【短編小説】ひまわり畑

 祖父の家の裏には、ひまわり畑があった。

 毎年、夏になると家族で祖父の家に行った。
 黄金に輝くひまわり達は太陽の子供のようでいて、山を駆け上がる風にその身を揺らしながら、僕達を迎えてくれた。

 夏休みが終わる頃になると、ひまわり達は決まって項垂れていた。
 溌溂としていた顔を真っ黒に染め、天を仰ぐようだった葉を垂れ込めさせた姿は、僕を陰鬱な気分にさせた。
 そんなひまわり畑が恐ろしくて、僕は毎年、逃げるように家族と東京へ帰った。


「ひまわりがそんな姿になるのは、来年の夏を待つためなの」
 祖父の身体が弱って来た頃だろうか。ひまわり畑のそばで、綺麗なお姉さんに出会った。
 大きな麦藁帽をかぶり、黄金色のワンピースを身にまとい、小麦色の肌をした魅力的な人だった。一目見て、心が奪われるのを感じた。
「来年の夏を……待つために……」
「そう。種をいっぱいつけたから、顔が重くなって項垂れてしまうの。ひまわりは種になって、また来年、生まれ変わるのよ」
 お姉さんは、ワンピースの裾をひるがえしながら、ひまわり畑に入って行った。ひまわり達はお姉さんの姿をすっぽりと隠してしまい、僕は慌てて、ひまわりを掻き分けてお姉さんを追った。
 お姉さんの小麦色の腕を見つけるなり、きゅっと握り締める。お姉さんの腕はみずみずしく、思ったよりヒンヤリとしていた。
「捕まっちゃった」
 お姉さんは立ち止まり、悪戯っぽく微笑む。
 そのまま、ぎゅっと抱き寄せられて、その後のことは覚えていない。

 僕はそれ以来、祖父の家に行く度に、お姉さんと会っていた。
 僕はいつの間にか、お姉さんの背丈を追い抜かしていた。お姉さんは、いつまで経っても若くてみずみずしいままだった。

 そして、僕は今年も祖父の家に行く。自分の車で、一人っきりで。
 祖父の家は荒れ果てていた。三年前に亡くなって、誰も住んでいなかったのだから仕方がない。

 満月が美しい夜だった。
 月明かりに照らされて、ひまわり畑はぼんやりと輝いていた。月の下で揺らめくひまわりは、やけに蠱惑的だと思った。
 そんなひまわり畑の前に、お姉さんがいた。夜だというのに、麦藁帽をかぶったまま。

「待ってたわ」
「待たせてごめん。色々と、準備が必要で」
「今年の夏は、ゆっくり出来るの?」
 お姉さんはそっと歩み寄る。初めて会った時と変わらぬ美しさで、僕に微笑みかけながら。
「これからは、ずっとゆっくり出来る。待たせることもない」
「ずっと?」
「僕、この家に住むことになったんだ。だから、東京に帰る必要もないし」
 それを聞いたお姉さんは、目を見張り、破顔して、だけどすぐに、枯れたひまわりみたいに項垂れた。
「それじゃあ、今度は私があなたを待たせることになっちゃう」
「いいんだよ。僕は待つから。だから、一緒になって欲しいんだ」

 僕は、お姉さんに指輪を渡す。太陽のような金のリングに、若葉のような宝石が添えられていた。
「これ……」
 驚くお姉さんの指に、そっと指輪をはめてみせる。お姉さんは、「ありがとう」と満開のひまわりのように顔をほころばせてくれた。

 夏の終わりに、ひまわりは全て枯れてしまった。大量の大粒な種と、若葉のような宝石が添えられた指輪だけを残して。
 翌年の春、僕は肥沃な土にせっせとひまわりの種を植えた。夏になったら、また元気な花を咲かせてくれるだろう。
 真ん中には、一番大きな種と、若葉のような宝石を添えた指輪をそっと埋めた。
 夏になったら、彼女がちゃんと指輪をして現れるように、と願いながら。

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