見出し画像

【咎人の刻印】七夕 特別掌編

《作品紹介》
『咎人の刻印』は小学館文庫より刊行。
主人公の神無は、愛を探すゆえに殺人を繰り返し、「令和の切り裂きジャック」と呼ばれていた。彼は美貌の吸血鬼である御影に拾われ、贖罪の道を歩み出す。現代の池袋が舞台のダークファンタジー小説。

†掌編† 切り裂きジャックとカインの七夕

 池袋の空は、分厚い暗雲に覆われていた。
 そんな中、ふと目についた店先には七夕飾りがたたずんでいた。そこで初めて、今日は七夕だということを思い出す。

「なんで梅雨に七夕なんてやるんだろ」
「七夕は元々、旧暦に基づいた行事だったようでね。本来ならば、現代でいう八月頃に行っていたのさ」
 神無の独白に、御影が答える。神無は、「ふーん」と七夕飾りから目をそらした。
「それじゃあ、俺達の都合で梅雨に会うことになったわけ? 織姫と彦星は可哀想じゃね?」
「確かにね。まあ、たまに会えるくらいの方が、愛が深まるかもしれないよ」
「そう? 彦星は、雨が降ってもジェットスキーで天の川を渡ってやれって思うけど」
「天の川は湘南の海ではないんだよ、神無君」

 御影は苦笑しながら、神無とともにデパートへと入る。
 駅に隣接したデパートの中は、人でごった返していた。御影は、人々をすり抜けて地下の食品コーナーへと向かう。
「七夕だし、ディナーはそうめんにしようと思って」
「それはもう、ディナーじゃなくて夕飯だから。異論はないけど」
「屋敷の庭園で、流しそうめんなんかどうだろう?」
「へー、いいじゃん。絵面はカオスだけどさ……」
 流しそうめんの様子は『映える』が、背景が洋館では一貫性がない。SNSにアップするのは無しかなと思いながら、神無は御影の買い物に付き合った。

 御影はそうめんの他にも食材を買い、神無が荷物を持つ。
 二人がデパートから出るころには、地面がすっかり濡れて、駅前は色とりどりの傘で覆い尽くされていた。
「雨じゃん」
「ああ。やはり、降ると思っていたよ。雨のにおいがしたからね」
 御影は、黒い折り畳み傘を取り出す。一方、神無は申し訳なさそうに荷物を御影に押しつけた。
「ごめん。傘忘れた」
「おや。買っていくかい?」と、御影は荷物を受け取りながら問う。
「んー、いいや。ジャケットで雨を凌ぐし」
「そんなことをしたら、君のお気に入りの服が濡れてしまうからね。――ほら」
 御影は、神無の頭上にすっと傘をかざしてやる。神無はしばらくの間、きょとんとしていたが、やがて、苦笑を返した。
「男二人で相合傘とかキツくない? 主に、面積的な意味で」
 折り畳み傘はそれほど大きくなく、御影の華奢な身体を辛うじて覆えるくらいであった。
 だが、御影は神無に、くすりと笑ってみせる。
「お互いに濡れないように、肩を抱き合えばいいよ」
「それは流石にくっつき過ぎ」
 歩きにくいから、と神無は傘を手にすると、御影の頭上にかざし返す。できるだけ身を寄せるものの、自分の肩と背中が濡れるのは仕方がない。
「紳士だね。心遣いは優しいんだけど、やはり君が――」
「俺よりも、夕飯が濡れるのがまずいでしょ」
 荷物を手にした御影の肩を、ぽんと抱く。
「……それもそうだね」
 御影は観念したように、神無の心遣いを受け取る。

 雨が降りしきる中、二人は足並みをそろえて歩き出した。
「あーあ。これじゃあ、織姫と彦星は会えないな」
「いいや。夜には晴れるかもしれないよ。それに今は、リモートで会うことも出来るしね」
「飛ばすべきは、カササギじゃなくてWi-Fiか……」
 御影の冗談に応じながら、神無は思う。
 自分だったらリモートでは満足できないだろうし、やっぱりジェットスキーで会いに行くだろう。
 天の川の対岸で優雅に晩餐の支度をしている相棒の姿を何となく想像しつつ、神無は御影とともに家路を急いだのであった。

【あとがき】
企画書と推敲作業ばかりやっていたせいか、発作的に物語を書きたくなり、天啓のごとく降りてきたお話です。
担当さん公認です。
皆さま、良き七夕を。

よろしければご支援頂けますと幸いです! 資料代などの活動費用とさせて頂きます!