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筋肉をつけたら家を買っていた④【回想編:セキュリティZERO物件】

おのぼりさん、部屋を探す。

大家さんがいてくれた物件は、学生のきょうだいが住むというのもあり、親が探してくれたものだ。
だが、社会人一人暮らしで、流石に親を頼りたくない。というか、そうでなくても実家を頼りたくない事情があった。

それはともかく、初の物件探しである。
近所の不動産屋さんに赴き、ワンルームでリーズナブルで駅近で、日当たりがいいところを探した。寒い物件は、もうこりごりだと思ったからだ。
某区の物件が安かったので候補に入れてみたのだが、不動産屋さんから「そこは川が氾濫すると水浸しになるからやめたほうがいいですよ」と言われた。
ここで、ハザードマップの大事さを知った。大きな学びである。
ありがとう、不動産屋さん。

不動産屋さんのご助力もあり、西巣鴨の1K(和室)の最上階角部屋、南向き、駅近物件を借りられた。
最上階で角部屋で南向き駅近なんてお高いでしょう?と思われるかもしれない。
そんなことはない
何故ならその物件は、二階建てで各階二部屋しかない極小木造アパートだからだ。
こうして、自分至上最も印象に残っている物件に住むことになったのであった。

屈葬風呂、雨音の猛烈なビート。

初めて自分で選んだ部屋は、陽射しが燦々と降り注ぐ明るい部屋だった。
駅から近く、スーパーもそばにあるので便利である。

いいところは、ひとまずそんなところだ。
実際、立地は悪くなかった。良いと言い切れないのは、まあそこそこ治安が悪かったのである。
ご高齢の方々や学生さんが多いためか、詐欺師が戸を叩き、空き巣が入ることが多かった。詐欺師と思しき不審者は我が家にも何度か来ていて、恐ろしい目に遭った。

さて、物件選び初心者がリーズナブルで駅が近く、日当たりがいいというところを重視した結果、あらゆるものが犠牲になってしまった。

犠牲になったもの①:セキュリティ

オートロック?なにそれおいしいの?
極小木造アパートにオートロックなどあるわけもなく、ノーガード戦法だ。たまにアパートの敷地内に踏み込んだ誰かのワンちゃんが、敷地内に豪快な落とし物をするレベルのセキュリティのなさである。
来るものは一切拒まない
しかも、インターフォンすらない。チャイムのみだ。

ある日の夜、チャイムが鳴ったので扉越しに応じた。
すると、「○○社のものです。〇△□(この辺は聞き取れなかった)のことでお伺いしました」と名乗った。自分は○○社のお世話になっていたので、その関係で来たのかと思ったのだが、夜に扉を開くのも不用心かと思い、「書類やパンフレットでしたら、(ドア裏の)郵便受けに入れておいてください」と告げた。
すると、郵便受けに放り込んでくれるかと思いきや、しーんと静まり返ってしまった。
不審に思った自分が覗き穴から覗いてみたところ、誰もいなくなっていたのである
つまり、訪問者は○○社の人ではなく、パンフレットの類など持っていなかったので、都合が悪くなったので立ち去ったのだ。

あの時、扉を開けて応対していたらどうなっていたのだろう。
ゾッとする話である。

他にも、こちらが居留守を使うと、何度も扉を叩く訪問者もいた。
こちらは、「開けてくれないと帰れないんですよ~w」と挑発的に言う悪質な輩だったため、警察に通報させてもらった。
とにかく、そういう不審者が多かった。

犠牲になったもの②:快適な入浴

風呂が狭かった。
私は身体が大きくない方だが、そんな私ですら手足を折り曲げて入らないといけない屈葬仕様だった。

しかもなんと、絶滅危惧種のバランス釜である。

こいつが曲者で、なかなかガスが点かないのだ。
特に、冬場なんて地獄である。木造の寒い風呂場で十分以上点火しない時は凍死するかと思った。しかも、すぐ冷めるし。

犠牲になったもの③:静寂

隣の部屋の物音と隣家の声がよく聞こえる。
隣の部屋どころか、アパートに接している隣家の音も聞こえるのだ。
元気なお子さんがいらっしゃるおうちで、お友達とお泊り会をしていたのか、深夜まで遊戯王カードで盛り上がられた時は寝不足で死ぬかと思った。

隣の部屋に至っては、トイレの音まで聞こえてしまうプライバシーZEROっぷりである。
このアパートはペット禁止なのだが、隣の部屋の住民が猫を飼い始めた時は地獄だった。
隣の住民が留守にしている間、ずっと猫が鳴いていたのだ。
しかも、ようやく帰ってきたかと思ったら、鳴き続ける猫に怒鳴ってまた出て行く始末……(勿論、壁が薄いのでこのやり取りは丸聞こえだ)。
このことを管理会社に報告したら、管理会社が対処してくれた。
猫ちゃんを世話できないなら飼わないでくれ……。

また、雨が降ると雨音がうるさい
通話が聞こえないレベルである
どうやら屋根がトタンだったらしく、夏はサウナのように暑く冬は寒く、雨が降ると雨音がビートを刻みまくるという仕様だった。
屋根の雨音で通話が聞こえないというのはなかなか体験できるものではない。
全く必要のない体験だったが……

他にも犠牲になったものがあったような気がするが、ひとまずはこの辺にしておこう。
もちろん、この物件になって追加されたものもある。
その一部をご覧頂きたい。

追加されたもの①:すき間風

冬のある日。
頬を撫でる感触があった。
慌てて飛び起きたが誰もいない。

まさか……これは……
すき間風!?!?!?

そう、おばけでもなんでもない。すき間風完備物件だったのである
夏のすき間風はぬるいクーラー程度だが、冬のすき間風は命を削る。
私は年末年始のたびに体調を崩し、何度か病床(煎餅布団)で新年を迎えた。
ストレスも強く、歯ぎしりが酷くなって、歯医者さんが驚くほど歯が脆くなってしまった。そのせいか、奥歯が二本ほど犠牲になっている。

余談:当時の状況

当時、ようやく再就職できたまともな会社がリーマンショックで吹っ飛び、就活を余儀なくされていた。
某社にて別名義で作家デビューしたものの、担当者と連絡が取れなくなったのもこの辺りである。
就活もブラック企業にばかり当たって精神が摩耗していた。

貯金は底が見えてきて、これはいよいよ路頭に迷うコースだなと思い、私は就職を諦めた。
どうせもう人生が終わるし、「正社員になって安定した人生を送れ」という親の呪いを断ち切ろうと思ったのだ。

某社の担当者には完成原稿を三作分送っていたが、二作は「編集長がダメと言ったので」という理由で企画ごと没になり、三作目で音信不通になった。
音信不通になったのはなぜかと考えていたのだが、「デビュー作が売れなかったから」だろうと思った。

では、売れる本とはなんだろうか。
その謎を解明するため、私はアマゾンの奥地へと向かった……わけではなく、書店に勤めようと思った
書店で働けば、売れる本にいくらでも会えると思ったのである。
接客経験がないにもかかわらず接客募集に飛び込み、有り難いことに大きな書店さんでアルバイトとして採用された。
人生初のレジ打ちを何とかこなし、後に幸いにも文庫の配架に配属されて担当棚を持ち、晴れて「本が売れる現場」を学ばせて頂くことになったのである。

その経験があって、『幽落町おばけ駄菓子屋』が生まれた。
「日本ホラー小説大賞」に応募した作品が二次落ちしたものの、編集さんの目に留まって、「新作を書いてみませんか」と言われたのが切っ掛けである。
因みに、『幽落町おばけ駄菓子屋』の主人公・彼方の家は当時住んでいたアパートがモデルになっている。流石に我が家のトイレは洋式水洗だったが……。
また、彼方の家の外見は当時住んでいたアパートそっくりで、装画を担当してくださった六七質先生が何故私の家を知っているのかと首を傾げた

とにかく、
リーマンショックでまともな就職先が吹っ飛ぶ→地獄の就活→バイト書店員になる→蒼月海里デビュー
までの流れを、この木造アパートは見守ってくれていた。
セキュリティはガバガバだが、やはり思い出深い場所だ。

もっとも、大変だったのはこれだけではない。
長くなってしまったので、追加されたものに関しては次の記事でも語ろうと思う。


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