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筋肉をつけたら家を買っていた⑤【回想編:貧乏作家VS蜂一家】

爪に火を点す生活

リーマンショックで会社が吹っ飛んで、再就職が上手く行かずに路頭に迷いかけ、なんとか書店のアルバイトができるようになってデビュー作が出る前前では、とにかくお金がなかった。

因みに、書店員は薄給なので、家賃を支払うので精いっぱいだった。
築古アパートとはいえ、東京(しかも、そこそこ便利な西巣鴨)の駅近。
地方の物件に比べたら、家賃はかなり高い。

風邪を引いた時、医療費を払うのが苦しいという理由で自然治癒に任せようと思って放置していたら、肺炎になりかけたことがある
肺炎になると体力がガタ落ちするので、全快まで非常に時間がかかった。
もちろん、大量の薬を処方されたので医療費も高くついてしまった。
これ以降、私は違和感に気付いたら早めに病院に行くことにしている。

肉を食べるのは贅沢、という謎の理論で、肉を控えた時もあった。
三日くらい続けた結果、身体がほとんど動かなくなってしまった。
身体を動かそうにも、力が全く湧いてこないのだ。

日焼けした畳に転がり、アパートの天井を仰ぎながら、私は「終わり」の足音を聞いた。
最後の力を振り絞って、安売りの挽肉とピーマンを一袋買い、大量のピーマンの肉詰めを作って食べたところ、あっという間に回復した。
私はそれ以来、肉禁をやめた。

電子レンジの接触が悪くなり、たびたび止まることがあった。
電子レンジを買い替える余裕なんてなかったので、コードが途中で断線していることを突き止め、断線しているコードを断ち切り、安く買ってきたプラグに付け替えて修理した。
その電子レンジは、それから十年以上使い続けている。

さて、貧乏生活エピソードはここまでにして、次回の続きといこう。
すき間風完備のセキュリティZEROアパートの話である。

追加されたもの②:日当たり

これは望んだものなので嬉しかった。
南向きなので燦々と陽が降り注いで、常に心地よかった。
とはいえ、夏は外よりも暑くてサウナのようになるし、畳は爆速で焼けていった

追加されたもの③:虫たち

この物件、ある時期になると何処からともなく蟻が入ってきて、壁を大行進するというイベントがあった。
中には羽蟻もいて、まるでカーニバルである
外を行進しているカーニバルを眺めるのは良いものだが、人の家の中を行進しないで頂きたい。
窓はきっちり閉めていたので、どこから入ってきたかわからない。
もしかしたら、壁に穴が開いていたのかもしれない

また、ハエトリグモは必ず一匹以上はいた。
蜘蛛は益虫だし、私は好きな方なので、ハエトリグモとは共生していた。
見かけると挨拶をし、掃除機をかける時に注意喚起をしてやるくらいの仲だった。

ハエトリグモは可愛い。つぶらな瞳がたまらない。
画像を貼りまくりたいくらいだが、蜘蛛が苦手な方がいると思うので割愛させて頂く。興味がある方は検索して頂ければと思う。

追加されたもの④:蜂の巣

この物件にはシャッターがあった。
台風で荒天になると予報されていた夜、私はシャッターを閉めて眠った。
翌朝、すっかり晴れて気持ちがいい天気だった。
晴れ晴れとした気分でシャッターを開けたその瞬間、ブーンというどこかで聞いた音が耳に入った。

蜂の羽音である

シャッター裏に、蜂が巣を作っていたのだ。
昨晩は暗かったのと蜂が巣の中で眠っていたので気付かなかったが、彼らはずっとシャッター裏で暮らしていたらしい。

飛び出す三匹の蜂。
「ギャッ!」と楳図かずお先生の漫画のような悲鳴をあげる私。
とっさの判断で網戸を閉めたため、出遅れた蜂と巣はシャッターと網戸の間に封じることができた。

だが、三匹の蜂は室内に侵入!
私は廊下兼キッチンへと脱出し、扉を閉めて蜂を閉じ込めることに成功。

――かと思いきや、一匹が私の頭にくっついていた
暴れる私。それをかわして窓の方へと飛び去る蜂
こうして、廊下兼キッチンでは、私と蜂がタイマンで睨みあうことになった。

小説家、蜂と戦う。

シャッター裏には蜂の巣、室内には二匹の蜂。
そして、目の前にも蜂。

蜂の対処なんてしたことはない。
だが、業者さんを呼ぶほどお金もないし、そもそも朝早かったので電話が繋がらないだろう。
しかも、この状況はあまりにも緊急性を要している。

蜂を一瞬だけ間近で見たが、黒と黄色の縞模様だった気がする。
黒と黄色と言えば、スズメバチかアシナガバチだ。
スズメバチだったら、確実に勝てない。というか、危険極まりない。
だが、アシナガバチならどうだろう。

私の脳裏に、走馬灯のようにリーマンショックで吹っ飛んだ会社の出来事が過ぎった。
自転車置き場にアシナガバチの巣ができた時、室長(物知りおじいちゃん)が殺虫剤を吹きかけて駆除していた。
ゴキブリ用のよく見る殺虫剤を使っていたため、「ゴキブリ用でも効くんですか?」と聞いたところ、「ゴキブリ用は他の虫にも効くよ」と教えてもらった。

アシナガバチならば、あの時の室長のように駆除できるはず。
スズメバチだったら、辞世の句を考えよう。

まずは、今目の前にある玄関の窓に張り付いて逆光でよく見えない蜂を倒し、死体で同定しよう。
そう思った私は、背後から忍び寄って蜂を殴打。
ごろりと転がった遺体をスマホの検索結果と見比べ、アシナガバチだと同定した。

いける……かもしれない!

今は1対1で、しかも相手が油断していたから勝てたが、1対2では負けるかもしれない。
だが、アシナガバチは好戦的な方ではないため、すぐに刺されるわけではないだろう……と思いたい。
私は、室内にそっと突入し、巣がある方とは別の窓を開けた。
ありがとうオール角部屋物件。窓が一つだったら詰んでいた。

室内をブンブン飛んでいる二匹のアシナガバチを外へと誘導し、外に逃げた瞬間、窓を閉めて二匹を締め出す。
そして、網戸で閉じ込めてあるシャッター裏の巣と、その中にいたアシナガバチの方を振り向いた。
申し訳ないが、彼らは逃がしようがないので駆除するしかない。
私は網戸の上から、ゴキブリ用の殺虫剤を猛烈噴射した。
殺虫剤で濡れる巣。ポトポトと儚く落ちていくアシナガバチ。

すまない……。本当にすまない……。
せめて、逃がした二匹は人間の家から離れたところで新しい家族を作ってほしい……。
申し訳なさに項垂れている私の前に、殺虫剤まみれになった巣から何かが出てきた。

アシナガバチの幼虫の死体である
蜂の幼虫が大の苦手(トラウマ持ち)な私は、
「ギャーーーーーーーーーー!!」
と楳図かずお先生の漫画のような顔で、その日一番の絶叫してしまった。

※以上は非常に危険なので真似しないでください。

そして次の物件へ……

この虫屋敷物件は、なんだかんだ言って六年くらい住んでいた。
寿命が縮まる想いをしたし、色んなものが犠牲になったし、よく生きてたなと思う。
因みに、この物件は健在だし満室だ。
利便性と日当たりは非常にいいので、セキュリティZEROやバランス釜でも関係なく、周りの音が気にならず虫に強い人なら問題ないだろう。

だが、私には少々難易度が高かった。
せめて、セキュリティはもう少し高い方がいい。
オートロックっていうやつがあったほうが安心だ。

幸運に恵まれ、大変有り難いことに『幽落町おばけ駄菓子屋』がヒットして版を重ねられたので、それを元手に引っ越すことにした。
板橋、西巣鴨と住んできたが、買い物の拠点は常に池袋だった。

池袋は憧れの地だ。千葉に住んでいた時から遊びに行っていた。
山手線内側だし、利便性だって抜群だろう。
なにより、憧れの地に住めるならば毎日が楽しいに違いない。

そして、舞台は池袋へと移るのであった――。


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