様である。

稲葉京子も川野里子の葛原読みとそう遠くはないと思う。同性意識という共感性があるのだが、やはり塚本邦雄や穂村弘の葛原短歌の読みは虚構性にあるのだと思った。

私も葛原自身のことよりもその短歌を虚構作品として楽しんでいるところがあると思う。それは虚実皮膜というものなのだろうが、どちらかというと虚の方が勝るのだった。

葛原妙子十首

アンデルセンその薄ら氷(ひ)に似し童話抱きつつひと夜ねむりに落ちむとす  『橙黄』
奔馬ひとつ冬のかすみの奥に消ゆわれのみが累々と子をもてりけり   『橙黄』
青銅の小さき時計が時刻む恐れよ胡桃は濃き闇に垂れ  『橙黄』
マリアの胸にくれなゐの乳頭を点じたる悲しみふかき絵を去りかねつ  『飛行』
おほき薔薇の花弁の縁(へつり)捲きそめぬかさなれる瞼(まなぶた)とリルケは言はむ  『飛行』
青虫の目鼻かすけき切創に似つつうすら繭吐くあはれ  『葡萄木立』
いまわれはうつくしきところをよぎるべし星の斑(ふ)のある鰈を下げて  『葡萄木立』
晩夏光おとろへし夕 酢は立てり一本の瓶の中にて  『葡萄木立』
他界より眺めてあらばしづかなる的となるべきゆふぐれの水  『朱鷺』
ちゃんねるX点ずる夜更わが部屋に仄けく白き穴あきにけり  『朱鷺』


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