筋肉をつけたら家を買っていた⑥【回想編:不動産屋と管理会社には気を付けろ】
不動産屋の闇に触れる。
憧れの地である池袋に住みたい。
そう思った私は、デビュー作の重版印税を元手に池袋の物件を探した。
デビュー作が売れなかったら、屈葬風呂物件の日焼けした畳の上でハエトリグモに見守られながら「終わり」を迎えていたことだろう。
読者さまと版元さんに感謝だ。いやもう本当に命の恩人です。
というわけで、私は池袋東口側で物件を探した。
アニメイトによく行っていたので、サンシャイン通り方面に馴染みがあったのだ。
今度は、駅近でオートロックというものがあればオッケーくらいの気持ちで物件の候補を絞り、不動産屋さんに行ってみる。
池袋の家賃は、板橋や西巣鴨に比べて高いので、あまり贅沢を言っていられない。
まあ、駅近の時点で贅沢だが、当時はまだ書店で働いていたので、駅から近い物件に住みたかったのだ。
さて、不動産屋さんに行って気になる部屋を内見した。
駅近でオートロックつき、二十四時間ゴミ捨て可能、南西向きの1Kだ。
デザイナーズマンションを謳っているし、実際、今まで住んでいた昭和アパートよりもオシャレだ(それはそう)。
「ここにしようかな。でも、他のも見てみたいな」と思って保留にしようとしたところ、不動産屋さんが「実はこの物件、他の人も検討してるんですよ」と耳打ちしてきた。
すぐに決めないとその人に取られてしまう可能性があるらしい。
せっかく条件に合う物件なのでそれは困ると思って、「ここにします!」と決めてしまった。
晴れてその物件を借りることになったのだが、もう一人迷っている方がいるにもかかわらず、不動産屋さんはずいぶんとのんびり申し込み手続きをしていた。
後で調べてみると、「他の方も検討してます」は物件を決めさせる常套句だったらしい。
まんまと騙されてしまった。
因みにその不動産屋さんは、もう一人のお客さんと電話で話す小芝居までしていた。
これを読んでいる皆さんも気を付けて欲しい。
とはいえ、東池袋駅(サンシャイン60直結駅)からすぐ近くの物件で、池袋駅ももちろん徒歩圏内。
オートロックはついているし、24時間ゴミ捨てが可能だし、なにより山手線の内側だ。
山手線内側が都心であると定義されることもあるくらいだし、元地方民にとって憧れのステータスである。
だがまあ、実際に住んでみると山手線は意外と不便だし(池袋からだと浜松町が異様に遠い)、地下鉄が最強だったのだが……(※個人の意見です)
さて、まんまと乗せられて借りてしまった東池袋のデザイナーズマンション。
こちらがかなりの曲者だった。
築浅だし見た目は綺麗なのだが、ルックスだけ良くて中身がペラッペラな物件だったのだ……。
駅近物件、雨の日はヴェネツィアになる。
池袋生活は楽しかった。
好きなお店に毎日のように行けるし、刺激が多くて飽きることはなかった。
ほぼ全てのことが徒歩圏内で完結するので、今まで移動にあてていた時間で仕事をすることができた。
オートロックのお陰で、不審者が戸を叩くこともない。
ゴミ捨て場がマンション内にあるため、いつでもゴミを捨てられる。
近くに大きなマンションがあるので西日しか当たらず、しかも西日がややしんどかったが、まあそれは我慢できた。
だがある日、事件が起こった。
この物件、地形的に水が溜まりやすい場所にある。
側溝のメンテ不足なのか構造がおかしいのか、大雨になると床上浸水が発生する。
私が住んでいたのは二階以上なので我が家には影響がなかったのだが、一階に下りた時に驚いた。
一階の廊下はがっつりと浸水し、ヴェネツィアみたいになっていたのだ。
私は即座に管理会社に「一階がヴェネツィアみたいになってるんですけど!」と連絡をした。
その喩えがツボだったらしく、管理会社のスタッフさんはしばらく笑っていた。いいから早く業者さんを手配してくれ。
また、一応エントランスに管理人室が存在しているのだが、管理人が存在していなかった。
管理人室という名の、清掃業者さんの物置になっていたのである。
管理人がいないせいか、エントランスの郵便受けの下には、常に不要なチラシが無造作に捨てられていた。
デザイナーズマンションというよりは、スラム街の雰囲気であった……。
恐怖の隣人、襲来。
このマンションは人の出入りが激しかった。
ファミリー向けではない物件で、私のような流れ者が多いためだろう。
そんな中、隣家に新しい住民が引っ越してきた。
部屋に荷物を運び込むところを目撃したのだが、どうやらバンド関係の若い女性らしい。
防音物件じゃないのに練習されたら困るかもと思っていたが、それどころではなかった。
その女性、男性を四人ほど家に連れ込み、連日のように深夜にどんちゃん騒ぎをし始めたのである。
このデザイナーズマンション、見た目だけ良くて中身はペラペラだ。
もちろん、壁も薄い。
深夜二時くらいに隣家の盛り上がる声で起こされる日々が続いた。
管理会社にも報告し、ポスティングをしてもらったが全く効果はない。
あまりにもひどいので警察に通報し、お巡りさんに現地に来てもらって隣家に注意喚起を行ったが、あろうことか、隣人は開き直ってしまったのだ。
「文句があるなら、そいつが直接来ればいいじゃない!」
私は薄い壁に聞き耳を立てながら、隣人のブチギレボイスを聞いた。
そんな恐れを知らない人間のところに行こうという勇気はない。
お仲間もいるし、何をされるかわかったものではない。
因みにその間、連れ込まれた男性諸君は部屋の奥に隠れ、ゴソゴソしているだけだった。その薄い壁を隔てて、通報者が聞き耳を立てているとは知らずに……。
来てくれたお巡りさんは、私に同情して話を聞いてくれた。お巡りさんの優しさに泣いてしまった。
隣家の影響はそれだけでは終わらなかった。
家主は働いているのか日中はいないのだが、家主が留守の間、仲間の男達が出入りするようになったのだ。
彼らはヘビースモーカーらしく、隣家の扉から煙草の煙が漏れるほどだった。
そして、我が家はどうやらダクトが繋がっていたようで、キッチンの換気扇から煙草の臭いが侵入し、キッチン(兼廊下兼玄関)が常に喫煙所のようになってしまったのだ……。
私は気管が弱い。
どれくらい弱いかと言うと、幼い頃によく入院していたレベルだ。
その上、副流煙を浴びるとアレルギー反応が出てしまう。
実際、新卒で入った会社は副流煙が原因で体調を崩して辞めていた。その会社は、オフィスのど真ん中に喫煙所があったのだ。
とにかく、家の中で常に副流煙に晒される状態になってしまった。
管理会社に現状を訴えるものの、なしのつぶてだった。
因みにこの管理会社、レビューでボロクソに書かれていたのを後で知った。管理を怠ったため火災が発生した物件もあるようで震えた。
新しい物件を選ぶときには、管理会社の口コミを調べなくてはいけないと肝に銘じた。
精神的にも追い詰められていたため、私はわずか二年ちょっとで引っ越しを決意した。契約更新をしたばかりだったのだが、精神の摩耗っぷりが仕事に影響し始めたからだ。
退去時の立会いで、昭和生まれ喫煙社会ど真ん中世代の男性が来てくれたのだが、その方すら、「(隣家から漏れる煙草の臭いを嗅ぎ)この状態はひどいね……」と同情してくれたレベルだった。
さて、引っ越しは4回目!
次こそ良い物件に出会えるのだろうか!?
次回、意外すぎる選択肢を突きつけられる……!